星のはなびら1~永遠の恋と不死の星~ 三章「人形と、純白のチューリップ」

恋心が暴走する!生死を超え、世界を手に入れ宇宙を跨ぐ…ヤンデレ男子たちが主役のダークファンタジー小説(全九章。)

はじめに

残酷な表現等を含みます。作品をお読みになる前に以下の注意事項を必ずご確認ください

星のはなびら三章「人形と、純白のチューリップ」

王を暗殺するために生まれたみどりと、ずっと操られて生きてきた王のありす。二人の出会いと、芽生えた恋心は、二人の運命とその国を大きく変えていく。あなたを救いたい。好きだから、狂おしいほど優しくなれる(みどり×ありす)

本編

『むかしむかし。圧倒的な存在感を示す強国がございました。強国を統治していたのは「ありす」という王様でした。ありすは、暴虐な王様でした。

彼は5歳の誕生日に王冠を被りました。幼少の頃より剣術に優れており、優秀な大人の戦士を負かす程の才能を持っておりました。また、未来を予測できる力があるのではないかと恐れられるほどに頭が良く、国中すべてのものを理解し、意のままに支配しておりました。

国を強くする目的のためには手段を選ばず、また、妥協も対立もゆるしませんでした。役に立たない、不要だと判断した人間は無慈悲に排除されました。

大きなお城の前に設置された断頭台。見下ろす彼の、突き刺すような視線と笑み。

恐怖心…国民は心のない彼の死と交代を望んでおりました。しかし誰も立ち入ることのできない厳重なお城、高価な王冠が示す圧倒的な力。誰の手も届きませんでした。

恐怖からの解放を求める国民たちは一丸となり国中を巻き込む大反乱を起こしました。歴史に残る一夜の戦い。銀色の刃がぶつかる音…。お城に住む貴族や隣の国の戦士も力を貸し、全てを敵に回した孤独な彼は、追い詰められていきました。

高価な衣装を剥がれ、傷を負い弱りきった彼を見て、国民達は安堵し歓喜しました。しかし彼は断頭台を前にしても、変わらない笑みを浮かべていました…王様は、ありすは最期まで悪人だったのです。

その後、大反乱を先導した若者を中心に国民たちは力を合わせ…強国は自然豊かで優しい国へと変わっていきました。

めでたしめでたし』

…僕は読み終わった大人向けの絵本を閉じました。感想は特にないですね。楽しいお話でもありませんし。それでも、僕の生まれた国のお話の本を目にするとついつい買ってしまうのです。ちなみに、500年ほど前に本当にあったお話なんですよ、これ。僕もそこにいたので、知っています。

午後3時。大きな木の幹にもたれかかってのんびりと過ごす、この時間が1番好きです。今日は天気もよく、風も気持ちがいいですね。時々、僕の長い緑色の髪がそよそよと頬にかかり、くすぐったいとも思います。

僕はハサミを取り出し、怖い顔をした王様の挿絵を切り取りました。そして分厚い白紙のノートに貼り付けていきます。この王様集めは秘密の趣味みたいなものです。

小腹がすいてきましたね…パンを食べたい気分です。今日もパン屋さんに行きますか。

ノート、絵本、ハサミ、のり…鞄につめて立ち上がると私の左手薬指の錆びた指輪が太陽に反射して少しだけ輝いたように見えました。

さあ、明日はどこへ行きましょうか。友だちと遊ぶのもいいですね。色々な国を巡り、旅をするのは楽しいものです。新しい景色に毎度心が踊ります。どの国にもこの王様を主役にした絵本が売られていて、コレクションも増えるばかりです。

このノートを見たらあなたはなんて言ってくれますかね…。

悪趣味だと笑ってくれますか?

…ありす

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僕、「みどり(緑鳥)」は大分と長く生きているのです。不死…というわけではないと思うのですが、不老…ではありますね。僕は元々木で作られた軽くてかたい人形でした。魂をもらって、人間になっちゃったのです。

実は人間になれた今も体がとても軽くて、風に乗って素早く駆け回ったり、数メートル、いやそれ以上高くジャンプする事もできたりするのですが、そんなこと、今はもうする必要はないですね。こうやって各地を旅していれば、「違い」なんて誰にもわからないですし、「秘密」もばれやしないものですよ。

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人形だった僕が魂をもらい人間になったのは、先程読んでいた絵本に出てきた国でのことで、大反乱が起こる1週間前の出来事でした。

僕を作った「お父さん」は人形職人で、元々は本物の息子さんがいました。お父さんは不治の病にかかってしまい、毎日激痛に苦しんでいました。そのため仕事の人形作りをすることも難しくなっていきました。息子さんも必死に働いていたようでしたが、苦しむお父さんの姿に酷く心を痛めておりました。

息子さんは質のいい痛み止めの薬欲しさにお城に侵入し、金品を泥棒をしようとしてしまいました。念入りに計画し、確認し、実行したそうですが、お城、いや国中のものは王様の手のひらの上。あっさりと捕まってしまいました。息子さんは犯罪者として王様に残虐な方法で排除され、お父さんは独りぼっちになってしまいました。

…そしてお父さんは、心の傷を少しでも癒そうと息子によく似た等身大の人形、僕を作ったのです。毎日人形に話しかけ、愛を伝えていたそうですが、そんな「物」でお父さんの孤独感が満たされるはずも無く、罪悪感と、王様を恨む黒色の思いは流れる月日と共に増すばかりでした。

そしてその心は真っ黒に染まり、お父さんはこの国…いや、この星にとっての禁忌を犯してしまいました。お父さんは王様の命を奪うため、天国から悪魔を呼び出す術を調べ、それを使ってしまったのです。

「悪魔よ、お願いだ、息子は悪くないんだ…息子はきっと心から悲しんでいる。私は息子を奪った王を許せない!!しかしこの体では何も出来ない…だから私の魂をお前にやる代わりに、息子を模して作った人形に魂を与えて人にしてほしいんだ。」

「くくく…魂の全てを貰えるのか、楽しそうな話を言ってくれるのだな。…しかし、面白い。息子そっくりな人形に復讐、いや殺しををさせるつもりなのか?しかもそれをお前は見届けることもできない」

「それでいいんだ、私はどうせ長くはない。この人形を毎日愛でてはいたが、一度もあの優しい息子の温かさを感じることはできなかった。この人形はあの息子ではない。

ただ冷たくて寂しい、虚しい、物だ。

だからこそ彼は、私の意思を受け継ぎ復讐するのに相応しい存在なのだよ」

「わかった、ではこの人形には…王を殺すという使命と魂を与えてやろう。

…ところで我は、この国にあまり詳しくはなくてな。くくく…王とやらはどいつなんだ?」

「この国の王を知らないのか?ならば、この写真をやる…今朝撮影してやったんだ。こいつが標的だ」

「そうか、承知した。くくく…人形がきちんと復讐を果たせるように、お前が消えてからも人形には力を貸してやろう」

「ありがとう、これで私と息子は救われる」

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…このお話は悪魔さんから教えてもらいました。ちなみに悪魔さんは小柄で可愛らしい女の子なのですよ。

それから悪魔さんは、僕に魂を宿し、軽くて速く動くことの出来る特別な人の体にしてくれました。名前も2人で考えて本物の息子さんとは違う「みどり」にしました。(髪が緑色だったからです…5秒くらいで決まりました、もう少し丁寧に考えてくれても良かったと思いますよ…今となっては大好きな名前ですが)

それから悪魔さんは、お父さんからもらった王様の写真と、お城に侵入できちゃう経路が書かれた地図、そしてナイフをくれました。

「え、悪魔さん。この日のこの時間に、この地図の通りに行動すれば、兵士達に見つからず、王様の寝室も換気中で窓が開いていると言うのですか?そこでナイフで一刺しなんて…そ、そんなに簡単に…?」

「そうだ。運命を見通す悪魔の力を舐めるなよ?くくく…それからこの魔法の道具をやろう…」

そう言って悪魔さんは、オモチャのラッパをくれました。ボタンが1つついています。

「…王様の前で演奏するのですか?」

「違うに決まっているだろう」

「冗談です」

「王は戦い慣れている。人の気配にも敏感なのだ。だから眠っている王をナイフで刺そうとすれば、素早く目覚めてしまうかもしれない。…その時はこの道具のボタンを押せば良い。魔法の音が響き、王は氷の様に体を動かせなくなる!

狡くて便利だろう?みどり、お前はこれさえあれば、間違いなく王を殺せる。国の英雄になれるだろう。役目を果たした後はお前は一人の人間として自由に生きていけば良い」

「わかりました」

「…後は好きにやれ」

「命をくれてありがとうございます、悪魔さん」

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早く自由になりたいと、強く思いました。

自由になったら何をしましょう!国中をいや、世界中を旅して色んな自然を見てみたい…そうだ、僕は元々木でできていましたし、大きな木も見てみたいですね!美味しいものもいっぱい食べてみたいですし…それから…

悪い王様をやっつけるお役目なんてさっさと終わらせてしまいましょう!僕はやる気に溢れ、晴れやかな気持ちでいっぱいでした。

…でも、悪魔さんは全てを知っていたのです。

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決行の夜。僕は悪魔さんから貰った地図を頼りに、指示通り王様の寝室へと向かいます。

(お城の1番奥の…しかも1番高いところですかぁ。その上、殆どお城の中には入らず、外側から登っていくイメージですね…これは…辿り着くのも大変です)

僕は木を登り、ジャンプして、高い城壁を飛び越えました。タイミングを見計らい、厳重な警備の目を掻い潜りながらこそこそと走ります…軽い体、恐らく僕の足音は殆ど聞こえていないのでしょう。

(悪魔さんは凄いですね…こんなにも容易くお城に侵入出来てしまうなんて)

城壁から城壁へ、窓から窓へ。まるで忍者のように上へ上へ。飛んで、登って。

(やはり、高いところは風が強いですね…寒くてなんだか、指先が痛いですねぇ)

…そして遂に、王様の寝室の窓の前までたどり着きました。僕がギリギリ入ることができるくらいの小さな窓の、そのふちに手をかけ、何とか片手でぶら下がります。

(よいしょ…カーテンで中の様子はわからないですが明かりはついているようですね。あ、…本当に鍵がかかってないなんて!)

勇気をだして体を押し込める様に、中へと入りました。

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金色と赤色を基調としたお部屋。王様の姿はありません、ひとまず安心です。

(いきなり目の前にいたら最悪でしたね、僕は戦えないですからね)

軽く見渡すと高級感のあるデスクが目に留まりました。

(ここは執務室でもあるのですね)

ふわふわの椅子に座ってみたいと思いましたが、そんな事を考えている場合ではありません。壁には分厚い額縁に入った絵画が、高い天井にはシャンデリアがキラキラと光っています。

お部屋の真ん中には、天蓋と手触りの良さそうな赤いカーテンつきの大きなベッドがありました。僕は肩からかけていた鞄(悪魔さんから貰いました)から、ナイフを取り出し右手で握りました。それから、そっとカーテンの隙間をあけて覗きます。

すやすやと、1人の男が眠っていました。王様は眠っているときも、金色の刺繍の施されたかっこいい衣装を着ていました。

(あっ、この人ですね、間違いありません!悪い人は眠っている時も、怖い顔をしているのですね〜)

写真を貰い、はじめて王様の顔を見た時、黒豆みたいな目、眼力が怖いなぁと感じたのですが、目を閉じていても印象は変わらないですね…。白い肌、長いまつ毛はお父さんの作っていたお人形の様で、なんだか冷たそうです。

(服が分厚そうですし、ナイフがうまく刺さらないかもしれませんね…よし、この悪そうな顔の、ど真ん中を狙いましょう!)

僕はナイフを逆手に持ち、迷いなく振り下ろしました。ミッション成功!…

…と思いましたが、王様にその腕を掴まれ、ナイフは届きませんでした。腕が捻れる程の強い力。

「いたたたッ、やです、離してください!」

「暗殺者の鼠め…我が気が付かないとでも思ったか?」

「…い、いつから起きていたのですか!もしかして僕、独り言とか話しちゃってました?」

「お前が窓に手をかけたあたりから、気が付いていた。しかし…兵士に見つからず、ここまで登って来られるのは面白いと思ってな。あえて殺さず、泳がしていた。我の寝室を土足で歩き回った罪、その魂で償ってもらうぞ!」

王様は僕の腕を乱暴に払いました。僕は投げ飛ばされてしまいました…いてて。王様は金色の大剣の切っ先を僕に向けました。

「こ、怖いことするのやめてください…」

「我を甘く見るなよ…お前の顔は覚えている。半年ほど前に我が首を斬った泥棒と瓜二つだ。双子か?復讐のつもりか?…ふふ、お前の存在や目的に興味は無いな。

ほら、立て、勇気ある鼠。

その小さなナイフで我を楽しませてみろ!」

僕は頑張って立ち上がり、ナイフを握り直しました。

(…え、この流れ、戦うんですか!?!?)

「何をしている、我を殺しに来たのだろう?それとも死ぬのが怖くなったのか?」

(うーん、やっぱり僕が王様に剣術で勝てるとは思えないですね…。そうだ…隙をついてやりましょうか!)

僕は天井に届くくらいまで飛び上がり、ふわりと壁に足を着け、高速で走って見せました。

「なに!?…」

そしてナイフを振りかざし、王様の背後から飛びかかります。しかし王様は余裕の表情で振り返り、金色の剣でナイフを弾き飛ばしました。カキン!!!金属が擦れる音…。

(ひっ…!)

衝撃で、僕は尻もちを着いてしまいました。王様の瞬発力…僕の「軽さ」があっても敵いませんね。

「面白い…それは悪魔の力だろう。その程度の力で、我の剣をどこまでかわせるかな?」

王様が僕の首を切り裂くために、剣を振ります。僕は転がるようにギリギリのところでそれをかわしました。これ、手加減されてるってことですよね?

僕の軽さも速さも通用しない、次は避けられない、ナイフもない…大ピンチです!

(もう、よく分からないコレを使うしかありませんね!)

服の中に隠していた、悪魔さんがくれた魔法の道具に手を伸ばします。そして風の速さで王様に向け、祈るように、ボタンを押し込みました。

キィィイイイイイン!!!

甲高い嫌な音が耳に突き刺さりました。

(うっ…!嘘、変な音が鳴るだけですか!?)

そう思いましたが…王様の様子がおかしいことには直ぐに気が付きました。王様が金色の大剣を落としたのです。

「…お、王様?」

動かなくなった王様。顔には滴るほどの大量の汗をかいて、手を震わせ、目はギョロギョロと動いています。別人のように立ち尽くしていて…ショックを受けているようにも、困っているようにも、焦っているようにも見えません。一体何が起こっているのでしょう…。

王様は「熱い」と呟き、右耳をおさえて座り込みました。右耳からは、小さな煙が出ていたました。まさか、ロボットだったのですか?…しかし、その予想は間違えていたようでした。

王様は慌てて、右耳から小さな道具を取り出しました。どうやら耳の中に入れていたそれが壊れて、火花を散らし、熱くなっていたようです。

王様はそれを床に投げ捨て、素早くポケットから同じ道具を取り出しました…が、それも黒焦げになっていました。いくつも、いくつも取り出しますが、全て壊れてしまっているようです。僕はその隙にナイフを拾うことができました。

(ラッパの形をした魔法の道具は、王様が耳に入れていた小さな道具を壊すための物だったのでしょう。耳が聴こえ辛い体質なのでしょうか?僕、酷いことをしてしまいましたかね…でもそれでは、今王様が僕を殺しにこない理由を説明できません…)

この…胸がざわめくような違和感は何でしょう。その違和感が僕の殺意を引き止めます。僕は少し困った気持ちで王様に近づき、彼の首元にナイフをあてました。それでも王様は動きませんでした。

「…僕は元々木でできた人形でした。悪い王様であるあなたを殺すために魂を与えられ、人間になってここにやって来ました。

あなたは、なんですか?」

「……」

「答えられないなら、お別れですね」

王様の事情を気にしても仕方がないかと思い、手に力を入れようとした、そのとき…

か細く掠れた声が聞こえました。

「…ぁ、り…す。あり、す、ぁ…」

「ありす?あなたの名前ですよね。いきなりどうしちゃったのですか?まるで糸が切れたみたいになって…」

糸が、切れた、みたいに…?僕はハッと気が付きました。僕の頭の中には、人形劇で動かされている人形が浮かんでいました。体を支えていた糸が千切られ、動けなくなった人形…。

王様が身につけていた黒焦げになった小さな道具、別人のように震え出し、迷いながら絞り出す小さな声。迷い、泳ぐ視線。

…悪魔の笑い声が聞こえた気がしました。

まさか…。まさか?

「王様、あなたは、この小さな道具で操られていたのですか?」

それを聞いた王様は何も言いませんでした。座り込んだまま、僕の顔を見つめました。その瞳には、困惑と悲しさが浮かんでいました。

僕はナイフを鞄にしまいました。

…僕の魔法の道具は悪魔さんから貰ったもの。僕はその道具で、操り人形の糸を切ってしまった…本来起こりえないことを起こしてしまったのでしょう。

(王様はいつから指示されて動いていたのでしょう。暗殺者である僕を目の前にしていても、話すことも行動することも、何も出来ない王様…恐らく彼は、生まれた時から人格と感情を支配されていたのでしょう)

その時、魔法の道具の中からひらりと紙が落ちました。

(悪魔さんが入れたものでしょうか…何か書いてありますね…。

『その通り。この国の王は2人いる。脳を司り操作している「支配者」と、健康な肉体を差し出している「操り人形」だ。支配者である王は、ベッドの下の秘密の部屋にいる。そいつの体では、そこから出ることも動くことも出来ないのだ』

僕はベッドの下へ駆け寄り、潜り込みました。そこには隠し扉がありました。

「…なるほど。この先の秘密の部屋に、もう1人の王様がいるというわけですか。動けないのなら、今は放置して大丈夫、ですかね。そんな秘密があったなんて…」

僕は、座り込んでいる王様の元へ戻り、向かい合って、腰を降ろしました。

「…あの。この小さな道具を外して、自由になれたあなたと、少しだけお話してみたいと思ってしまいました。僕はみどりといいます」

「…」

「話すのは怖いですか?でも今は、あなたを操っていた道具は全て壊れていて、どこにも無いのですよ。もう1人の王様が予備を持っている気はしていますが。明日になると、また操られちゃうのですかねぇ…。でも今なら、少しくらい話したりしても大丈夫ですって!」

「…」

「…あなたも眠いでしょうし、今日は帰りますね。絶対に絶対に誰にも言わないので、僕のこと見逃してくださいね…お願いします…」

王様はこくんと頷きました。

「ありがとうございます、僕、あなたのこと、信じちゃいますね。今のあなたは、なんだか優しそうですし、結構綺麗ですよ」

秘密の部屋にいるもう1人の王様に、僕の声は聞こえているのでしょうか。きっと僕の存在はバレてしまっているのでしょうね。その王様が明日、もう1人の王様を改めて操り、「昨晩の暗殺者を捕えて殺せ!」と命令したら、僕は確実に終わりますね。ぼ、僕、おわっちゃうのですか!?

不安しかないですが、王様を殺さないと決めてナイフをしまったのは僕の意思です。運命に…身を任せるしかないですね。

そのとき、王様がぽつりと呟きました。

「…ま、まって」

「王様、どうしたのですか?」

「あのね!!!!!!」

王様が突然大きな声を出したので僕は驚いてひっくり返りました…。慌てて起き上がって王様を見ると王様は顔を真っ赤にして、自分の口を両手でおさえて僕を見ていました。

(…話そうとしたときに声のボリュームを間違えたのですね)

「気にしないでください。自分の意思で話すことに慣れていないのですよね、恥ずかしがらなくて大丈夫ですよ。僕も生まれて数日なので、まだ話慣れてないのですよね…その割には結構話してますかね?それより、やっと顔を上げて僕を見てくれましたね。何だか嬉しいです」

「い、いいま、とても、びっくり!きみ、これ、こわした。ありす、はなす、む、む、むずかしいぃ」

慌てている王様…怖さは何一つ感じられませんでした。気がつくと僕は王様に手を伸ばし、頭を優しく撫でてしまっていたのです。王様はきょとんとされるがまま…。

「…あ、すみません、僕は王様になんてことを!ああもう、帰ります!絶対誰にも言わないので、生かしてもらえると嬉しいです!!では!!」

「…」

僕は立ち上がり、入ってきたときと同じあの小さな窓へ向かい、そこに足をかけました。悪魔さんは、帰り道を教えてくれていません。何も分かりませんが、自分を信じて…来た道を戻ることにしましょう。振り返ると王様がついてきていました。

「……あ、あ、あしたも、まってる」

「…え?そうですか…わかりました。それでは、また」

僕は窓からお城の外へと飛び出しました。

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帰り道は、何回も「もう無理です!」と諦めそうになりましたね。警備をしている兵士がそこら中にいるのですから、もう根性です、最速で駆けて、飛んで…

それでも王様の「明日も待ってる」という言葉が頭から離れず…小さな勇気を芽生えさせて。なんとか、お父さんの家に無事帰ることが出来ました。誰もいない、空っぽの家。

「はぁはぁ…つかれました」

僕はベッドに倒れるように寝転びました。

「悪魔さん。悪魔さん!…出てきてくださいよ!僕、失敗しちゃいました、王様をやっつけられませんでした!」

悪魔さんを呼んでみましたが、現れることはありませんでした。僕は王様を殺せなかった…。役目を、生まれた意味を果たせなかった…。

(僕は自分の存在を否定するような選択をしてしまったのでしょうか)

お父さんとお父さんの息子さんの写真が飾られているのが目に入りました。

(僕は正しいことがなんなのかわからなくなってしまいました。お父さんは、息子さんは僕にどうしてほしいですか?)

僕は鞄から、ナイフを取り出しました。ギラギラと光るナイフ…。銀色の片面に僕の情けない顔がうつっていました。

わかっていますよ、はじめから僕に、迷う権利なんてものはありません。お父さんはどちらの王様もやっつけて欲しいと思っていますよね?

でもごめんなさい。

僕にはできません。

王様は僕と同じ人形でした。生き方や役目を決められて、誰かの感情を代わりに背負って生きている、人形だったのです。そんな王様を殺して英雄と呼ばれるだなんて…すごく、悲しくて辛い気持ちになってしまいます。

僕はナイフを部屋の隅っこへ向かって投げて、捨てました。それから王様の写真を取り出し、その怖い顔を眺めました。

彼が王様であることは間違いありません。けれど、この怖い表情も、仕草も、言葉も、行動も、全部操られていたものだったのです。そんなこの国の秘密を誰も知らないのです。

…お父さんを裏切る僕は悪人ですか?

…王様は悪人ですか?

…悪人の仮面をつけられただけのただの人だと思う僕は悪人ですか?

…王様を殺さない僕は悪人ですか?

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