さくら君は最後の力を振り絞って、わたし(からす)に縋って言った。
「からす、からすだけでも逃げてくれ!!この星から…!!」
「…ッ、いやだ、わたしはさくら君を置いていくことなんてできない!怖いんだ、大好きなさくら君とこの星が散る光景を見ることが…一番…辛いんだ」
からすは泣きそうな顔で、慌てて俺の手を振りほどいた。俺はそうだよな、ごめん…と呟く。からすは少し困った顔をして、うつむいて言った。
「…さくら君の気持ちはわかる。わたしも逃がしてやれるならさくら君を逃がしてやりたい。わたしには務まらないだろうが、その辛い立場そのものを代わってやりたいくらいだ」
「俺は星の化身だから外へは逃げられない…でもからすは…まだ。いや、ごめん。変なこと言っちまったな。はは…なんだか、寂しくなったんだ。俺達の恋も俺のことも誰の記憶にも残らず消えちまうことがさ。それでも、からすだけは生きてほしいとか、ただの我儘だったな…忘れてくれ」
「…さくら君、そんな顔しないでくれ、わたしは」
言いかけたとき、既にさくら君はわたしの腕の中ですやすやと眠っていた。
さくら君はまるで自分を責めているような、悔しそうな表情をしていた。寝息を聞きながら、わたしは考えた…だけど、答えは決まっていた。
さくら君と一緒に最期までいれば、わたしは悲しい景色を見ずにすむ。
ここから逃げれば、わたしは死なずに済む。
…どちらの選択も、さくら君の優しさで、我が儘なんかじゃないさ。
でも、どちらの選択もさくら君にとっては寂しいことなんだ。わたしはさくら君の寂しさに寄り添いたい。
この星とさくら君の記憶、この恋心を連れて、…ここから逃げよう。
別の星にたどり着くたびにさくら君のことを思い出して、伝えていこう。
わたしがさくら君の分まで生きて、幸せになるぞ。
でも、辛いな。
もうわたしはさくら君に会えなくなるんだ、もう二度とさくら君を感じることもできなくなるんだ。
わたしは大好きなさくら君を置いていくんだ。
現実に、心がはちきれそうになった。
どうやって宇宙に飛び立とうか…わたしの体は丈夫だが、空を飛ぶための翼がない。
仕方なく、さくら君の翼を引っこ抜いて、自分の背中にくっつけた。
うまく飛べるかはわからない…でも、やるしかない。後悔したくないから、さくら君の願いを実現したいから。
本当は死ぬのが怖かった。さくら君はわたしに、生きるための口実をくれたんだ。
生きる、生きるんだ。
宇宙でわたしの正体が知られれば、厄介なことになる。爆弾を欲しがる人たちに、命を狙われてしまうだろう。
わたしは顔を隠す布が欲しくて、自分の服を破ろうとした…が、生地が分厚く、破れなかった。さくら君は薄着だった。わたしはさくら君の血まみれの服の一部を引き裂き、顔に巻いた…その瞬間、涙があふれてきた。
ごめんなさい
生きたくない
ごめんなさい
死にたくない
心の中で叫びながら、地面を蹴った。さくら君の特別な翼は、わたしの体を地獄から連れ出してくれた。
振り返る勇気は出なかった。
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久々にやってきた宇宙は冷たかった。わたしは、行先もわからないまま、まっすぐまっすぐ、遠くへ遠くへ飛んでいた。
さくら君、さようなら。
さくら君と出会えたからわたしは「からす」になれたんだ。さくら君がわたしのことを愛してくれている…それが毎日うれしくて、うれしくて。だからわたしは「からす」でいられたんだ。さくら君はわたしの最後の人。さくら君は特別だ。
優しくて、愛おしくて、…凍えそうだ。
もう涙は枯れていた。胸が苦しくて、わたしはその苦しさに耐えるように体を丸めて唸った。
寒い。
「強くなくてごめん、さくら君、ごめん…
やっぱり…怖いんだ
わたしは、ひとりでは生きていけない」
広大な宇宙でひとりぼっち。寂しさと恐怖に絶望した。
わたしは降り立った星全てを散らしてきた侵略者だった。
わたしを助けてくれる人はもう、この宇宙のどこにもいないんだ。
力だけ与えられて、いつだって報われなくて。
…わたしは宇宙に嫌われていたのだな。
苦しい。わたしは顔に巻いていた布を外して捨てた。
早く、早く楽になりたかった。
わたしは叫んだ。
「わたしはここにいる!!!」
ここにいるから、早く早く
ころして
Badend3/4 「ひとりぼっちじゃ生きられない」