ソクミタの影

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1話 ソクミタと俺

俺を追う影。どこまでも、どこまでも追う影。

日中は太陽が、夜中はパトカーの赤い光と錆びれた蛍光灯が俺を照らすから。

俺はその黒い形から逃れることはできないんだ。

その影に手を振れば、お前は手を振り返してくれた。

———————————

俺は人間の怯えた顔が好きだ。生死の狭間だけで見られる人間の痛ましいその姿。

食欲、睡眠欲、性欲…その姿はどんな欲よりも魅力的で、中毒性がある。奥底から心の渇きを、欲望を、掻き立ててくれる。その欲を一度口に含めば、特級の苦みと甘みに己が飲み込まれ、もう元には戻れなくなる。

悪人という言葉に収めるには綺麗すぎる。俺はもう戻れないところまで飲み込まれた獣だ。

…そう、思っている。

俺の名前は「ロウソク」。正体不明の連続切り裂き魔として夜を騒がせていたのに、どこかで尻尾を捕まれてしまった男さ。最悪だろ?国中に俺の顔がでかでかと載せられた張り紙がにぎやかに飾られているんだ。逃げる当てもない、俺の命運は尽きたのだろう。

中でも面倒な警察官がいる。俺を捕まえることに正義感を燃やしているしつこい奴。名前を「ソクミタ」という…。他の警察官が諦めても負傷しても、最後の最後までたった一人で追いかけてくる。真面目な奴め…。

今も俺は追われている真っ最中さ。そいつの銃声からようやく逃れられ、物陰に身を隠している。今日こそお前の息の根を止めてやるってな…俺は愛用の銅色の包丁を握りしめた。

「くそ、ロウソク!!どこに隠れた!?」

ソクミタの声が近づいてくる…近づいてくる。…。そして、一瞬の出来事。俺はソクミタの前に飛び出し、その胸を切り裂いた。

「うぐッ…!?」

飛び散ったソクミタの血。ソクミタは苦痛に顔をゆがめ、右手で握りしめていた拳銃を落とした。深く切られた胸を抑え、膝をつく。

「…ァ、ギ…んぐ…ッ!!」

それでも、身をよじりながらも俺を睨みつけ、銃に手を伸ばそうとしている。

その表情は酷く扇情的で、俺を夢中にさせた。

「可愛らしい声をあげるじゃないか、ソクミタ。今まで散々俺を追ってくれたが、正義の味方も今日までだな。」

「うるさい…くたばれ!」

俺は拳銃を足で蹴り飛ばした。暗闇に消えたそれ。

腰を落として、ソクミタの髪を強引につかみ上げる。汗と涙にまみれたその表情を楽しんだ。

「なぁ、ソクミタ。俺はお前のことが好きなんだ。だってこんなに興奮するのは初めてなんだ、近くで顔を見られて嬉しいよ。お前の悲痛な表情は、どんな男、女よりも美しいな。ソクミタも俺が好きだろう?こんなに熱心に追いかけてきてくれていたんだ。わかっているぜ?ははは…。」

「…、ふざけた、ことを、いうなッ…わたしはお前を絶対に許さない…!!。」

「諦めの悪いやつだな、そういうところが可愛らしいんだけどな。」

ソクミタの胸を蹴れば、ソクミタは簡単に地面へと転がった。血だまりが広がる。ソクミタの必死な呼吸音が、俺の耳の奥をくすぐる。

「可愛くおねだりしてみろよ、生かしてくださいってな!!俺を魅了させてみろ、そしたら…考えてやらないこともない。」

「はぁ、はぁ…、…。」

「まぁ、堅物そうなお前にはできねぇだろうがな!!」

俺は銅色の包丁を見せつけるように彼に向け、握りなおした。

———————————

・・・・俺を追う影・・・・

ためらいなく振り下ろす。

・・・・どこまでも、どこまでも追う影・・・・

愛おしい肉の感触。ゴボっと血を吐いたソクミタ。

・・・・俺はその黒い形から逃れることはできないんだ・・・・

2話 ソクミタの意識

俺はソクミタを愛していた。横たわる体…ただの肉の塊になっても、その歪んだ表情は格別だった。ソクミタの存在は俺の過去を塗り替えた。それほどに、美しかったんだ。綺麗だったんだ。

俺は思わずソクミタの冷えた血液を指につけた。そして、それを口に含んだ。生々しい、喉に焼き付くような鉄の味がした。ソクミタの味がした。

その時、激しい頭痛が俺を襲った。

「…!?!?!?い、ギ…ッ…。」

頭を抱え、その場にうずくまる。意識が混濁する…なにが、何が起きているんだ!?

視界が狭まっていく。痛い、痛い…。遠くなっていく。…。…

———————————

「お…ソク…ロウソ…。」

「起き…ロウソ…」

「起きろ!!ロウソク!!」

その声に俺は飛び起きた。辺りはもう明るくなっている。

「いってぇ…。」

キンキンする頭を抱えながら見回す…誰もいない、ようだ。

「返事をしろ、ロウソク!!!」

「うわぁッ!?」

どでかい声が頭いっぱいに響いた。まるでたたきつけられたみたいだった。何だこれ、て、テレパシー??どこかで聞いたことのある声だ。

これは…

ソクミタの声!?

「ソ、ソクミタ!?どういうことだ??どうしてソクミタの声がするんだ!?」

俺は動揺しながらも、その場から離れる。ここで大きな声を出せば誰かに見られるかもしれない…。物陰に隠れ、俺はソクミタらしき声に返事をする。

「ソクミタ…?俺の妄想か!?ついに俺は狂ったのか!?おい、どういう事だ!?」

「…うるさいな。わたしにもわからない。だがわたしはお前がわたしの血を舐めたことで、目が覚めたんだ。お前の脳内でな。それだけは確かだ。さつじん鬼に人格を乗っ取られるなんて最悪な気分だ。」

「嘘だろ…俺の中にソクミタの意識が移動してきたってか?」

「お前の体を乗っ取って警察署に行ってやろうと、一晩中試していたが無駄な足掻きだった。わたしは任務に失敗して死んだんだ…意識だけ残されるだなんて屈辱でしかない。さっさと消してくれ。」

「いや、できねぇな。まったく…こんな不思議なことが起きるなんて…。」

「お前、楽しんでいるんじゃないだろうな。」

「楽しむに決まっているだろう。だってお前は俺の中で俺を見ていることしかできないってことだろ?。俺の悪行を一緒に楽しもうじゃないか、正義の味方さんよぉ!。俺達はマジの一心同体ってな!ははは。」

「黙れ、誰がお前と一心同体だって?意味を分かって言っているのか?」

「わかっているさ、俺達両思いだもんな。どうだ?俺の熱心な恋心を感じられるだろ?」

「手前の中ではな。狂気じみている…わたしには理解できない。」

鮮明に感じ取られるソクミタの人格。ソクミタの魂を奪ってしまったらしい俺はその事実に腹を抱えて笑った。ソクミタを俺の中で飼えるだなんて。表情を見られないのは残念だけれど…最高じゃないか。悪行を目の前にして何もできない自分を責め続けることしかできないソクミタを、煽り続けられるんだ。しつこい警察官を現実から消せた上で、その好きな男を手に入れられたんだ。こんなに面白いことがあるか?

「なぁソクミタ。俺は切り裂き魔を続けるぜ?お前を恐怖と後悔でビビらせてやるよ。安心しろ、いずれ気持ちよくなるさ。」

「ふん…醜いぞロウソク。悪の行く末は決まっているんだ、逃げ場なんてない。お前が終わる瞬間をこの目で見られるのなら、その方が快楽だな。」

「俺は簡単に捕まりはしないさ、ははは。あ~面白いことになった、どうすっかな。なんか食いにでも行くか?」

「ああ食いに行け食いに行け、そして捕まれ。」

「俺は追われてるけど、眼鏡とマスクをしていればそう簡単にバレやしないんだな。ソクミタは何が食いたい?あ、これ、初デートじゃね?」

「お前、面倒くさいな…。本当に…あぁ、最悪だ。」

———————————

ラーメンをすすりながら俺は心の中で会話をする。

「ラーメンなら何味が好きだ?」

「うるさいな、手前何回それを聞いたら気が済むんだ…わたしはお前と会話をする気はない。」

「ソクミタ、ラーメンなら何味が好きだ?」

「うるさいな…。いらいらする…。」

「ソクミタ、ラーメンなら何味が好きだ?」

「…。」

「答えろよ、くそが。一発殴ってやりたいな…これじゃ話にならねぇ。お前に手が出せないのが惜しい。ソクミタ、ラーメンなら何味が好きだ?」

「…。」

「ソクミタ、ラーメンなら何味が好きだ?ソクミタ、ラーメンなら何味が好きだ?ソクミタ、ラーメンなら何味が好きだ?ソクミタ、ラーメンなら何味が好きだ?」

「うるさいな!!!」

「好きなラーメンの味を聞いているだけだろうが!。手前の好きなラーメンを頼んでやろうと思ったのに全然応えねぇから、しょうゆ頼んじまっただろ!!正義の味方は恋人と会話もできないのか?」

「誰が恋人だ…。」

「ソクミタ、ラーメンなら何味が好きだ?ソクミタ、ラーメンなら何味が好きだ?ソクミタ、ラーメンなら何味が好きだ?ソクミタ、ラーメンなら何味が好きだ?ソクミタ、ラーメンなら何味が好きだ?ソクミタ、ラーメンなら何味が好きだ?ソクミタ、ラーメンなら何味が好きだ?ソクミタ、ラーメンなら何味が好きだ?」

「念じるな!!塩!これで満足か?」

「ふーん、じゃあ塩ラーメンも頼んで食うか。」

「いらねぇ気遣いだな…。二杯も食うのか…。」

俺は愛想の悪い店員を呼んで、塩ラーメンを頼む。少し待つとラーメンが届けられる。ほかほかの湯気。大きな海苔と鳥のチャーシュー、白ネギ…スープまで飲み干したくなる良い匂い。美味そうだ。

「おいロウソク、お前金はきちんと払うんだろうな。」

「は?払うわけねぇだろ…。うわ、うめぇ…。」

「ふざけるな、金を払わず店を出るだなんてありえない…。そうだ、ならこうしよう、お前が今回も今後も金をきちんと払うのなら、会話くらいはしてやってもいい。」

「タダ食いだけでソクミタを罪悪感で殴れるのは楽だな。…まぁいい、金くらいはらってやらぁ。」

空になった二つの器。俺は机に千円札を二枚投げ置いて席を立つ。

「嫌に素直だな…。」

「ソクミタと会話できる方が面白いからな。金払ったのなんて何か月ぶりだ?」

「ちっ…。」

「で、さっきの塩ラーメンの味はどうだったんだ?体を共有してるんだから、味も共有できてるだろ?そういや甘いものは好きか?久々にうまいものを食ったし、菓子でも買おうかと思ってな…和菓子か洋菓子ならどちらが好きだ?俺は洋菓子かな…和菓子はせんべいしか好きじゃねぇ。」

「めんどくせぇ…。」

3話 ソクミタの国


この小さな国は腐っている。俺のようなクズばかりが蔓延り、社会も秩序も崩壊している。潔白で真面目な警察官何てソクミタくらいだろう。

ここで生まれたものは皆、悪として生き悪として死ぬんだ。

一度罪に汚れたら、外の世界から許されることはない。やがてその罪にも慣れていく。染まってしまえば二度と出られない悪人の檻。誰もが恐れて手を付けられないままに潜んでいる国。この国を俺達は「裏社会」と呼んでいる。

俺はソクミタが好きだというソーダ味のアイスクリームをジャリジャリ食べながら、ソクミタとの会話に浸っていた。はじめはうざそうにしていたソクミタだったけれど、会話をするといったのはソクミタの方だ…ソクミタは少しづつ会話に参加してくれるようになった。

正義感を振りかざしキレているソクミタも、痛みに叫び声をあげるソクミタも魅力的だったけれど…こういう「何気ない話をするソクミタ」は初めてだ。なんだか嬉しい。(可愛いとか言ったら怒られたけれど。)

「ソクミタはどうしてこの国にいたんだ?目をつけられたらしぬかもしれないのに。」

「…お前のようなやつを取り締まるためだ。この国を清らかに正す…それがわたしの夢だった。まだ、諦めてはいないが。はぁ、どうして神はお前のようなやつの悪行を見過ごすのだ…。」

「神の存在なんて信じているのか?」

「信じている。子どものころにみた夢…神がわたしに正義の心をくださったんだ。それからわたしはわたしと神に誓ったんだ。正しいとは何かを追求し続け生きることを。神はわたしから過ちを遠のけ、家族を守ってくれる。その誓いも全て、志半ばで途切れてしまったが。お前のせいでな。」

「知るか、俺は自分しか信じない。善も悪も、正義も俺が決める。この国は俺達悪人が築き上げたんだ。ソクミタ…神なんか、見えないものに頼っているから俺にやられたんじゃねぇの?」

「お前の方こそ、神に見捨てられた現実から目を背けて粋がっているだけではないのか?」

「違うな。全然違う…ありえない。だってよぉ、もしこの世に神がいるのなら

こんなどうしようもない俺なんて、存在していなかったはずだから。」

———————————

俺には女がいた。何年も何年も行動を共にしていたきれいな女。名前を「時芽(ときめき)」といった。本当の名前なのかどうかなんて知ったことではないけれど。彼女はこの国を知り尽くす情報屋をしていた。

出会いは…ろくでもなかったさ。俺の容姿に興味を持ったらしいときめきは、自分の情報網を手繰り、俺の正体を調べ上げた。そして俺にその情報を見せつけ「あたしのものになってくれなきゃ、この情報を売りさばいてやる。そしたらこの国にあんたの居場所はなくなるね。」なんて、脅してきたんだ。当時ころし屋をしていた俺はそいつのことを消してやろうかと思ったけれど…まんまと罠にはまったというわけだ。

俺は情報屋ときめきの手先になった。情報を売り買いする上で邪魔な奴を消したり、直接ヤる依頼を受け取って遂行したり。それでも居心地が良かったさ。金に困らなかったからじゃねぇ。この国の影の女王に…俺はすっかり惚れていた。双子の男の子が生まれた時も、俺は素直に喜んでは父親の顔をしていた。

その時は自分は善人なんだと思い込んでいた。家族を守るために俺はころしに身を投じているのだと、自分を正当化していた。手のひらを血で汚し、その手で子供を撫でていた。

それでも無垢な笑顔を見るたびに、少しづつ自分が「悪人」であることに気が付いていく…。

俺は、誰かにとっての無垢な笑顔を、宝物を奪っているのだと嫌でも自覚させられたんだ。

俺はときめきに「もうころしはしない」と告げた。消されるんじゃないか、そんなこと許されないんじゃないかと思った…けれど、ときめきは「そう、いいわよ。じゃあ情報の整理でも手伝ってもらおうかしら」だなんて、平然と言ったんだ。俺は拍子抜けた。

「あんたがやりたいことだと思ったから、やらせていただけ。飽きたのなら別のことをすればいい、仕事は山ほどある。家で子どもたちと遊びたいならそれでもいいわよ。ほら、ゆらめきちゃん達が遊んでほしそうにあんたのこと、見ているわ。」

「そうか…。」

家で子供たちの相手をする日々…はじめはただ癒されていた。けれど、俺はその感情が少しずつ、削り取られるように、形を変えていくことに気が付いていった。

俺のときめきや子どもたちへの愛情は本物なのか?

なにかが物足りない…何が足りないのだろう。

いつのまにかそんな疑問が浮かぶようになっていたんだ。

確かめたい。俺にとってときめきたちがかけがえのない存在なのか…確かめたい。

痛みを知りたい。

俺が奪ってきた命。無垢な笑顔を奪われた者たちはどれほどの痛みを感じたのだろう。痛みの大きさは愛情と比例するのだろうか。

俺の愛情の大きさを確かめたい。

俺の愛情が本物なのかどうか確かめたい。

確かめたい。

確かめないと。

だって、だって。

物足りない、肉の感触が恋しい…?。

俺はころしを正当化するためにこいつらを愛していたんじゃないかって…そんなふうに思ってしまうんだ。

芽生えた、殺意。

ある日、銅色の包丁を握って帰った。そこには誰もいなかった。俺の衝動に察していたときめきは俺の前からとっくに姿を消していた。

見捨てられた…?。

俺は怒り狂った。テーブルに銅色の包丁を突き立て、頭をぐちゃぐちゃにして暴れた。結局俺はその後、怒りと衝動のままに情報屋ときめきを追い詰め、この手にかけてしまったんだ。

その時感じた感情は、痛みでも、悲しみでも、喪失感でもなく…

ただの快楽だった。

俺の歪んだ真の欲望が形を成して、証明された瞬間だった。

俺は人間の怯えた顔が好きだったんだ、そう気が付いた。

生死の狭間だけで見られる人間の痛ましいその姿。

食欲、睡眠欲、性欲…その姿はどんな欲よりも魅力的で、中毒性がある。奥底から、心の渇きを、欲望を、掻き立ててくれる。その欲を一度口に含めば、特級の苦みと甘みに己が飲み込まれ、もう元には戻れなくなる。

「悪人」という言葉に収めるには綺麗すぎる。俺はもう戻れないところまで飲み込まれた獣だ。

…そう、気が付いたんだ。

———————————

こんなどうしようもない俺なんて、存在していなかったはずだから…そんなことを口走ってしまった後、俺は忘れかけていた家族の存在を思い出してしまっていた。

「なるほどな…ロウソクにはそんな酷い過去話があったのか。」

「ソクミタ!?お前、俺の記憶を…感情を読めるようになったのか!?くそが…。」

「お前が頭を抱えるほど濃密な記憶だったからこそこちらの意識にまで届いたんだ。わたしが見ようとして見えたものではない。」

「なら忘れろ。過去は捨てたんだ。」

「忘れられるか。子どもたちはどうした?まさか。」

「…いや、子どもは…ヤれなかったんだ。あいつが俺に見つかる前にどこかに逃がしたんだろ…。面倒で、追う気にはなれなかった。はは、俺にも少しは愛情ってやつがあったのかな…なんてな。」

俺はぶっきらぼうにそう言い、へらへら笑いながら路地裏を歩く。アイスの棒を適当に投げ捨てると、ソクミタがうるさくなったから仕方なく拾った。ソクミタはイライラを募らせながら言葉を続ける。

「わたしのことを好きだのなんだの言っているのは何なんだ?恋人や愛情の意味を知らないのか?」

「どうしたソクミタ、可愛いこと言うじゃねぇか。俺に可愛がられたいのか?恋人だもんな。」

「はぁ、お前に好かれたいわけではない…当たり前だろ。気持ち悪い。」

「ツンツンするな、ソクミタのことは愛情たっぷり可愛がってやってるだろ、恋人だからな。」

「意味が分からない…。まぁお前のことは何もわからないが。」

4話 ソクミタの正義

俺は自販機で炭酸飲料を買う。適当に座って缶を開ける。

「ははは、わからなくていいさ。俺は生きている意味もない人間だ。」

甘いジュースを口にする。

「ソクミタ…そっち側の人間とは違うんだよ、俺は。…ソクミタ?会話しろよ、約束だろ。」

「飽きれていただけだ。生きている意味もない人間?くだらないことを言うな。自分の魂をもっと自覚しろ。」

「何言ってるんだ、俺は奪ってきたんだよ…恨まれて当然、いないほうがいい人間だろ?家族も愛せず、守れなかった。」

「わたしは罪を自覚しているのなら、誠意をもって償えと言いたいんだ。奪われたものの感情を、正面から受け止めるんだ。それができないのは、お前が自分の魂を可愛がっているからだろう。全く…生きている意味がない人間などいない。お前は正々堂々と生きるべきだ…最悪の罪人としてな。」

「…。知らねぇよ、鬱陶しい説教すんな。こじつけがましい。でも…生きるべき、だなんて言われたのは初めてだ。ははは、最悪の罪人…ねぇ。」

「わたしはわたしの正義の心をもってこの国を、お前のような孤独な悪人を、子どもたちを救いたい、それだけだ。過去が悲惨だからと言ってお前に同情等はしないし、お前を認めたわけでもない。」

「はいはい…ならどうすればいいっていうんだ?」

「は?」

「だから、俺がソクミタに認められるためにはどうすりゃいいんだって聞いてるんだろ。二度も言わせんなよ。」

「ロウソクの方こそ何を言っているんだ。わたしに認められたい?はぁ…お前な…。」

「俺は自分しか信じない。善も悪も、正義も俺が決める。だけど、お前の心は欲しい。そう思ったんだ…悪いか?。全部お前の言う通りにするから、その代わりに心をくれ。」

「一応聞くが、心とはなんだ。」

「両想いに決まってるだろ。俺に本物の愛情を教えてくれよ。」

「無茶を言うな…無茶すぎるだろ。いい加減にしろ。」

「なら別に、一人の人間としてみてもらえるだけでいい。」

「…。わたしはお前のことはとっくに、一人の人間として見ているが?お前のような狡くて横行な奴は人間しかいないだろう。」

「そうかよ。じゃあ、それでいい。」

しばらくお互い何も言わずに佇んでいた。俺は忘れていたジュースに口を付ける。炭酸はとっくに抜けていた。空を見上げると、いつの間にかオレンジ色が広がっていた。もうすぐ、また、夜が来る。

また、夜が。来る。

「安心しな、今日は人は切らねぇ。そういう気分じゃない。」

「ふん…悪行はわたしが許さない。」

「はいはい。」

飲み終わった缶を踏みつぶし、ポケットに入れる。紫色に陰っていく夕焼けを見て、ソクミタと初めて会った日を思い出す。

「俺、お前のこと本気で好きなんだ。だからころしたんだと思う。」

「わたしには理解できない感情だな。」

「初めてお前にしつこく追われた時、一目見て…。憧れたんだ。少しだけ。」

「憧れた?」

「だから確かめたくなった。俺にとってお前がかけがえのない存在なのか…確かめたくなったんだ。痛みの大きさは愛情と比例するのだろうか。俺の愛情が本物なのかどうか確かめたい。また、その衝動に駆られたんだ。

ときめき達を失って…俺は、自分に嫌気がさしたんだ。本物の愛情も知らない孤独な自分が辛くなったんだ。だから…もう一度ころしをやめようと思ったんだ。身を潜めて、衝動を抑え込んで、生きていたんだ。

でも結論はコレ(切り裂き魔)さ。結局俺はころしはやめても、人を傷つけることはやめられなかった。しかもまた、手を染めちまった。

俺は生まれながらに狂ってるんだ、とか言ったらお前は…ソクミタは、それは違うと、俺が自ら進んでしまった道なんだと言ってくれるのか?」

「ああ、言うさ。生まれながらに悪人…そんな言い訳、神が許さない。」

「…。」

「それでお前はわたしをヤって、何か確かめられたのか?」

「…。その結論はまだ出ていない。ここ(心の中)にお前がいるからだろうな…喪失感だとか痛みだとかは感じられねぇな。あれからずっと時が止まったような、そんな気分さ。」

「くだらない。だが…お前にも感情はあるのだな。正しくあろうとする感情が。」

「正しい?知るか、言っただろ、俺は自分しか信じない。善も悪も、正義も俺が決めるって。けれど俺の中では、お前は…俺よりは正しい方だと思う。」

「当たり前だろうが。」

夜道、俺は歩を進める。ある場所に向かうために。

「ロウソク、どこへ向かっている。まさか、人を襲うつもりではないだろうな!。」

「どうだろうな。」

「今日は切らないと言っていただろうが、わたしに認められたい云々はどうした!?」

「冗談だって、そんなカリカリすんなよ。」

「面白くない冗談は大嫌いだ。炭酸飲料もな。」

「俺と正反対だな…俺はアイスが嫌いだ、食べづらいからな。」

俺はとある場所に到着する。それは昨日ソクミタを刺した場所だ。そこにソクミタの体はない。

「どうしてまたここに来た…。ロウソク、まさか嫌がらせか?」

「お前は知る必要のないことだな!。」

「何がしたいのかつくづくわからない奴だな…。」

「それでいいさ。」

俺は胸元にしまっていた銅色の包丁を取り出す。自慢気に掲げて見せる。

「手前…。」

「今日は切らねぇよ。明日も…多分。」

「ならそれはしまっておくんだな…心臓に悪い。」

「はは、これを握ってねぇと夜は落ち着かねぇんだ。」

今夜は月明かりはない。古びた街頭だけが俺を照らしていた。

俺は、胸に手を当て、目を閉じて、ソクミタの意識に集中する。

集中する。

「ソクミタ、俺に好きって言ってみてくれ。」

「言うわけないだろう。…わたしは嘘は嫌いなんだ。」

「わかっている、それでも…お願い、お願いだ。」

「わかっている?わたしの何をわかっているというんだ…。お前に私がわかるはずないだろう。」

「それもわかっている。つまんねぇこというなよ。」

「…。そういやロウソク、お前、「俺がソクミタに認められるためには何すりゃいいんだ」って言っていたよな。「全部お前の言う通りにするから、その代わりに心をくれ」ともな。わたしはもう肉体を失ってしまった…、もうお前にも他の悪人にも手が届かない。だからわたしはせめて、わたしにできる最後の正義を振るおうと思う。」

「…。」

「自首しろ。そしたらわたしの、何もかもをくれてやる。」

「…大好きって言葉もくれるのか?」

「大好きくらい、いくらでも言ってやろう。聞き飽きるくらいにな。」

「…それで、十分だ。ふふ…本当に」

―大好き―

いくら話しかけても、もうソクミタの声はしなかった。

遠くにサイレンの音が聞こえた。

タッタッタッ

背後から一人の警官の足音が近づいてくる。

「動くな!!!!」

その声に俺はほくそ笑む。

銅色の包丁を握りしめたまま振り返れば、そこには、

厚く包帯を巻いたソクミタが銃を構えて立っていた。

5話 ソクミタの約束

…昨晩…

ソクミタの胸を蹴れば、ソクミタは簡単に地面へと転がった。血だまりが広がる。ソクミタの必死な呼吸音が、俺の耳の奥をくすぐる。

「可愛くおねだりしてみろよ、生かしてくださいってな!!俺を魅了させてみろ、そしたら…考えてやらないこともない。」

「はぁ、はぁ…、…。」

「まぁ、堅物そうなお前にはできねぇだろうがな!!」

俺は銅色の包丁を見せつけるように彼に向け、握りなおした。

ソクミタは歯を食いしばり、這いずる様に体を持ち上げた。

「何が…堅物だ。わたしは、お前を、諦めやしない…絶対に。手段など…選んでいられるか!」

ソクミタはそういうと、地面に額を押し付けて俺に頭を下げたんだ。

俺はその滑稽な姿に拍子抜けした。

「生かしてください、今日は見逃してください、何でもします。」

「気持ちわりぃ…くだらねぇ真似すんじゃねぇよ!!!」

「お前から言っておいて…グッ、くそぉ…。こんなところで、くたばるものかぁ…。わたしは、この国と、お前のような孤独な悪人を、子どもたちを…救うんだ!例え神に見捨てられても、わたしは…わたしの正義を諦めない!!!死んでも、諦めるものか!!!」

「…はは。はぁ…。ま、まぁいいだろう。犯罪者に土下座する、惨めなソクミタを見られたしな。今日のところは見逃してやるよ。」

「はぁ…はぁ…。」

「明日もこの場所で会おうぜ。まぁ、お前がその体で来られたら、の話だけどな。ほら、さっさと行けよ。」

ソクミタは必死の形相で起き上がり、胸元からあふれる血液をかばいながら去っていった。

俺は地面に落ちたソクミタの冷えた血液を指につけた。そして、それを口に含んだ。生々しい、喉に焼き付くような鉄の味がした。ソクミタの味がした。

罪は晴れない。俺の心も晴れない。けれど、俺のソクミタへの言いようもない「憧れ」と「正義感」だけは信じられる気がした。

俺は何をするのが正しいと思う?俺は何をすれば正されると思う?そんな答え、誰にも分りゃしねぇだろ。やり直しはきかないんだ…一度きりの人生だろ。

いや、俺をリセットしてやろうかとも思ったこともあったな。名前も顔も変えて、全部なかったことにして生まれ変わってやろうと思ったんだ。

けれどできなかった。

俺の記憶と、俺の中のソクミタがそれを許さなかったんだ。

———————————

俺はまた「俺の中のソクミタ」に聞く。俺の中の俺に聞く。

「心が痛いんだ、またソクミタと会えてうれしいのにさ。これは本物の愛情の印だと思うか?」「知るか。お前がそう思うならそうなんだろう…興味もないが。」「俺はどうすればいいと思う?」「わたしの意思は先ほど伝えただろう。馬鹿だからもう忘れたのか?」「まさか。」

「なら、お前がやりたいことをすればいい。」

全部妄想?わかってる、それでもいいんだ。この恋は俺に似合っている。

———————————

「動くな!!!!」

その声に俺はほくそ笑む。銅色の包丁を握りしめたまま振り返れば、そこには、厚く包帯を巻いたソクミタが銃を構えて立っていた。

「ソクミタなら今日も俺に会いに来てくれると思ったぜ。相変わらず一人か…他の奴らは買収でもされたのか?ははは。それにしてもよくその傷で立っていられるな、これが執念ってやつか?」

「うるさいな。喋るんじゃない、今すぐその包丁を地面に捨てて両手をあげろ!」

「今日のソクミタはちっとも可愛くないな。痛いもんな。また、痛めつけてやろうか?」

ソクミタは恐怖に一瞬肩をすぼめたが、また厳しい目つきで俺を睨め返した。

「まぁ俺に必死になるわけもわかるよ、俺はこの国の情報を山ほど持っているからな。捕まえたら大手柄ってやつか?俺の持つ情報が公にさらされたら、この国もしょぼくなるだろうな。」

「わたしが手柄のためだけに、お前を追いかけていると本気で思っているのか?わたしは…」

「わかってるって、はいはい。言う通りにしますよっと。」

俺は握っている包丁を見つめる。

これを捨てて、両手をあげろ、だぁ?ふざけるなよ、俺を何だと思ってるんだ。

正直、そう思う。

その瞬間また頭を駆け巡る、俺の中のソクミタの声。さっきから、うるさいんだ。心地いいほどに。

(奪われたものの感情を、正面から受け止めるんだ。それができないのは、お前が自分の魂を可愛がっているからだろう。)

(全く…生きている意味がない人間などいない。お前は正々堂々と生きるべきだ…最悪の罪人としてな。)

(生まれながらに悪人…そんな言い訳、神が許さない。)

(大好きくらい、いくらでも言ってやろう。聞き飽きるくらいにな。)

「ふふ…あはは、ははははははは!!!」

「ロウソク、何が面白い!?笑うな…撃つぞ。」

「ははは、はぁ。撃たないでくれって、俺が死んだら意味ねぇだろ?きっちり、捕まえなきゃ。

そんな顔すんなってほら、マジだからさ。

俺は包丁を地面に捨ててみせた。カラン、と乾いた音が鳴った。

そっと呟く。自分に言い聞かせるように。

「俺、お前と約束したんだ。」

きっと俺はこのとき、最高に似合わない、優しい表情をしていたんじゃねぇかって思う。

…。

両手をあげて、ひらひらと振る。

ソクミタは驚いた表情をしていた。

ソクミタが手をあげ合図すると、後ろから大勢の銃を持った警察官やパトカーがやってきて俺はあっという間に囲まれた。手前一人だと思ったら、きっちり準備してきてるんじゃねぇか…。せっかく二人きりになれると思ったのによぉ。

ソクミタに強引に取り付けられた手錠は重たく感じたけれど、プレゼントの様にも思えた。

パトカーに乗るのは初めてだな…当たり前か。ソクミタはさいごに俺の背中に向けて「お前と何かを約束した覚えなどない…」と言った。

その言葉に振り返れば、見開いた瞳が見えた。こぶしを握り締めて、唇を震わせている。

酷く、ひどくきれいだと思った。

これが本物の愛情かどうかは、まだ、まだわからなかったけれど。もしかしたら、俺にはわからねぇことなのかもしれねぇけれど。お前の眼力は俺の心のどこかを、なにかを、動かしたんだよ。

ソクミタにしたらいきなり俺が自ら連行されて…わけわかんねぇだろうな。

そりゃそうだ。

約束何てしてねぇからな。

ははは、俺もわかんねぇよ。俺が何がしたいのか。

俺は狂っちまったのかもなぁ…。

でも自覚はしてるよ、全部俺の妄想、願望ってこと。

お前のこと、こういうやつだったらいいなって、適当に押し付けてるんだよ。

楽しかったさ、今日一日。けれど、結局、お前のことなんて何にも知らねぇままなんだよ。

でも、俺を捕まえたっていう手柄ぐらいはプレゼントできたか?

どうしようもない、一方的な感情。

どうしてか、視界がぼやけている…。

ふと思う。

もう二度と、会えないんだろうなって。

もう二度と、もう二度と。

この地ともお別れかってな。

ソクミタ

ソクミタ…

それでも、お前に俺の何かを残したくて。

ソクミタに俺を忘れないでいてほしくて。

なにか、こころを、のこしたくて。

のこしたくて

俺は

さいごに

掠れるような声で一言

さようなら」と伝えたんだ。

その影に手を振れば、お前は手を振り返してくれた。

END

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