星のはなびら一章【ふうがに消えてほしいと伝えた】

【ふうがに消えてほしいと伝えた】

ふうがに腕を捕まれ無理やり体を引き上げられ、立たされる。謝れよ、とふうがが怒鳴る。無視すると、ふうがはオレの左頬をぶん殴った。オレは地面に崩れた…それでも、諦めるつもりはない。

「ふうが…オレは謝らないよ、諦めないよ。話し合うこともないし、友達にもなれない、ふうがはいらないってオレの心が決めたから…。早く消えてほしい、いなくなってほしい…オレはささめきが好きなんだ」

「ゆずは…」

掴んでいたオレの腕をそっと離し、気が抜けたかのようにオレを見つめるふうが。オレはもう一度言う。ふうがに…いや、オレ自身に、オレの心に言い聞かせるように。

「ふうがはいらない存在だから、消えてほしい」

ここはオレだけの理想の夢。邪魔をしないでくれ。早くささめきを見せてくれ。返してくれ。忘れさせてくれ。オレをオレの心から解放してくれ。あんたを見ているとオレの迷いや弱さを突きつけられているようで、また惨めな気持ちになってしまう。

ふうがは唇をかみ締め、怯えたような表情で、オレから目を逸らした。下を向く。それから、静かに、体の力が抜けたかのように座り込んだ。マントがゆっくりと、ふわりと落ちた。顔を上げたふうがは、どこか苦しそうに…でも微笑んでいた。

「…おれもそう思ってた。おれはいらない存在だって、心のどこかではわかってた。おれなんかがゆずはと本当の友達になれるはずないってそんな気がしてた」

ふうがはさっき消し去った包丁を、右手に作り出す。蘇った凶器を逆手に持ち、自身の左胸に向ける。

「ずっと消えたいって考えて迷ってた。もう終わりにしようかな…なんだか、疲れちまった。はは…でも、消えるっていっても、この世界は魂が定着して二度と出られない仕組みだから、完全に無くなることは難しいんだ…でもこうすれば、おれはおれをやめられる」

ふうがはぎゅっと目を閉じて、包丁を左胸にゆっくりと突き刺した。

「ァ…ぅ…、ゆずは、ごめん、な、はは、は、夢の中なら、友だち、いるかな、楽しい、かな、…」

そのまま倒れたふうが。その光景をただ見つめていた。黒いマントが枯れたように垂れている。…ふうがはすやすやと寝息を立てて眠っていた。突き刺さったままの包丁、だけどその寝顔は、昨晩と何も変わらない、のんびりとした優しいものだった。揺さぶっても名前を呼んでも、ふうがはただ眠りつづけたままで…目を覚ますことはなかった。

オレの心は晴れやかだった…早くささめきに会いたい、その事でいっぱいだった。けれど両手を合わせて強く強く願っても夢は、景色は何も変わらない。

つよい風が吹く。

ふうがが作り出したものも、包丁も、家も、全てが燃え尽きるように朽ちて消えていく。透けていく…透明の瓦礫に囲まれ、オレはただ愛しい彼女の名前を叫ぶ。ささめき!ささめき…!喉が痛い、痛いくらいにただ叫ぶ。しかし、残ったのはひまわり畑と、眠るふうがだけだった。冷や汗が流れた、悪い予感がした。

オレはふうがを抱えて引きづりながら、ひまわり畑をかき分け、狂ったように駆け回った。どこまでも続く…何も無い、何も生み出されない孤独な世界を、ひたすらに探し続けた。時間だけが過ぎていく、朝と夜を繰り返していく。照りつける日差し。オレを睨むひまわり。それでもこの世界には端っこも、隅っこも無かった。

「ぁ…ぁ、…ささ、め…き……。ふ、うが…」

ここがどこなのかもわからない、元いた場所にも戻れない。もう干からびた涙。ぁ…。我に返ったかのように、ふうがが最後に零した「ごめんな」の言葉を思い出した…。

「なぁ、ふうが、起きてくれ、ふうが!!ぁあ…怖い、こわい…」

この世界は本当にオレの夢なのか?確かめる術はもうどこにもない。わからない、わからない。孤独という恐怖を描く永遠の夢に、狂気に飲み込まれていく。

自分を保つために、人間みたいに、夜眠って朝起きる、土まみれの汚れた体。痛みも乾きも感じない、もう人ならざる体。毎朝地面に描く正の字は、辺り一面を埋めつくしている。何か話していないと、自分を見失わなってしまう!オレは話し続ける…。「オレの名前はゆずは!ここはオレの夢の中!オレの名前はゆずは!」今日も土とひまわりの花弁を口に運ぶ。

引きづって引きづって…ふうがの体はもう右腕と上半身しか残っていない。それでも手を繋いでいるみたいで、ひとりじゃないみたいで安心するんだ。辛くて自分の皮膚をかきむしっても、髪をちぎっても、ただ痛いだけだ。

ここにいる。今も、ここにいる。

…オレは熱い地面に横になった。自分の心が遠くに行ってしまったみたいだ。寂しさも執着も後悔も未練も何もかもを考えられなくなった。ひまわりに囲まれて、ひまわりに見守られてオレは目を閉じた。

ふうがを拒絶したオレはきっと、オレの素直な心そのものを…遠ざけてしまったのかもしれない。最後に見たその怯えた表情をオレは…許してやれなかったよ。知ることも向き合うことも受け入れることも出来なかったんだよ。現実にも、夢の世界にも嫌われた。そんな気がした。

「ごめんな…ささめき、ふうが、オレ」

ひとりぼっちの青い空はどこまでも続く。軽くなった体を抱き寄せ、その途切れた片手を握る。また、違う夢を見よう、違う世界に逃げ込もう、妄想に耽って。

「おやすみ。どうか…同じ夢がみられますように」

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BadEND3/5「夢のなかの夢」

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