星のはなびら一章【夢から覚めるために傷口をおさえない】

【夢から覚めるために傷口をおさえない】

迷っても仕方がない、まずは夢から覚めないと。オレは傷口をおさえなかった。痛みになれてきた…オレは、傷口に手をかけて。大きく広げた。視界がチカチカする鋭い痛みに襲われる。痛い…少しづつ頭が軽くなっていく。

(これは、夢から…覚める、感覚?)

脱力感、喪失感、寂しさ…花びらが空中を舞っているのをぼーっと見つめていた。痛みは感じなくなっていた。手で抑えきれないほど広がった傷口からは花びらが噴水のように吹き上がる、やがてその勢いは弱まっていった。

「さ、さめ……き」

オレは花びらに…そっと、手を伸ばした。届かない。オレの掠れた声を聞き、ふうがは慌てて振り返った。

「嘘だろ、なにやってるんだ、ゆずは!!!」

オレを強く揺さぶる。

「しっかりしろ、どこ見てんだこっち向け、おれの事がわかるか!!」

「…?」

「ぁああ…」

男の目から涙が溢れた。拾い集めた花びらを必死にオレの胸の中に戻している。いったい、何をしているのだろう…オレは、オレは…誰だっけ

眠たい…そっと目を閉じた。

------------------------

もう、遅い。手遅れだ。花びら…心は全て流れ出て、ゆずはは完全に、自分を失い壊れてしまった。痛いほどにわかっていた。それでも、手を止めることは出来ない。おれ(ふうが)は拾えた数枚の花びらをただ、ゆずはの胸の中に詰め込んでいく。

(どうして…いきなり自分を壊しちゃったんだ!)

ゆずはの壊れた姿なんて、見たくなかった。見たく、なかったのに。おれはゆずはの言葉を思い出す。『…本気になんてなれないよ。オレの世界はささめきだけ』おれはノートを作り出し、忘れないようにその言葉を書きなぐった。そして、何度も何度も読み返す。

「おれと過ごした時間も全部夢だって言うのか?じゃあどうして…おれに優しくしたんだよ!一緒にご飯食べて、一緒に寝て…おれ、ゆずはのこと、大好きになっちゃったのに…怖くて寂しくなるくらい、大好きだったのに…愛してたのに」

…でも、全部一方通行の想いだったのか。ゆずははおれのことなんて本当に…友達なんて思ってなかったのか。一緒に過ごした時間に意味がなかったなんて思いたくないんだよ!

なぁ、おれの何がいけなかった?やっぱり…おれだから、いけなかった?

「おれは…ゆずはといられて、楽しかったんだぞ…こんなの、悲しすぎる…ゆずは…こんなに裂けて…どれだけ痛い思いをしたんだ?自分を失ったって、この世界からは出られないんだぞ…それがどれだけ寂しいことなのか、おれはよく知ってる」

胸に手を当てる。空っぽの胸に手を当てる。

おばけの中には、心が詰まってる。記憶、自我、何もかもがその人の思い入れの強いものの形をして。

そう、おれはとっくに心を全部失っている、壊れている。

(自分がどんな顔をしていたのかもわからない)

リビングから1冊のスケッチブックを持ってきた。ペラリとめくる。そこは描かれているのは「ふうが」の顔や服装、話し方、性格…等が細かく記された、まるでキャラクターの設定資料の様な内容だ。全てのページにイラストを交えながらぎっしりと描いてある。

おれが自分を見失いそうになった時、確認し、ふうがでいるために作ったものだ。空っぽの…本当の自分の姿は受け入れたくない…。今のおれは、「ふうが」は、自分ででっちあげたニセモノの…作り物の人格なんだ。友達になってくれそうな人間になりたかった、その想いが募って、おれはふうがになったのに。

でも、やっぱりそれがいけなかったのか?考えてみれば、それはゆずはに、嘘をついていたことと同じことじゃないか。初めから全部話せば、少しは心を開いてくれたのだろうか。全部おれのせい。オレはゆずはの過去も未来も滅茶苦茶にした。眠るゆずはに声をかける。

「目が覚めた時に…自分が無くて混乱しないように、ゆずはの分のスケッチブックも作っておいてやるよ。でもおれ、ゆずはのこと全然しらないから…それはごめんな」

オレは新たにスケッチブックを作り出し、ゆずはの情報を描き始める。彼の姿、性格、話し方…。それから。好きな花は確かバラって言ってたな。あと、意外と甘党だった。

「もっと、色々知りたかったぞ…。ゆずははおれのことなんて興味なかっただろうけど…。そもそもお前を強引につれてきたおれには、友達になる資格なんてなかったよな…」

視界が滲む。ぽたぽたと落ちる。舞い落ちた大量の萎れた赤いバラの花びらに囲まれて、おれは夢中になってペンを走らせた。

------------------------

「ふうが!おはよう。今日の朝食は?苺のパンケーキがいいな。生クリームが乗ったやつ、あれ、めちゃくちゃおいしかったし」

「おっけーだ!」

パンケーキなら、小麦粉と卵と砂糖と…あとは隠し味のヨーグルトだ。生クリームとイチゴは…焼けてから作ればいいか。フライパンを温める。キッチンからはゆずはがソファに座ってくつろいでいるのが見える。

そしてオレは今日も同じことを聞く。…聞かずにはいられない。

「なあ、ゆずは。おれ、ゆずはの友達になれてる?ゆずは、おれのこと友達だって思ってくれてる?」

「思うわけないだろ!オレは今、変なおばけと友達ごっこする夢を見てるんだ…愛した人と会えない、そういう夢を見てるんだ。ふうがは嘘つきなんだから、オレと友達になんてなれないよ」

「だよな!わかってる。ゆずは、今日も友達ごっこしてくれてありがとう」

部屋に美味しそうな匂いが漂う。

朝食はいつも、罪悪感の味がする。

------------------------

BadEND4/5「罪悪感」

タイトルとURLをコピーしました