金魚八のメンバーC「はい。イフ様。
最近、金魚八の幹部でイフ様の秘書「カチョーロチロム」様を見かけませんが、カチョーロチロム様も、ゆずはや深海の宇宙に関わる仕事をするために、出張しているのですか?」
イフ「……。」
カチョーロチロムは心優しく優秀な生き物で、長年イフの秘書を勤めていた、右腕のような存在だった。
イフは、カチョチカチョーロチョコカチョーロチロム、縮めてカチョーロチロムと最後に話した日のことを思い出した。
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(補足:公開済みの番外編「金魚八に咲く花」の内容がはじまります。読んだことがある方は、スクロールして読み飛ばし、次のページに進んでください)
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あの日も金魚八本部では恒例の朝礼が行われていた。
組織に所属する生き物たちが同じ白い服を着て、部屋に集まり、整列する。前方の巨大なモニターに、イフが映し出された。イフはゆっくりと話しはじめた。
「ワタクシたちの力は、全ての生き物が幸せに生きられる、理想のセカイをつくるためにあります。この仕事は誇り高きものなのです。今日も誠心誠意、セカイの民のために尽力するように。
…こほん。昨日創造した新宇宙について、共有しておきたい情報があります。後ろのモニターに資料を表示させますので、全員振り返って、ご確認くださいね。
新しい生命体に関しての情報です。海中で生活している非常に穏やかな性格の生き物で、魔法を扱う能力にも長けています。生き物たちは生活環境の改善に取り組んでおり、水位を上昇させようと試行錯誤しているようです。そこでワタクシたちが力を貸し…」
皆が資料を見つめて、真剣に話をきいている中…不自然な動きをしている生き物がいた。その生き物だけは資料を見ておらず、反対の方向にある最初のモニターを見続けていた。まるで呼吸をしているように、ユラユラと揺れる動きを繰り返している。
近くにいる生き物たちはその様子を見て、とても不安な気持ちになっていた。居眠りをしているのだろうか?イフの話を無視して、居眠りをするだなんて。規則正しい組織の一員として、ありえない、許されない行動だ。
起こしてあげようと、声をかける生き物もいたが、…目を覚まさない。情けない。恥ずかしい。不信感がふくらんでいく。
きっとこの不真面目な生き物は処罰を受ける。組織から追放されてしまうんだ。イフに隠し事はできない。そう思い、みんな目を逸らした。
居眠りをしている様に見えるその生き物。…実は、精巧なレプリカだった。本物はいったいどこにいるのか…。
その生き物は毎日の朝礼にレプリカを参加させて、仕事をサボっていた。長い間皆の目を欺いてきたが、今日の朝礼はいつもと違った。レプリカは同じ動きを繰り返すよう設計されており、振り返るという機能はなかった…だから、悪目立ちしてしまったのだ。
そんな状況を知りもしないその生き物は、自室でゆったりとサボり続けていた。その生き物は、住み込みで朝から夜まで働いていた。だから、自由に過ごせる朝礼の時間は、とっておきの楽しみだった。
花に囲まれた自室を掃除し、ひとつひとつに優しく声をかけながら水をやっていく。お気に入りのアロマキャンドルの香りが広がる。
その後、壁にかけてある大きな魔法の鏡の前に立ち、手のひらをかざした。魔法の鏡は、遠い宇宙のありふれた景色を映し出した。都市の風景、自然の風景、人間が生活する様子。その生き物は、人間に対して深い愛情を感じていた。
「人間は本当に可愛らしい存在だね。見ているだけで、優しい気持ちになれる。
ふふふ、みんな何をしているのかな?スマホで遊んでいるのかな?無邪鬼だなぁ。食事をしている姿も癒される…。何を食べているのかな。
はぁ、人間のことがこんなに好きなのに…。遠い遠い宇宙にいるし、暇もないから、会いにいけない。いつか、本物を見て、抱きしめたり愛でたりしてみたいよ。」
魔法の鏡に手をかざすと、切り替わって、ひとりの人間が映し出された。
「ほめと君は、今は何をしているのかな。ふふ、おやすみ中か…。寝顔も可愛いな。でも、そろそろ起きないと、学校に遅刻しちゃうんじゃないかな?お寝坊さんだなぁ。ふふふ。
…何もしてあげられないけれど、遠い宇宙から願っているよ。今日もほめと君が、幸せに過ごせますようにって。」
優しい生き物は、人間のほめとに恋をしていた。
癒されて、微笑んだ…その時。
自室の扉からバリバリと、大きな音が聞こえてきた。誰かが扉の鍵を壊しているのだ。
「どうしよう!!朝礼をサボっていることがバレちゃったのかな!?」
扉の鍵には高度な魔法をかけていた。自分にしか解けない複雑な魔法だ。だから、安心していた。
…物理的に壊されてしまうことは、想定していなかった。
生き物は冷や汗をかきながら、慌てふためいた。魔法の鏡をカーテンで隠し、クローゼットに入って隠れる。扉はすぐに蹴破られた。
入ってきたのは金魚八のリーダー「イフ」だった。
「カチョーロチロム。そこにいるのでしょう?ワタクシを欺いて仕事をサボるなんて…。いったい、何をもって償うつもりですか?アナタの魂をいくら削りとっても、その価値はないでしょうね。」
沈黙。
「明日の朝礼で、首を晒しあげましょうか?冗談ですよ。裏切り者の顔なんて、誰も見たくはありませんから。」
沈黙。
「ワタクシの心がここにあるうちに懺悔しなさい。…後悔しますよ。」
イフはほくそ笑んでから、先ほど水をあげたばかりの花を踏みつけた。それを見た生き物、カチョーロチロムはクローゼットから飛び出した。
「イフ、やめてよ!かわいそうなことしないで。」
イフはカチョーロチロムの胸ぐらを掴み、壁に突き飛ばした。そして、カーテンを開けて、隠していた魔法の鏡をさらけ出した…全てお見通しのようだ。
「いてて…乱暴はよくないよ」
「…いいですか?ワタクシに隠し事はできないのですよ。アナタが朝礼をサボっていることも、人間に興味を示していることも、把握していました。しかしアナタは今回、大きな失敗をしましたね。そうです…ワタクシ以外の存在にも、アナタがバカであることを認知させてしまいました。」
「…僕、なんかやっちゃったの?」
イフは魔法の鏡に、朝礼の様子を映し出した。
「見てご覧なさい。アナタの怠惰に関する噂が広まっていますよ。
…カチョーロチロム、あなたはワタクシの、優秀な秘書です。たったひとつの選ばれし存在です。しかし、それも今日でおしまいですね。
今までお疲れ様でした。アナタは明日、処刑されます。具体的に言うと、アナタの存在は分解され、魔力に変換され、宇宙の管理や作成に消費されます」
カチョーロチロムは納得がいかない様子だ。立ち上がり、大股歩きでイフに迫った。穏やかな性格のカチョーロチロムは、普段は大きな声を出さないが…今日ばかりは、お腹から声を出した。
「そんなの、おかしいよ!
ひどい、ひどい。今までずっとずっと、休まず働いてきたというのに。朝礼の資料も僕が作ったものなのに。突き放すなんて。」
「資料を作ったのならば、気が付くべきでしたね。普段使わないモニターを使うかもしれないと。」
「紙芝居のように手に持って説明すると思い込んでいたんだ。だから、可愛らしいイラストも沢山描いたのに。
…僕がいなくなって、一番困るのはイフでしょ?考え直してよ」
「代わりでしたら、いくらでもいます。」
「い、いないよ!
イフの表沙汰にできない情報の管理、隠し事だらけのスケジュール管理。君の考えを把握しているからこそできる、効率的で完璧な来客対応。
隠密の秘書としての役割を果たせるのは、僕だけ。
高度な魔法を扱える。仕事に口を出さない。知らなくていいことを、知ろうともしない。帰るところはここしかない。
他にこんなに従順で扱いやすい魔法使いがいるなら、教えてよ」
必死に弁明するカチョーロチロムを見て…イフは張り詰めていた表情を和らげ、「冗談ですよ」とクスクス笑った。
「こんなに喋るカチョーロチロムは珍しい、はじめて見ましたね。その通り、アナタはワタクシの右腕。簡単には手放せません。しかし、アナタだけは許す。見なかったことにする。というのは…組織として許されませんよね。ワタクシに逆らった罰は、しっかりと受けていただきますよ」
「はぁ。イフは本当に頭がかたいね。
そして、直ぐにお花を枯らしてしまう…。可哀想に。」
カチョーロチロムは先程イフが踏みつけた花に手をかざした。魔法と優しい心が伝わり、花は命を取り戻した。
「罰って何をさせられるのかな?苦しみや痛みを感じるような罰は受けたくないよ」
「…謹慎処分ということになるでしょうね。お給料は出しません。」
「謹慎って…仕事をしなくていいってこと?休暇をもらえるってこと!?それは嬉しいよ。
ふふふ、お給料なんていらないよ。使う暇もないし、使ったこともないし。
行ってみたい宇宙があるんだ。人間に会いに行きたい。ふふふ。」
ご機嫌なカチョーロチロムを横目に、イフは魔法の鏡に近寄り、はじめにカチョーロチロムが見ていた景色を映し出した。愛する人間…ほめとが、学校で一生懸命勉強している。
イフは涼し気な表情をしているが、その眼差しは穏やかではない。
「この人間に会いに行くつもりですか?」
「そうだよ。問題あるかな?」
「構いませんよ。
しかしアナタはこれが罰であることを、理解しきれていないようです。
人間を愛することは、奇妙でおかしなことです。実際に人間と会えば、自覚できるでしょうね。
今回の謹慎処分は、自分自身と向き合い、奇妙な思考や行動を反省する、絶好の機会になると思いますよ。」
「…奇妙でもおかしいことでもないよ。人間を愛してもいいし、みんな、誰を愛してもいいんだよ。
イフには理解できなくても、僕は人間や他の生き物を心から可愛らしいと思っているし、ほめと君に対しては特別な愛情を感じている。
反省する必要はないでしょ?」
「そうですね。ワタクシには人間への愛情や欲求は理解できませんが、愛することは自由ですからね。
あなたに反省していただきたいのは、人間を愛している「つもり」になっていること…。あなたのニセモノの博愛心にはうんざりしています。
現実に気がついて欲しいのです。ワタクシたちは人間を愛することはできない…という現実に。」
「意味が分からない。どうして、人間を愛することはできないなんて胸を張って言えるの?僕の気持ちは紛れもない本物なのに。心から愛してるのに…。」
「ワタクシたちは、セカイの中心で、宇宙と生き物の幸せを管理する、特別な存在なのです。
高度な魔法を扱い、人間の感情や過去、未来、魂の本質を知り尽くすことが出来ます。幸せも絶望も、すべてがワタクシたちの手のひらの上にあるのです。
だから人間と、対等になることはできません。
アナタだって、同じでしょう。人間の醜い姿を目にしたり、思いどおりにいかない状況に耐えられなくなったりすれば、つい魔法を…特別な力を使ってしまうでしょうね。
細胞を変化させてあらゆる欲求を抱かせたり、過去や未来を改変したり…ワタクシたちには、人間を思い通りに動かせる便利な魔法があるでしょう?使わないでいられるものですか。
…それでもアナタは人間を愛していると、対等であると、自信を持って言えますか?
ああ、自分勝手。なんて自分勝手なのでしょう。
結局は、愛せない。分かり合えない。傷付けてしまう運命にある。それが現実です。
実際に人間と会い、理解してしまえばいい。
そして、全てを諦めなさい。
諦めても、誰もアナタを責めませんよ。あなたのその感情は、仕事の効率を下げていますし、ワタクシや組織にとって不必要なものですから。
アナタに必要な感情は
ワタクシへの忠誠心だけです。
それ以外の感情は…邪魔。ですね。」
「はぁ…そういうことか。仕事の邪魔、イフの邪魔になるから、全部諦めろってこと?そのための謹慎処分?…たしかに、人間の様子を見たくて、朝礼をサボっていたのは事実だけど…。
何もかもを否定されて、心から悲しい気持ちになったよ。イフは仕事のためなら、心を傷つけることも平気で言うんだ。
…でもイフにもきっと、わかる時が来るよ。
優しい心があれば、どんな力を持っていても、みんなと同じ景色を見ることが出来るって。対等になれるし、魂に優劣なんかないって。決め付けずに、深い思いやりをもって、向き合うことが重要なんだよ。
大丈夫。僕は…どんな状況になっても、ほめと君の幸せを裏切るような魔法は絶対に使わない。そう、決めている。ほめと君の魂と、彼の宇宙を尊重してるから。彼がありのままでいられることを、幸せな日常が途切れないことを願っているから。この気持ちは、どんな現実を前にしても、変わらないよ。
……僕の心の温かみがイフにも届いたらいいのにな。」
「ふふ…アナタはいつも綺麗事を話しますね。ほら、早く準備をして、人間が暮らす宇宙へ行くのです。」
「せ、急かさないでよ。出発する前に、お花のお世話だけさせてね。留守中に枯れてしまうと悲しいし、可哀想だから…」
育てている花のひとつひとつに、声をかけ、水分と栄養を補う魔法をかけていく。イフはその様子を黙って見つめていた。
イフにとって、愛や優しさは弱さの象徴であり、手段のひとつに過ぎなかった。愛は常に残酷で、大切な存在と自身を傷つけてきた。そして今は、愛を利用し、このセカイを統治している。
孤独なイフの心は氷の扉で閉ざされていた。寂しいという感情さえも凍り付き、もう取り出せない、感じられない。
カチョーロチロムは綺麗事ばかり話す従順な子犬。利用価値があって、自分よりも可哀想な存在…イフはそう思い、蔑んで、安心していた。
あの日…イフがコメットを壊してしまったときも、カチョーロチロムは遠くから見て、怯えて泣いているだけだった。仕事の邪魔になる感情は効率よく消す。組織のために、自分のために、壊れるまで働かせる。
イフは、何もできないカチョーロチロムをあざ笑った。
…カチョーロチロムから行動力や勇気を奪ったのは、イフ自身だった…
カチョーロチロムが生まれた宇宙はもう存在しない。不要な宇宙であると判断され、イフの手によって消去されてしまったのだ。
その宇宙が不要と判断された理由は、その宇宙に住む生き物たちがセカイの中心の権威を脅かすほどの優れた魔法を操ることができたからだった。イフ達はこの宇宙を快く思わず、自分たちの強さを再確認し、示すためにその宇宙を消滅させることを選んだのだ。
その時、イフは気まぐれに、カチョーロチロムだけを救出した。カチョーロチロムの記憶を消去し、自分の右腕となるよう育てた。
だからカチョーロチロムは、いつだってイフに逆らうことができない。奪われた悲しみと、助けられた安心は、ぐちゃぐちゃにまざりあい、恐怖心に似た形をしている。
リーダーであるイフに、逆らえる生き物なんて存在しない。イフがいるからこそ、セカイの平和が保たれていると…みんなが信じ、頼っているのが現実だ。イフに嫌われたくない、必要とされたい、セカイの中心で生きていたい、居場所が欲しい、選ばれた存在、特別な存在でありたい。この組織は孤独を集めて成り立っている。
「イフ、準備できたよ。ほめと君と一緒にいたいし、世界中を…色んな星をみてまわりたいし…200x年くらいは滞在したいな。それでいい?」
「お好きにどうぞ。反省して辛くなったらいつでも戻って来ていいですからね。仕事が溜まると面倒なので。
それから、これを忘れず持って行きなさい。あなたの魔法の手鏡ですよ。
長期休暇ではなく、謹慎処分ですからね。お間違えのないように。帰ってきたら、報告書を作成していただきますからね。」
魔法の手鏡は通信機に似た役割をもつ、この組織「金魚八」特性の魔法道具だ。別の宇宙にいても、テレパシーを送りあったり、行動を監視したりすることができる。
手鏡には、カチョーロチロムの名前と職種が刻まれている。魔法の手鏡は、組織の一員である証ともいえる。
カチョーロチロムはそれを受け取り、ポケットに入れた。宇宙の外に出るのは勇気がいるが、愛する生き物に会えると思うと、心が踊る。
「では、いってくるよ。必ず帰ってくるからね」
イフに軽く手を振った後、自分の体に魔法をかけ、人間が暮らす宇宙へとワープした。
ほめとはタコタコタコ星という星に住んでいる。…すぐに到着するだろう。
魔法によって生み出された時空のトンネルを進んでいく。カラフルで眩しい、キラめく景色が広がっている。タイムスリップの輝き。トンネルを抜けた先に、ほめと君がいる…はずだ。
トンネルの出口が見えたとき、カチョーロチロムは立ち止まった。
自分の胸に手を当て、目を閉じて、考えた。
どんなときも命令通りに行動してきた。
酷いことを言われても受け入れてきた。
イフが弱い生き物に酷いことをしていても、見ていることしかできなかった。
カチョーロチロムにできることは、折られた花に、生き物に、誰にも聞こえない声でごめんねと謝ることくらいだった。
朝が来る度に劣等感が育ち、自分以外の生き物は優れているのに、自分は劣っていると思ってしまう夜を迎えた。何度も。何度も。
(何も言えなかったんだ。行動することもできなかった。選ぶこともできなかった。押し付けられて、否定されて、悔しくて、…それでもどうしようもなくて、悲しかった。
辛かった。今も辛い。
これからも。ずっとずっと。つらいのか。
変わりたい、変えたい。
ほめと君を愛している。同じくらい、自分のことも愛したい!
愛したい。だから。僕は。
心の扉を開けないと、いけないんだ)
カチョーロチロムは大きく深呼吸をしてから
魔法の手鏡を
投げ捨てた。
手鏡は時空の彼方へと吸い込まれて消えた。
「ごめんね、イフ。でも、後悔はしないよ」
指を鳴らすと、育てていた花が、ふわりと目の前に現れた。水分と栄養を補う魔法だけではなく、持ち運べる魔法もかけていたのだ。花はマントの中に、片付けられた。
カチョーロチロムは、トンネルの出口へと向かった。一歩一歩進む度に、青い空と太陽の光の新鮮な香りがした。
清々しい気持ちだった。
僕らしい生き方を選べたから。
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