【ふうがの言う通り、傷口をおさえる】
オレは咄嗟に傷口を両手で抑えた。
「落ち着いて待っとけよ!」
痛みはあるが、少し和らいできたようにも感じる。意識は朦朧としている。よかった、これは…夢から覚める感覚?いや、あれ、何かおかしい。夢ってなんのことだっけ。どうして自分の胸をさしたりしたんだっけ。オレは悪い奴、それは覚えてるんだけど、悪いこと、悪いこと、…何をしたんだっけ。あれ、あれ、大好きなあの子の名前はなんだっけ。
ふうがが集めた花びらを入れた袋を持って、急いで飛んで帰ってくる。
「おいゆずは、大丈夫か?」
「…ふうが、ふ、うが、たすけて。」
「…大丈夫、おれに任せろ!ゆずはを、おれと同じにはしない」
ふうがは大きな絆創膏を作り出し、傷口に貼り付けた。集めた花びらを強引に口に突っ込んでいく。げぼげぼ、溺れてしまいそう…。
「もう大丈夫だと思う…ゆずは」
「…」
混乱した心が鎮まっていく。そうだ、オレはゆずはだ。現実を受け入れる覚悟をして、夢から覚めるために包丁を突き刺したんだった…それは叶わなったけれど。
「自分のことわかるか?おれのこともわかるか?」
「…うん、わかる」
だけど、なんだか…違和感がある。大切なことを忘れている気がする。そうだ、あの子の名前を思い出せない。重大なことだ…それなのに、焦る気持ちは風に流されて、消えてしまった。
「まったく…本気でびびっただろ!夢から覚めるだとか、霊界から出るだとか。訳わかんねぇこと言いながらいきなり壊れようとするんだから…!二度とするんじゃないぞ!!最初に言っただろ、この世界からはどうやっても出られないっ!え・い・え・ん・に!体がバラバラになっても、中身が全部流れ出て壊れても、それは変わらないんだ。全部ゆずはの日頃の行いが悪かったせいなんだからな、我慢しろよな。ゆずはの壊れていく姿なんて、見たくないぞ…」
「…わ、わかった。ごめん…その、ありがとう、こういうことするのはやめるよ」
ふうがは安心したのか疲れたのか、大きく息を吐いた。
「なぁふうが、ちょっとひとりになりたい…散歩してきていい?」
「ダメだ!また変なことするかもしれないだろ、一緒にいく」
「今後変なことしないために、ちょっと考え事したい気分なんだよ、頼むよ」
「もう…わかったよ、変なことしたら腫れるまで殴るからな!おれ、許さないからな!友達だから」
「わかったって…」
外に出る。太陽は真上に登っている。これからどうしよう…オレは頭をぐるぐる働かせながら、ひまわりをかき分けて適当に突き進む。
…嘘つきのふうが。いったい何がしたいんだろう。何を考えているのだろう。
この霊界やふうがは本当にオレの夢なのだろうか。それさえも、信じられなくなってきた。
「オレ、マジでこの霊界に永遠にいるのかな…」そう呟いた、その時。
…「「最悪な気分だよ」」…
どこからか声が聞こえた。頭の中に直接響くような、気持ち悪い音だった。…!?驚いて思わず尻もちをついた。汗が湧き出る。ここに、ふうが以外の誰かがいるのか!?え??
足元から聞こえた気がする…視線を降ろすと、不自然に土が盛り上がっている所があった。オレは屈んで、土を掘ってみた。掘っていると、白いナニカが出てきた…これ…ほ、骨!?これが喋ってるのか!?
傍には枯れたひまわりの花びらのようなものも埋まっている。見てはいけないものを見てしまった気分。オレは震える声を絞り出した。
「あんた、何者だよ…」
「「こんな暗くて何も無い所で、壊れるのを待つしかないのか…、あはは、心配いらないか、僕のメンタルなんて多分3日ももたないだろうからね」」
「この人、オレの声が聞こえているわけじゃないんだ。なるほど…この骨に宿った、残留思念がオレの心に伝わっている?この人の過去の独り言なのか?この人の心は、もうこの世界にはないのか…?。考えてもわからない、いったい誰なんだ、何なんだ…」
「「すぐ近くに、僕の心が…ひまわりの花びらが埋まってるみたいだね。それが体に触れちゃっているから、変に心を取り戻しちゃったみたい。そのせいで上手く自我とか記憶とか心を捨てきれてないんだろうな…あの悪霊、後処理が下手なんだ」」
「あ、悪霊…?ま、まさかふうがのこと?」
「「やっぱりあいつの友達になれるやつなんて、どこにもいないって思うよ…。だって記憶を消したって、重ねた罪や事実は変わらないんだ。僕と同じだね。はぁ、やっと眠くなってきた。もうすぐ君のことも忘れちゃうのかな、ねぇ、かさ…」」
…。最後まで耳を傾ける余裕がなく、オレは気がつくとその骨を地面にぶつけて叩き割っていた。土を何度も踏みつけて、ぐちゃぐちゃにして。声はもう聞こえなくなった。
オレは走り出す、ふうがの元へまっすぐに!後処理?記憶を消した?…ふうがの罪って何??じゃあ、あの骨は、オレがこの霊界に来る前に、ふうがの友達になれなかった人のもの…かもしれない??
ふうが…オレと出会う前に何をしていた?
何を信じるべきか、確かめないと。現実と向き合って、受け止めるために。
家に帰り、乱暴に扉をあけて、ベッドで寝ていたふうがを叩き起す。
「おいふうが!友達なら、嘘なんてつくなよ!」
「ゆ、ゆずは!?な、なんだ??」
「オレさ、目を見たらその人が嘘ついてるかわかる特技があるんだ。ふうががオレと友達になるのを躊躇っていることには気が付いてる、話せよ、不安なんだよ。オレも自分のこと話してもいいから…もう、何話されても怒らないから」
「…うそがわかる??ま、まじか?」
「マジかどうかは、ふうがが一番分かってるはずだよ。どういうことか教えてほしい…」
「…まさかそれで悲しくなって、自暴自棄になっていきなり包丁を?友達っていってくれない理由もそれ?…はぁ、もうその話はいいか」
ふうがはオレと向き合って座り直した。
「…おれ、ゆずはに嘘つきたくないから、全部話す。その特技で、おれが素直な気持ちを話してるか確認してろよ…?
えっと、おれは自分に自信がないんだ。ゆずはの友達になれる自信がないんだ…おれは、自分のことわからない壊れたおばけだからな。おれの体の中身は、目が覚めた時から空っぽだ。自分が何だったかもわからないし。今のおれは、おれが自分ででっちあげたニセモノの…作り物の人格なんだ」
「作り物の人格…?」
そう言いながらふうがはリビングから1冊のスケッチブックを持ってきた。ペラリとめくる。そこに描かれていたのは、ふうがの顔や服装、話し方、性格…等が細かく記されたまるでキャラクターの設定資料の様な内容だった。全てのページにイラストを交えながらぎっしりと描かれている。この内容を体に覚えさせていたのか…時々忘れちゃってたけど。
「料理は元々できるんだ、絵もかける。きっとおれの生前の面影だろうな…他にも知ってることは色々ある。そんな自分に肉付けするみたいに設定を色々付け足したんだ。素直で陽気な性格とか、ポジティブで遊ぶのが好きだとか…友達になってくれるような人間になりたくて、自分をつくったんだ。理想の人物を想像して…」
「ふうがって名前も自分でつけたの?」
「そうだ。これを描いてる時に思いついたんだ、かっこいいだろ?でも…全部意味ないんだ」
ふうがは頭を抱えた。
「意味ないんだよ!!だっておれは…おれは…!!」
そしてオレからスケッチブックを乱暴にとりあげ、そのページを次々と破りとり、ぐしゃぐしゃに、ビリビリにして床に投げつけた。
「やめろよ、ふうが!だ、大丈夫?これ、ふうがの大切なもの何じゃないの?」
ふうがの肩に手を置き、軽く揺さぶって落ち着くよう促す。
「もういいんだ、…こんなことしたって、おれはとっくに手遅れなんだよ!!わかってるのに壊れてるのに、怖くて自分を捨てきれないんだ…ゆずはのこと巻き込んで、こんなことして、おれは最低な悪霊なんだ…!!」
「ふうが…」
ふうがの瞳は、素直でまっすぐで、暗く揺らめいていた。悲しみと煌めいていた。罪を犯した後、鏡にうつったオレの瞳とよく似ていた。
ふうがはオレとよく似ていた、同じだった。
いつまでも、本当の気持ちも自分のことも言い出せず、寂しいままで。友達という都合のいい関係に憧れる、寂しがり屋の獣だった。
その光景は酷く現実的だった。オレとよく似た暗闇に触れて、涙を見て…オレはようやく、この世界とふうがのことを理解できた。気が付いた。オレは本当に、死んでいるんだ。もう帰られないんだ、実感した。怖くはなかった、仕方ないなって、自然と飲み込めた。
素直な気持ち、言葉が湧き上がる。オレは一生懸命話していた。
「ふうが、オレは罪を犯したことを後悔してるよ。あの子のこと、何も知らないまま、自分勝手に連れ去って、幸せにしてあげられなかったから。あの子の存在を肯定して、抱きとめて、「一緒に生きよう」って言えばよかったなって、思ってる。あの子の世界を変えてあげられたらよかったなって、思ってる。
でもいくら後悔しても、あの頃のオレには不可能だった。しかもあの子の名前をどこかに落としてしまった、忘れてしまった…でも、これでいいのかも。オレはきっとあの子に取り憑いた悪霊みたいな存在だったから。
自分に価値をみいだせないまま自分に期待したり、変わろうとしたり、信じたりすることって、きっと難しいんだ…。オレも同じ。
だから、結局は…救われたいとも思えずに、幸せになりたいとも思えずに、優柔不断なまま流されてしまう…寂しいよな」
「…」
「後悔…してるんだろ?自分を悪だと、悪霊だというくらいなんだから。オレと同じだよ、だからオレたち…友達になれる気がしてきた」
ふうがは顔を上げた。真っ直ぐに見つめるオレと目が合う。顔は真っ青で、銀色の目はぼろぼろと溢れる涙と一緒に溶けて滲んでいた。
「ぅうううう…ゆずは…ごめんなさい…ごめんなさい、おれ、自分がこんな悪いことできる奴だって、信じたくなかったんだ。友達が欲しかった…おれの存在を許して受け入れてくれる友達が欲しかった…。悪人なら何してもいいだなんて、後から間違ってるって気づいた…。でもおれは、間違えてしまった」
ふうがはポケットから、見覚えのあるライターを取り出した。これは、あの時タバコに火をつけるために持っていたライターだ。
「これを見つけて…おれは、眠っているゆずはに
火をつけてしまったんだ」
…ふうがの力なら、こんな小さな炎でもあっという間に燃え広がる様に細工も出来たのだろうな。
オレはふうがに殺されたんだ。
「大丈夫、ふうが、オレ…怖くないよ」
ふうがはポケットから、赤いバラの花びらを1枚取り出した。それも隠し持っていたらしい。その花びらには恐らく、あの子の名前、オレの大切な記憶が宿ってる。
「寂しいけど。それも…もう、いらないよ」
オレは微笑んだ…手離したくない、でも、きっと重たくなるから。寂しくてたまらなかったけれど、この寂しさこそがオレなんだって、感じられた。
ふうがは理解していないようだけど。ふうがは、オレがこの霊界に来る前にも、友達欲しさに、人間を連れ去ってきていたのだろう。おそらく、友達になれなかった人間は、壊して土に埋めたんだ。そして霊力で、自分の記憶を消して改ざんしていた。何人?何十人?もっと?…わからないけれど。それでも罪や過去をなかったことにすることはできない…。記憶が無い現実や、日常に潜む嘘と違和感、罪悪感の面影がふうがの心を締め付けていた。
「ゆずは、それから…ゆずはの大切な女の子は生きてるんだ。おれはどうしてもあの子を霊界に連れてくることができなくて…血が沢山でて、大怪我をしている姿をみたらなんだか悲しくて…燃える家から助けだしたんだ…。おれの本当の姿は真っ黒で目玉がいっぱいの化け物なんだ…そんな禍々しい姿を見て、あの子、おれを怖がっていたけど…何度も「ごめんね一緒にいられなくて」って言ってた…」
「…そっか…うん、大丈夫だよ、ふうが」
「おれ、もう、消えてしまいたい…もう、しんどい」
絶望し嘆くふうがの手を取った。オレも泣いていた…、だけど、現実と本心に触れて、何もかもを失って、オレは不思議な安心感に満たされていた。
なぁ、ふうが、オレ達これからどうする?狂おしい寂しさと、どうしようもない罪を背負って。永遠に出られない箱の中で。
…オレはね、こうしたいと思ってる。
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