からす「ん?知らない人だ。誰か、友だち呼んだのか〜?」
皆のところへ戻ってきたさくらやことおたちも、驚いている。
さくら「でっけぇ奴。しかも、腕四本もついてるぜ。かっけ〜。」
ことお「とんでもないくらい大きな魔力、星の力を感じるね。いや、それだけじゃないか…未知の魔法ってやつ?誰の友だち???」
突然の元秘書の登場に、金魚八はざわめいた。カチョロは気にせず、からすやさくらたちのところへと近付き、近くにいたさくまを抱っこして、頭を撫ではじめた。
さくまは「離せ!この〜ッ!我を誰だと思っている!?」……と言いつつも、気持ちがいいのか、大人しく撫でられている。
カチョロ「人間は可愛いね 皆可愛い 仲良しなんだね。柔らかくて温かい。あ、噛まないでね?」
さくま「記憶も思考も全く読めない。こいつ、ただ者ではなさそうだぞ…。」
むむ「さくまちゃん平気?金魚八の関係者なのかな?ちょっと怖いよ〜。ささめきちゃん、この人、信用して大丈夫だと思う?」
ささめき「わからないわ。悪意やさつ意は一切感じないけど……。」
むむは不安そうに、ささめきの後ろに隠れた。カチョロはさくまから手を離した。
カチョロ「あ、大丈夫だよ。怖くないからね 僕はカチョーロチロム…、カチョロと呼んでね。遠い宇宙からやって来た、時空の使者。話は聞いていたよ、こっそり見ていたからね。」
ユニタス「時空の使者…?」
オキ「……ことお君、時空の使者ってなに?」
ことお「よくわかんないけど、最強っぽいね。」
カチョロはからすに近づいて手を伸ばした。からすの頭を撫でながら、サファイアブルーの瞳を寂しそうに見つめた。
からす「あなたが、か、カチョロ…さん?さやらんが話していた…。」
カチョロ「そうだよ。…からす君、お母さんにそっくりだね。ごめんね ごめんね 何も出来なくて。悲しかったよね、頑張ったね。
さやらんは僕から手に入れた絶望の破片を、深海の宇宙を消してしまうために使うと話していたよね。そんなこと、させない。僕はこれ以上生き物たちの涙を見たくないんだ…。
僕も力になりたいんだ。自信はないけれど、見ているだけ、泣いているだけの自分は、もう嫌なんだ。
…おねがい。仲間に いれてくれる?」
からす「もちろんだ、カチョロさん。」
カチョロ「ありがとう。からす君、なでなで。なでなで。……魂の灯火のぬくもりを感じる。張り詰めていた心が、少しほぐれた気がする。」
からすを抱きしめて、愛でているカチョロの様子をみて、さくらは顔を真っ赤にしながら、慌てていた。
さくら「か、からすは俺の恋人なんだ、ベタベタ触るなよ!今すぐ離れろ!」
カチョロ「あ、吠えないで……。もしかして、さくら君もよしよししてほしいの?遠慮せずにおいで おいで。」
さくらはからすを引っ張って、カチョロから引き離した。
カチョロ「ふふふ♪元気な子。」
クロサキはカチョロに、遠慮がちに、声をかけた。
クロサキ「か、カチョーロチロム…、い、生きてたのか。」
カチョロ「生きているよ、ここにいるよ。しんでしまったことにされていたのは、少し寂しいと思っているけどね。僕は旅行…じゃなくて、謹慎処分中ということになっていたはずだよね。でも、僕は大丈夫。」
カチョロは瞳を怪しげに輝かせて、真面目な顔つきでクロサキをしばらくみつめていた。クロサキは目を泳がせて……意を決して、頭をさげた。
クロサキ「今まですまなかった。カチョーロチロムが、悪人の俺の事、良く思ってないことはわかってた。でも、俺、これからは心入れ替えて、金魚八の仕事を頑張ることにしたんだ。いのちで遊んだり星をほろぼしたり、そういうことは二度としないって決めたんだ。」
カチョロ「そう。…クロサキ、やっと僕の話を聞いてくれるんだね……。」
クロサキ「世話になってたのに、強さも寛大さも、何もわかってなかった。カチョーロチロムの過去も境遇も、何も知らなかった。」
カチョロ「気にしなくていいよ。僕は魂をいたずらに傷つけてほしくないだけ。
金魚八の使者として宇宙を管理するにはね、強い魔法を練習するだけじゃなくて、いろんな生き物と同じ目線、同じ歩幅で考えて、感じて、向き合うことも大切。立場を超える信頼を育む……それが、イカパチ君のパートナーで、金魚八幹部のクロサキのツトメ。向上心と勇気の使い方を間違えてはいけない。」
クロサキ「ああ。」
カチョロ「いい子。」
カチョロはクロサキの頭を撫でた。手を離したあと、今度はイフのバーミリオンの瞳をみつめた。カチョロの花のように微笑んだが、不安と悲しみを隠しきれてはいなかった。カチョロの視線は冷ややかで、鉄の意思を感じさせた。ふたりの間には、釈然としない想いが漂っていた。
カチョロ「…イフ。
魔法の手鏡は捨ててしまったんだ。拾いに行くつもりもないんだ。
金魚八には戻らない。
…ごめんね。」
イフ「…そうですか。」
カチョロ「でもね、でも。イフを見捨てるつもりはない。イフのこと、嫌いになってしまいたいと願ったことはあるけれど、イフもこのセカイに望まれて生まれた、小さな灯火のひとつ。イフだけをセカイの仲間はずれにするなんて、悲しくて、……僕にはできない。したくない。
……イフに伝えたいことがあるんだ。
それは、イフは孤独じゃないということ。
イフを必要としている生き物は 星の数 くらい いるんだよ。
星は、見下ろしてばかりではみつけられない。空を見上げれば、みつけられるものなんだよ。
愛することが怖いなら、愛してくれる生き物をみつけてごらん。
…イフのこと、撫でてあげられなくてごめんね。ごめんね。僕はまだ、イフのことが怖いんだ。きっと、これからもずっとずっと、ずっと怖いまま。でも僕は、イフが見つけた星を、壊れないように大切にするからね。
…僕も、星を見つけたんだ。愛し、愛されている、特別な関係になれたんだ。
金魚八はつらかった。でも、ほめと君が勇気をくれた。これからは一歩踏み出して、新しい生き方をしてみたいと思っているよ。だから……水をささないで。」
カチョロは自分自身の「心の芯」の存在を実感していた。カチョロの心はもう、イフの支配から逃れており、自由に羽ばたく翼を手に入れていた。弱くなんかない。……だから、イフは何も言い返せなかった。
カチョロの、ありのままの思いを込めたまっすぐな言葉は、イフの胸を締めつけた。そしてイフは自分の心の中にある、とある感情を、はっきりと自覚した。
それは、決して逃れられない、付きまといつづける自分の影。
ー後悔 だったー
イフ(感情なんて必要ない。気に入らないことがあれば、消去してしまえばいい。セカイを支配し、守ることができるなら、何を犠牲にしてもいい。どんな手段を使ってもいい。そう思っていた。思うようにしていた。
……この身と心がほろびようとも、ガムシャラになって、行動し続けなければならない。それがコメットを侵害し、セカイが破滅するきっかけを作ってしまった、ワタクシのツトメ。自分に言い聞かせて、長い時を生きてきた。
しかし、結局は何を守ることもできなかった。
実際はワタクシも、イフやコメットたちと、人間たちと変わらない「感情」を持っているのに。自分だけは特別、強い生き物なんだ……そう信じて、振る舞うことで、本当の自分を自分から遠ざけようとしていた。
受け入れたくなかったんだ。決して逃れられない、付きまといつづける自分の影を。弱さを。
もう、誤魔化しきれない。もう、泣くのを我慢できない。もう、心が限界だ。
ワタクシは、イフとコメット、ママとパパの心と体を傷付けてしまったあの日から、失ってしまったあの日から……自分の弱さに気が付いていた。後悔と悲しみを感じていた。
でも、でも。
謝るのは怖かった。
うらまれるのも怖かった。
助けを求めることも怖かった。
しぬのも怖かった。
考えることも怖かった。
なにもできなかった。
ひとりじゃ、なにも、できなかった。)
ずっしりとした後悔と絶望を思い出し、体中に広がって、言葉がつっかえた。
イフ(どうしてワタクシはあんなことをしてしまったのだろう。どうしてカチョーロチロムに…ーそれでもアナタは人間を愛していると、対等であると、自信を持って言えますか?ーあんなことを言ってしまったのだろう。
ーカチョーロチロムは綺麗事ばかり話す従順な子犬。利用価値があって、自分よりも可哀想な存在ーあんな風に思ってしまっていたのだろう。
何度も何度も傷つけてしまった。
今更気がついた。ワタクシは自分勝手だったんだ。
孤独という檻に自分から入って、檻の外にいる者に噛み付いていた。噛み付いていないと不安だった、檻から出ようとするところを見られるのも怖かった。
今なら自分を、客観的に見ることができる気がする。自分の過ちと向き合える気がする。
そうだ…大昔。イフの命を奪ってしまったとき。イフは最期に「大丈夫、悲しまないで。君のことが好きだから、恨んだりしないし。大丈夫、家族とコメット君を…守って、あげてね。」と、血まみれになりながらも、話してくれたんだ。
……先に相手の左胸を貫いたのは、ワタクシではなくあの子だった。あの子はその瞬間、恐ろしく美しい、印象的な眼差しでワタクシを見つめていた。致命傷ではなかった、ワタクシは人間ではないから。だが、鋭い痛みに気が動転した。貴様にも痛みを感じさせてやる!と思い、同じことをした……まさか、この程度でしんでしまうなんて。
回復魔法も使えないのか。コメットを釘付けにする存在が、そんなにも弱いなんて。思いもしなかった。切っ先を向けてしまった。ひとごろしになってしまった。
あの日のあの瞬間に戻れたらいいのに。長い時を生きながら、数え切れないくらいそう願った。
ーーーー
ーーー
イフクーン「ワタクシを愛するのはやめなさい!セカイを司る魔法使いを振って、ワタクシを選ぼうとするなんて、信じられない。ワタクシの方が、コメットに嫉妬されてしまうかもしれない。わかっているのか!?コメットはセカイを司る偉大な魔法使いなんだ。」
イフ「いやだ、そんなことはできない!それ、本気で言ってる?コメット君だって、僕たちと同じ人間じゃん。僕が欲しいのは君なんだよ、嘘はつきたくない!。」
ーーーー
ーーー
イフクーン(嘘だろ、イフの左胸から血が溢れ続けている、止まらない……)「早く回復魔法を使え!なぜ使わない!?まさか、このまま死ぬつもりか!?悪い冗談はよせ……クソッ、すぐにコメットを呼んでくる。」
イフ「ぁ……グッ、、くっ、よ、呼ぶな。」
イフクーン「手を離せ!、コメットは特別な存在で、アナタを愛している。コメットは感情を荒らげたりしないし、今なら間に合う、救える。」
イフ「…い、いかないで。手、にぎってて。」
イフクーン「はぁ?黙って貴様がしぬのを見てろと!?……最悪だ。こんな日になってしまうなんて。」
イフ「げほ、ゴホッ……おねがい。」
イフクーン「……わかった。」
ぎゅ
イフ「ありがと。僕がしんだら、イフクーンがひとごろしって言われちゃうか。マジでごめんね。でも僕はね…君のことを…、いや、なんでもない。
大丈夫、悲しまないで。
君のことが好きだから、恨んだりしないし。大丈夫、家族とコメット君を…守って、あげてね。」)
ーーー(イフの秘密の回想)ーーーー
(僕はイフクーンのことが大好き。愛されたいけどあいつはコメット君のことが好きらしい。イフクーンはコメット君の、偉大さ、強さ、歴史に名を残すような特別さ……そういう一面に惹かれているらしい。平凡育ちの僕じゃ、いくらがんばっても、歴史に名前を残すのも無理だし、コメット君の様な特別な魔法を扱う存在にもなれないよなー。
コメット君だって、中身は人間だと思う。きっと、そう。あいつも1人の人間でしかないよ。優しくて、胡散臭いし?完璧じゃない。
僕は、不器用だけど毎日体を鍛えて、努力してるイフクーンのことを尊敬してる。僕にとってはセカイでいちばん特別な存在なんだけどなぁ。
イフクーンは、僕よりも長生きする方法を会得してるから、僕は先にしんでしまう。長い時が経って時代が移ろいだら、僕のことも忘れちゃうのかな。僕はコメット君とは違う、歴史に埋もれて消えちゃうような「普通」の存在だから。
僕のこと、ずっと忘れてほしくないなぁ。
長生きするの、……ほんと、ずるい。
ずるい。ずるい。
いつか、コメット君と結ばれるのかな。
ずるいよ。ずるい。
寂しい。
……。
なんだ。イフクーン、つよいじゃん。
……ごめんね、僕、最悪なことを思っちゃった、しちゃった。ころすつもりで攻撃しちゃった。
「ごめんね。でも僕はね…君のことを…、(ころすつもりで) いや、なんでもない。」
でも、これで良かったんじゃないかと思う自分もいるんだよ。
だって。どうせ。
僕の方が早くしぬし。
「僕がしんだら、イフクーンがひとごろしって言われちゃうか。」
トラウマになっちゃうか。でも、これで、僕のこと、ずっと忘れないでいてくれるかな?
僕のこんな思考…、賢いコメット君には隠せないか。隠せないなら、コメット君が愛した優しい僕は、イフクーンのせいで、ひとごろしに育っちゃったんだよって言っちゃいたいや。
僕が回復魔法使わなかったのも、コメット君に助け求めたくないって思ったのも、全部イフクーンのせいだって、言っちゃうよ。そしたらコメット君も僕のこと、忘れないでいてくれるかな。長い時が経って時代が移ろいでも、考え続けてくれるかな?コメット君が考え続けたら、僕の名前と存在も歴史に残るよね?。遠い未来に連れて行ってほしい。
「大丈夫、悲しまないで。君のことが好きだから、恨んだりしないし。大丈夫、家族とコメット君を…守って、あげてね。」
なぁ、イフクーン。どう思う?歴史に名前残せちゃうような僕なら「特別な存在」だって思ってくれる?、愛してくれる?、コメット君じゃなくて、僕を選んでくれないか?って、もう一度、未来の君に出会って言いたいや。
……もう、なにも、叶わないけどね。
ーーー(イフの秘密の回想 おわり)ーーーー
イフ(イフクーン)は自分の胸をぎゅっとおさえて考え続けた。
コメットはイフの墓をたてて、そこに種を植えて、座り込んでしまった。その種から芽が出て、大木になっても……コメットはその場所から動こうとしなかった。それでもコメットはワタクシに、「..イフはこの種に生まれ変わったんだ。芽が出て、大きな大きな木になるはずだよ。木とキミの心が大きく育ったら、語りかけてごらん。きっとイフの魂と、自分自身と、向き合えるはずだよ。」と話しかけてくれていた。
皆、悟っていた。それなのに、ワタクシはその強さと優しさをないがしろにし、全部、全部、壊してしまったんだ。
審判をくだせる者はもういない。
もう誰にも
罪の全容も理解してもらえない。
ああ。カチョーロチロムに、イフに、コメットに何を言えば良いのだろう。想像することもできないくらいの大きな悲しみと痛みを、言葉で表現することなんてできない。)
…ごめんなさい。イフは唇を震わせて、誰にも聞こえない掠れた声で呟いた。溢れる涙を止めることも、隠すこともできず、むせび泣いた。
イフが泣いているのに気が付いたクロサキが「イフが泣きだした!?大丈夫か?」と駆けつけて、背中をポンポン叩いた。金魚八のメンバーもイフを心配し、声をかけた。
クロサキは「とりあえず涙、ふけよ」と、ハンカチを差し出した。ハンカチには可愛らしいカエルが刺繍されている。
イフはハンカチを受け取るか迷った。これまでのイフならば、そのハンカチを破いたり捨てたりして、見下して傷付けていただろう。クロサキの優しさを受け取るか?素直になれないイフは手を泳がせて迷った…チラッとクロサキの顔を見ると、特に何も気にしていない様子だった。
イフ(カチョロが話していた「星」とは何なのか。どのような存在なのか。見上げれば、ワタクシにも見つけられるものなのだろうか。)
クロサキはハンカチを自分のポケットにしまおうとしたが…イフは手を伸ばし、そのハンカチを受け取った。
クロサキ「偉そうで怒りっぽいイフの方が、イフらしいと思うぜ。だから泣くなよ?俺たちは、特別な魔法使いなんだ。秘密結社 金魚八の一員なんだ。だから、自信を忘れるなよな。
ここにいるメンバーは、深海の宇宙と「協力」して、更に強くなって、セカイに権威を示したいと思ってる。イフも一緒にやるよな?自分のコピーと、反抗期の部下なんかに負けたくねぇだろ?」
その時、イフにも見えた。みつけられた。クロサキや金魚八のメンバーは、イフの星だったのだ。
こんなにも酷い状況なのに、クロサキや金魚八のメンバーは文句を言いつつも、イフを追い出したり、席を奪おうとはしない。イフが厳しく、自分勝手で残酷なのはいつものことだ。メンバー達はイフの存在を、金魚八の「家」のように思っていた。
イフにとっての金魚八は帰るべき居場所であり、失いたくない存在、星、だったのだ。
イフ「…クロサキと同意見です。金魚八のリーダーとして全力を尽くしましょう。深海の宇宙の魔法使いたち、そしてからすと協力し、セカイを守らなければなりません。」
イフはハンカチで涙をふいて、クロサキに返した。
イフ「あ、…」
クロサキ「ん?」
イフ「…あ、ありがとう。」
クロサキ「ま、マジかよ。皆、今の聞いたか?イフのありがとうとか、超レアだよな!録音してるから、後でもう一回聞こうぜ!希望者にはデータ配布する!!!」
イフ「やめなさい!!!!!…ん?」
誰かがイフの背中を、ポンと叩いた。振り返ると、からすがいた。
からす「イフ。少し話したいのだが、良いだろうか?」
イフ「……いいでしょう。場所を変えますか?」
からす「いや、ここで問題ない。」
イフ「話を聞きましょう。」
からす「金魚八がわたしたちに協力してくれるのは嬉しいと思う。デスゲームも、宇宙を消そうとすることも、わたしたちの仲間を連れ去ろうとすることも、二度とやってほしくない。お母さんも、あなたが心を入れ替えて、わたしと協力して、コメットの問題と向き合っていく……そんな未来を夢みていたのかもしれないと思った。
…だが、う〜ん、わたしはやはり、あなたのことが怖い。こんな怖いお兄ちゃんいらない、というのが正直な気持ちなんだ。だが、あなたが反省していることはわかる。だから、わたしのお願いを聞いてくれないか?」
イフ「お願い?話しなさい。どんな内容であっても、断るつもりはありませんが。……ワタクシも迷っています。ここにいていいのかわからないから。ここにいてはいけないと思う気持ちが強いから。だが…最も強いのは、クロサキや金魚八と共にありたいという気持ち。
ワタクシにとっての協力とは、これからはアナタ方を傷付けたり、邪魔をしたりしないという誓いなのかもしれません。」
からす「……暗黒の力を手放してほしいんだ。」
イフは「それだけですか。」と言い、暗黒の力を手のひらの上にあつめた。そして、黒く渦巻くオーラを消去してみせた。イフは暗黒の力を手放したのだ。
からす「……よかった、ありがとう。宇宙は広い。セカイは多分もっと広い。怖いことばかりだが、わたしたちは前に進むしかないんだ。でもすぐに間違えてしまう…だからこそ、仲間たちの手を借りながら、悩んだり迷ったりするのだと思う。
イフはセカイに真実を打ち明けて、きちんと謝るべきだ。消してしまった宇宙や星、離れ離れになった家族や恋人たち、皆の心と未来を取り戻してあげるべきだ。わたしも力を貸すから。」
イフ「わかりました、そうしましょう。そして、アナタの力を借りましょう。アナタの言葉には、真心が宿っていますね。どの生き物よりも説得力があるような……からすはアルコンスィエルにそっくり。ママもパパも優しかった。」
からす「わたしは幼かったから、お母さんたちと過ごした時の記憶はおぼろげなのだが、それでも、とても優しかったことだけははっきりと覚えている。お母さんはなんと言っていたんだ?」
イフ「最後に話したとき……バーミリオンとサファイアブルーの瞳は美しくて強いだけではない、誠実で心優しい魅力も秘めているんだ。わたしは振り返らない、この瞳で未来を見つめ続けるよ。見つめ続けた先にはきっと、あなたの居場所があるはずだから。奇跡を願って、わたしたちも生きるから。いつか、この言葉の意味がわかる時がくるだろう、と、言っていた。」
からす「きっとお母さんは、イフにも誠実で心優しい魅力があるから、そのことに気が付いてほしい、前向きに頑張ってほしいと思ったから、その言葉を伝えたんだと思うぞ。
コメットが目覚めたらセカイがほろぼされてしまうかもしれないということについては、何も思いつかないが……他人事ではないし、わたしも協力する。
心が暗くなって、前が見えなくなってしまう前に、クロサキ君たちと話し合って、新しい生き方を見つけるんだ。」
イフ「……ありがとう。心から、感謝します。そして……ごめんなさい。アルコンスィエルのこと、ずっと後悔しているんです。もう一度、ママとパパに会いたいと思っても会えない。その寂しさを忘れた日はありません。罪を正当化して、現実から目をそらすことに必死だった。受け入れて向き合いたいと思えたのは、からす、アナタのおかげです。」
からすは安心し、イフの手を取った。
からす「大丈夫だ。」
手のひらを重ね合わせて、ぎゅっと握ったまま、深海のタクトを振った。サファイアブルーの光の粒が舞い広がり、イフの体を包み込んだ。
からす「お母さんもお父さんも、ここにいる。いつも力を貸してくれる。」
光が反射し、イフのバーミリオンの瞳はキラキラと輝いた。光の粒はイフの体に吸収されて消えた。
イフ「な、何をしたんだ……?」
からす「これでイフも深海の力を使えるようになった。お母さんがくれた優しくて温かい力だ。包まれると、なんだか安心するんだ。」
イフ「はぁ!?えっ、怖。いらないのですがッ……。」
からす「怖いのはわかっている。怖くて、理解すればするほどしんどくなる、重い重い力なんだ。だが、今のイフなら扱えると思う。
イフだけではなくて、この後、さくら君達にあげるつもりなんだ。イカパチ君たちにも、全員に。
……わたしは指揮者じゃない。音楽のことはよくわからないから、皆と協力したいんだ。」
からすはイフの背中をポンッと叩き、さくら達がいるところへと走り出そうとした。
イフは「あ……ま、待て!」と、からすを呼び止めた。
からす「なんだ?」
イフ「…わ、ワタクシの本当の名前はイフクーンといいます。今後はイフクーンと呼びなさい。いいですね?」
イフは自分の顎あたりを掴み、そして、顔を外した。「イフ」という魔法の仮面が取り外され、「イフクーン」という素顔が現れた。
黒い長髪が広がり、風に靡く。バーミリオンの瞳が、より一層鮮やかにみえた。 イフの素顔はからすとよく似ていた。ふたりの様子が気になって、集まって来た仲間たちも、イフのトゲトゲしさのないきれいな素顔を見て驚いていた。
さくら「ウワッ、からすとそっくり!?」
からす「やっぱり兄弟だったのかぁ……!?」
さくらはからすの服の裾をつまんで引っ張って、皆から少し離れたところに移動した。さくらは小声で、からすに話しはじめた。
さくら「からす、イフ…じゃなくてイフクーンと話したんだな。……ありがとう。安心した。これで、イフクーンとクロサキ達がことおたちを消し炭にしたり、宇宙をほろぼしたりすることはなくなったってことだもんな!」
からすはなにか欲しそうな表情で、さくらの顔をチラリと見た。さくらは翼を広げてピョンッと飛び跳ねて、からすの唇にキスをした。
さくら「あと少し、頑張ろうぜ。からす。大丈夫、ぜったい、日常は戻ってくるから。」
からす「ありがとう、よし、皆のところに戻ろうか。」
……イフクーンも皆から少し離れたところにいた。目を閉じて、かつての仲間を想っていた。
イフクーン(イフ。イフという名前も顔もアナタに返します。ワタクシは心を改めて、アナタのためにできることを探します。アナタが愛せるようなセカイを取り戻し、いつかこの気持ちをアナタに直接伝えるために、ワタクシは死を選んではいけない。
宇宙も、離れ離れになった魂も、全て取り戻す。それがワタクシのツトメ。そのために、強く生きなければならない。)
クロサキ「なぁ、イフ?本名イフクーンだっけ?。結構時間経ってるのに、さやらん、全然攻めて来ねぇなぁ。もしかして、ビビってるのか?」
イフクーン「恐らく隙を伺っているのでしょうね。今もどこかからワタクシたちを見ていて、狙いをさだめているにちがいない。……しかし、ビビっている、警戒している可能性も無いとはいいきれない。ワタクシもアナタもさやらんからするとザコ&ザコですが、カチョーロチロムはそうでもありませんからね。」
クロサキ「なるほどな。カチョーロチロムは謎が多い魔法使いだからな。自分の実力を明かしていないし、扱う魔法も未知だ。でも、強いことは間違いない。敵に回したくない生き物ナンバーワンだと思う。それはさやらんにとっても同じだってことか。」
……カチョロも、少し離れたところにいた。イフクーンとクロサキの様子を眺めていた。
カチョロ(良かった。)
はじめは、自分の過去や悲しみは押しころして、イフクーンや金魚八を許してしまおうと思っていた。波風を立てたくなかった。「全部許すよ。裏切るつもりはないし、怒ってもいないからね。これからもよろしくね。」と言う方が、きっと簡単だった。
でも、そうしなかった。
自分の心を大事にしようと思ったから。
消えてしまった宇宙。忘れてしまった仲間。引き離された愛情。傷付いた言葉。
宇宙を複製しても…同じ時間、同じ空間、同じ心とは、二度と巡り会えない。悲しみは、無かったことにはできない。
カチョロ(……イフのことは許せない。
僕の代わりに、違う誰かが君を許して、君を愛して、君が幸せになれるならそれでいいんだ。
僕にはできない。僕はしない。
それでいいんだ。
…これで良かったんだ。)
カチョロは少し前の、ほめと達との出来事を思い出していた。
カチョロ(勇気をくれてありがとう、ほめと君。)
…少し前の メイド喫茶での出来事…