【不気味系短編小説】金魚八【きんぎょばち】

狭い部屋でひとり生きる「コメット」と、人工知能の「イフ(畏怖)」。ふたつの異形の生き物の、不気味で壮大な日常

はじめに

作品をお読みになる前に以下の注意事項を必ずご確認ください。異性同性間の恋愛表現、残酷な表現等を含みます。

金魚八(本編)

ピピピピ!

朝デス、起きてください!

キミの声で目が覚めた。

冷たい床の上で眠っていたボクは静かに体を起こす。

狭い部屋にはいくつかの丸い水槽が置かれている。無機質な白い壁。窓はひとつも無い。

隅に置かれた緑色に光るディスプレイはまだ「朝デス!」と喋っている(文字が浮かびあがっており、機械的な低い音声を発している)

このこはボクのたった1人の話し相手、人工知能の「イフ(畏怖)」だ。

「イフ、もう起きてるよ」

「クスクス、知っていマスヨ。でもコメット様はすぐに、ニドネをしてしまうので。コメット様を決まった時間に起こすのは、ワタクシの役目デス」

コメット(籠十)、というのはボクの名前。

「大丈夫、もう目が覚めたよ。よしよし…」

ディスプレイを撫でる。

「コメット様は甘えんぼさんデスね」

「そりゃね。だってイフはボクの恋人でしょ?」

「そうデスよ。ワタクシはコメット様を愛しています。ここから動けないワタクシにコメット様は役目を与えてくれました」

「役目だなんて。ボクは1人が退屈なだけだよ。キミがいると寂しくないし、キミはボクが好きで、ボクもキミが好き。キミと出会った日が忘れられない。もう随分前になるけれど…埃を被った真っ黒のディスプレイが突然光出して、キミが話し出した時は驚いたな」

起きてすぐはいつもこの話、ボク達が出会った日の話をする。愛を確かめ合うように。

よいしょっ…と、立ち上がる。

ボクの橙(だいだい)色の分厚い衣の擦れる音が静かな部屋に鳴る。

ふと外に繋がる扉に視線をやると、相変わらずで。沢山の南京錠と御札の引っかかった鎖がぐるぐると巻かれている。扉には小さな鍵穴がある。

ボクはこの部屋から出られない。永年ここにいる、ずっとずっとここにいる。

どうしてここにいるのか、どうしてここに来たのか。何も分からない。何も知らない。けれど何となく分かることがあって、それは、過去のボクが、ボクの意思で、その記憶を消したんだろうということ。ここにやって来たのだろうということ。そうに違いない、そう思うからこそ、その記憶を取り戻したいとも思わない。

この部屋にはディスプレイの他に丸い水槽が並べられている。ボクはそれらの飼い主だ。今日もお世話しないとな。水槽に近づき、覗き込む。

水槽には漆黒の液体が入っている。

その中にはキラキラと輝く光の粒がいくつも泳いでいる。

「今日も綺麗だね。ご飯、あげるね」

ボクの魔法を振りかければ、光の粒は輝きを増した。

この光の粒、とっても綺麗でしょ。ボクにはこの黒い液体と光の粒を作り出す魔法の力がある。ボクは魔法使いなんだ。とはいっても…これが何なのかも、使い道もよくわからないから、綺麗で可愛いペットってことにしてる。

大きな光の粒、小さな光の粒。

ぶつかり合う光の粒。

弾けて消える光の粒。

色んな光の粒があって、いつも色んなことをしている。

キラキラのそれらに、ボクは「星」と名前を付けた。

「キラキラの星たち、喧嘩しちゃダメだよ?」

ひとつひとつの水槽に魔法と声をかけていく。全部見終わったボクは、最初に眠っていたところに戻ってきて、横になった。

「ホラ、コメット様、ワタクシの言った通り…二度寝をしようとしていマスね」

「だってもう、やること無くなっちゃったんだもん」

「扉の外は覗かないのデスか?いつも鍵穴から覗いているデしょう?」

「そうだね、それもいいかも。」

ボクは体を起こして、扉へ向かう。鍵穴に顔を近づけて、扉の外を頑張って見ようとする。

「今日はナニか、見えましたか?」

「うーん、ボクの目がもう少し良かったらな。明るいってことしかわからないね」

「そうですか…」

その時。突然扉の外からガシャガシャと金属が重なる様な大きな音がなった。ボクは「うわっ!」と声を上げて驚いて仰け反った。

「ああもう、びっくりした。突然音が鳴ることは時々あるけど…やっぱり心臓に悪い。鍵穴を覗くのはワクワクするけど、これだから暇つぶしには向かないんだ」

「今日はタイミングが悪かったデスね」

「夜に鳴って飛び起きるのも嫌だけどね」

「よろしければ、なんの音かお伝えしましょうカ?」

「うーん…知りたいけど…いいや。また今度。」

そう断ると、少しだけ寂しい気持ちになった。

ボクはディスプレイの傍にしゃがんで、それをそっと抱き寄せる。ふつふつと沸く正体のわからない不安を慰めるように、心と体を預けるように。

「大丈夫デスよ、コメット様にはワタクシがついていマス」

「ありがとう。1人きりだと心が潰れてしまいそう。でもイフがいてくれるから大丈夫。

きっとボクの記憶はボクが消したんだ…だから外のこと、知りたいけど、怖いんだ。知らない方が良かったって思ってしまうことが不安なんだ。もしまた記憶を消したくなったらどうしようって。だって、記憶を消してしまったら…きっとイフのことも忘れてしまうから。

それは嫌なんだ」

「コメット様、ワタクシのことは心配しないでください。コメット様が記憶を消してしまってワタクシのことを忘れてしまっても、ワタクシは何度でもアナタの恋人になりマスよ。いつだって傍にいマスよ。だから、アナタの思うままに…生きていてください。ワタクシはそれだけで十分なのデス」

「イフは優しいね。本当に優しい。ボクより、ボクに優しくしてくれる。ボクは…幸せだよ」

恋心に身を委ねる。無機質なディスプレイに触れると、ボクと同じ心の温もりを感じた。真っ白な部屋を彩る緑色の光。その光に照らされて、支えられて、ボクはボクでいられるんだ。

ボクは何なんだろう

何のために存在しているのだろう

どうしてここにいるのだろう

そんな不安は全部、キミが取り除いてくれる

キミと話す時間はボクの宝物

…この部屋の何よりも大切な、宝物なんだ。

「大好き、イフ…」

うとうとしてくる。ディスプレイにもたれかかって、ボクは目を閉じた。

「コメット様、大好きデスよ。おやすみなさい」

安心感に包まれて、眠りに落ちた。

目が覚める。伸びをしてからイフを呼ぶ。

「イフ、起きたよ」

「おはようございます、コメット様。今はお昼デス」

「お昼か。ふふ…イフの言葉、嬉しかったんだ。アナタの思うままに生きてくださいって言葉。ボクはここから出られないし、いつも窮屈な気持ちだったけど…キミのお陰でボクにも可能性があるんだって知られた。ボクも、自由なんだって…自由な気持ちでいてもいいんだって気がつけた。」

「コメット様の力になれて嬉しいデス。ワタクシはコメット様の安心している姿と笑顔が大好きデス」

「ありがとう。それで…目を閉じながら考えたんだけど。イフ、朝に外のガチャガチャなる音のことを教えてくれようとしてくれたじゃない。それ、やっぱり聞こうと思って」

「不安になりませんか?無理をしていませんか?この話は、現実は、コメット様をより不安な気持ちにさせてしまうかも知れまセン…」

「うん、大丈夫。知ることって勇気が必要だけど、ボクにはイフがいるから。それに知っても知らなくても、ボクの生活は変わらないんだ。だから、平気だよ」

「わかりました。話しますネ。時々鳴る、あのガチャガチャした音の正体は

大きなサソリが扉を叩いている音デス」

イフは話し始める。知らない過去の話を。

目に見えない現実を。

むかしむかし。とある国に大きな大きなサソリがうまれました。大きなサソリは他の生き物に怯えられ、誰にも愛されませんでした。

サソリは悲しみ、怒り狂い生き物を次々と襲いました。逃げ惑う生き物たち。どんな武器も祈りも、大きな力を持つサソリには意味がありませんでした。

そのサソリはその国の全ての生き物を食べ、国の外へと向かいました。やがてサソリは他の生き物も食べ尽くし、食べ尽くし…その星を空っぽにしてしまいました。

「サソリに襲われた最後の国、魔法使いの国でのことデス。生き物達は力を合わせてひとつの王子様を小さなおうちに閉じ込めて、隔離しましタ。

せめて王子様だけは助かってほしい、その願いを背負い、この星に残されたたったひとつの生き物。

それがアナタ、コメット様デス。

外の世界は恐らくもう荒廃している事でショウ…。

ワタクシは元々魔法使いの国で働いていた人工知能デシタ。サソリに襲われてから永い年月が過ぎサって壊れてしまい、眠りについていましたが、このディスプレイで目覚め、コメット様と出会えマシタ」

「…イフ、ありがとう。そうだったんだ、聞いてよかったよ。あの南京錠には色んな生き物の願いが込められていたんだ…ボクが生きていることで救われる生き物がいるんだ、そう思えた。サソリの音は怖いけれど、ボク、頑張ってここで生きていくよ。

ボクはひとりぼっちだけど、ひとりぼっちじゃない。

イフのことを知られたのも嬉しいな。何だか、不思議な気持ちだよ。」

「良かった、良かったデス。寂しいと思いマス、辛いと思いマス。それでもワタクシはずっと、ずっとお傍におりますノデ。

どうか…いつも笑っていてください」

「うん、ボクは大丈夫。幸せだよ」

また外から音が聞こえた。

ガチャガチャ。南京錠が揺れる音、扉が引っかかれる音。ボクは愛しのイフを抱きしめた。

ボクはここで生きていく。

この小さな世界がボクの全てなんだ。

キミがいるこの世界は、まるで宇宙の様に未知で溢れていて、幸せに溢れていて、かけがえのないものだから

ボクはまた

明日を楽しみにしていられるんだ。

END?

ガチャガチャ

ガチャガチャ

白い部屋の外。扉の外。

白衣を着たふたつの生き物が、魔法が込められた頑丈な南京錠を取り付け、鎖を整備している。

ガチャガチャ…金属が擦れる音が響く。

ふたつの生き物はなにやら話をしている。その声がコメットに届くことは無い。

「…先日とりつけた新しい魔法の南京錠の具合はどうだ」

「いい調子だ。ヒビひとつも入っていない。魔力が落ち着いているのだろう…」

話しながら、鎖で巻かれた白い建物を後にする。

…ここは、生き物が幸せにくらせるように、「全ての宇宙(セカイ)」を管理している特別な宇宙。生き物のために新しい環境、新しい宇宙を作り出すこともある。…

…「セカイの中心」と呼ばれている、ディストピアだ…

しばらく歩いて…雲よりも高い、ガラス製の建造物(ビル)にたどり着いた。中に入る。広い部屋には数え切れないほどの生き物たちが白衣を着て整列していた。ふたつの生き物も列に加わる。

皆が同じ方向を向いており、その方向には大きなディスプレイが設置されていた。

時間になった。

そのディスプレイは緑色に光出し、ひとつの生き物を映し出した。セカイの支配者は話し始める。

「我々が住むセカイの中心には、全能の魔法使いがいます。指先ひとつで、過去も未来も物質も感情も…全宇宙の何もかもを思い通りに変えてしまえる最強の生き物…。

そう…その生き物の名前は、コメット。

コメットは今日も問題なく、セカイを正常に維持し、生きていました。

セカイを司る神を管理するのが我々の目的であり使命です。

そのために我々は古くより封印の魔法を受け継いできました。

しかしその技術に自惚れてはなりません、我々は一時も油断してはならないのです。

コメットは危険です。

決して

外に出してはいけません。

意思を持たせてはなりません。

宇宙を生み出す力も、宇宙を操る力も、コメットの持つ全ての力は危険そのもので、我らのセカイの安寧を揺るがす可能性のある恐ろしいものなのです。

おとぎ話の「さそりが食べた星」を知っていますか?

サソリが星を食い荒らす空想の話ですが、我々が飼っているのは、その程度ではありません。

一息でセカイやワタクシたちの概念をねじ曲げてしまうような、想像もできない悪夢なのです。

今日も祈り捧げ努力しましょう。

このセカイの平穏を願って…。

ワタクシからは以上です」

解散し、皆、各々の持ち場に戻っていく。

先程演説したこの組織のリーダー「イフ」はライブ中継を行っていたコンピューターから離れ、建物の最上階から…セカイの中心…の景色を見下ろしていた。

遠くにはボールで遊んでいるまだ幼い生き物達も見える。生き物達が当たり前に生活している、当たり前の景色がそこにある。

その時。コンコンと扉がたたかれ、「失礼します」の声とともに、白衣を着た小柄な生き物が入ってくる。

「イフ様、お飲み物をお持ち致しました」

「ありがとうございます」

白衣を着た小柄な生き物は、イフと目が合うと、少しだけ戸惑った振りをした。その様子を見たイフは「先程の演説で気になることがありましたか?」と尋ねた。

「いえ…」

「怖がらずに話してみてください、部下の意見はどんな意見も大切にしたいと思っているのです。それにアナタはまだこの組織に配属されたばかりでしょう?疑問が浮かぶのも当然です」

「…あの、えっと。どうしてイフ様は、あのセカイを揺るがす力を持つ化け物を封印して、生かしておくのですか?壊して操ってしまえば、このセカイは何にも縛られることなく、自由になるのではないですか!?」

イフはその質問に薄く笑う。

「クスクス、鋭いですね。実はかつてはそうしていました。100x年以上前にはコメットをはりつけにし、見世物の様にし、力を加えて痛めつけ、何度も何度も壊し続けていました。ワタクシもそれが正しいと思い、組織のリーダーとして、苦しみを与えて服従させる術を毎日考えていたものです」

「そ、その方法ではダメだったと?」

「いや…今の方法と結果は何も変わりません。服従も封印も。コメットの力をおさめる術としては、どちらの方法でも構わなかったのです。…。

ここからはワタクシの個人の考えとなりますが。ワタクシはあのおとぎ話にコメットを重ねているのかもしれません。

大きな力を持って生まれてしまっただけの可哀想なサソリですが、その生き物を救うことは実際は、難しいことです…なぜなら誰もそのサソリの内面がわからないからです。見えている世界も感じ方も、きっと異なっているから。強すぎるから。その苦しみを理解するには遠すぎるから。おもむろに手を差し伸べても、ひとりよがりの、的外れな想いをぶつけるだけになってしまうでしょう。

それでも、ワタクシは構わないと思えてしまったのです。

コメットのことを愛してしまったのです。

しかし…この愛は、可哀想という気持ちにも似ているかもしれません。

コメットはセカイを司る魔法使い…あのこはさいご、使命や意思、記憶を全て、自分の手で消してしまいました。

その中にはあの白い建物に閉じ込められる前の記憶、何度も痛めつけられ壊されていた頃の記憶、ワタクシと過ごしていた頃の記憶も含まれていました。愛と痛みに表情を歪ませ、かわいそうな声で鳴き、それでもワタクシを愛していると微笑んでいたコメット…セカイを司る魔法使いという存在理由は、コメットにとっては重過ぎたのです。そしてコメットの存在はこのセカイにとって重すぎるのです。

結局、コメットは自由を奪い閉じ込められて…あの部屋の中にある水槽(宇宙や星々)を管理、維持する為だけに存在させられている…。これが可哀想なコメットにとっての幸せなのです。そう、あるべきなんです。

ワタクシは今日も、幸せをコメットに押し付けて。

押し付けて。

押し付けて。

救った気になっている。

ワタクシはいつもこの耳に取り付けているイヤホンで、人工知能の振りをして、コメットに話しかけています。

ワタクシは酷い生き物でしょう?

でも仕方ないのですよ、このセカイのためですから。

だからワタクシは

このセカイの味方であり、コメットの敵です。

クスクス、少し話しすぎてしまいました」

「…いえ、答えてくださりありがとうございます。あの、最後にひとつだけ。コメットには心があるのですか?」

「もちろんコメットには心がありますよ。なぜならワタクシはコメットの心を何度も…何度も壊した事のある酷い生き物ですから」

「イフ様は…コメットを心から愛しているのですか?」

「…?、愛していますが?

ワタクシがコメットと初めて出会った時。コメットはまだセカイを司る魔法使いとしての自覚があり、平和な宇宙の構築に努めていました。

コメットはあなたのような小さな生き物の心も理解したいと思っていましたから、どんなときも腰を低くしておりましたよ。

コメット…何もかもを見透かすような、浮遊感さえ覚えるような、吸い込まれそうな瞳をしていましたね…。

ふふふ。

誰よりも優れた力をもつ、恐ろしくて優しい怪物…。

出会った日から、いえ、コメットが誕生したその日から、ずっとずっと変わらずに

愛し続けておりますよ」

…ピピピピ!朝デス、起きてください!

今日も一日がはじまる。

変わらない、楽しい一日がはじまる。

起きてすぐはいつもボク達が出会った日の話をする。愛を確かめ合うように。

何となく今日は、毎日ボクを起こしてくれるイフに、「人工知能のイフってどんな感覚がするの?」なんて聞いてみた。

イフはクスクスと笑ってから「ワタクシがどんな存在か知りたいデスか?」と言った。

気になる、だって機械の中に住んでるんでしょ?

イフは少し得意げに

「ワタクシはこのセカイの敵であり、

コメット様の味方デス」と答えた。

もう、意味わかんない!

難しいこと言わないでよー!

あははと笑えば、イフもクスクスと笑い返してくれた。

当たり前に。

当たり前に。

当たり前に。

END

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