【小説】星のはなびら・ノベルゲーム番外編「同情と沈み鳴く」【かささぎ】

はじめに

こちらは、ノベルゲームに出てくるキャラ「かささぎ」が主人公の短編小説(全3話)です。かささぎの完結編となります

・ゲーム 【かささぎが鳴く、君を仰ぐ】

・↑の続編・ゲーム【サユと風のともだち】

・小説 【星の花びら1章~4章】

上記の作品を知っていないと、お話が全然わからない内容となっております

荒花ぬぬマニアの方向けの番外編となりますが、ついてこられる方はぜひついてきてください! よろしくお願いします

(残酷な表現等を含みます。作品をお読みになる前に以下の注意事項を必ずご確認ください)

星のはなびら・ノベルゲーム

星のはなびら

小説「星のはなびら」全九章+番外編。「恋心が暴走する!生死を超え、世界を手に入れ宇宙を跨ぐ…ヤンデレ男子のボーイズラブな物語!」

星のはなびらはこちらから読めます、一章からよんでね

https://hoshinohanabiranunu.com/?cat=5

ノベルゲーム【かささぎが鳴く、君を仰ぐ・サユと風のともだち】

灰色の部屋の中。真っ黒の椅子に座って話す二人の男。サユとかささぎ。かささぎはサユにもう一か月は監禁されているらしい。少しづつ明かされていく二人の関係。やり場のない望み。…歪な影が近づいてくる。

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星のはなびら番外編「同情と沈み鳴く」

あらすじ

悪霊からサユを守り切れなかったことを後悔するかささぎ。心を絞め続ける、諦めきれない恋心。励ましてくれた友人にも裏切られ、絶望したかささぎは、ある男に刃を向けた…。

約19000文字、30分くらいで読み終わります♪

本編

1話

あれからわたし(かささぎ)は、サユとその悪霊の気配を探している。気配は1度も掴めていない。サユが生きているのか、死んでしまったのかどうかもわからない。

わかりようがない。

幼い頃。

わたしは、兄のサユと近所の駄菓子屋に向かっていた。サユはわたしの手を強く握っている。そしてもう片方の手で、2人分の財布を大切そうに胸元で持っている。

(昨日のことを気にしているのだろうか)

わたしはサユの横顔を見て、そう思った。

昨日。2人でひまわり畑で遊んだ帰り道。楽しい気持ちに任せてひとり、下り坂を駆けだしたわたしは転んでしまい、膝を擦りむいてしまった。転んだ拍子に持っていた2人分の財布の中身がばら撒かれ、そのほとんどが視界から消えた。

痛みに涙が出たが、サユのお金まで落としてしまった申し訳ない感情が溢れていた。サユは慌てて坂を駆け下り、わたしの体を起こした。そして、財布のことを言おうとしたわたしの言葉をさえぎるように、「これからは手、離さないようにするから」と言って、わたしの手を握った。長い前髪の向こう、潤んだ瞳と目が合った。わたしがようやく、ほとんど空になった財布を見せた時、サユは「こんなことで泣かなくていいのに」と微笑んだ。

辺りに落ちている小銭を適当に集めたあと、「僕が話せば、お小遣いなんていくらでももらえるから平気だよ」と、本気なのか冗談なのかわからない声色で言っていた。「あ、そうだ、かささぎ。このまま帰ったら心配されて、消毒とかされると思うよ。痛いの苦手でしょ?…そうだ、公園に寄ろうか。そこで洗って、腫れがひいてからから帰ろう。そしたら、バレないと思うよ。可愛い絆創膏は貼ってもらえないけどね」

サユはいつもわたしを守ってくれる。帰りが遅くなったことも、サユは自分のせいだと言って誤魔化してくれていた。

駄菓子屋に入り、元気な声で店主にあいさつをする。お菓子を選ぶために繋いでいた手を解こうとしたが、サユは手を離してくれなかった。仕方なく、手を繋いだまま移動し、視線を動かした。

ふと、視界の端にわたしと同い歳くらいの男の子が見えた。その男の子は小さなゼリーを両手で持っていた。大切そうに持っているそれが、特別なお菓子にみえて、何となく羨ましく思ったわたしは、隣にいるサユにこっそりと話した。

「あの子が持ってるゼリーおいしそうだ、わたしも欲しい」と。サユは驚いた顔をしてから、どのゼリー?と口元だけで笑った。

ぎゅっと握っていた、サユの手の力が…

抜けた気がした。

大人になった今だからわかる。あの男の子はわたしにしか見えていなかったのだろう。そしてサユも、サユにしか見えない「何か」を、羨ましく思っていたのだろうか。

仕事帰りのタクシーの中、ふと思い出した幼い頃の記憶に胸が苦しくなり、気をそらす様に窓の外を眺めた。水滴だらけの窓ごしに、信号とビルの明かりが見えた。小さく雷がなっている。わたしは冷えた指先をまるめた。

この力、霊を見て交流できる力を仕事にしようと決意したのは中学生になったばかりの頃だった。あの頃のわたしは、その力が神から与えられた特別なもので、わたしは神に選ばれたのだと考えていた。今思えば、ただの不幸な偶然だった。

高校生の頃、霊媒師として活動し始めた。誰にも頼らず一人暮らしができ、お金が余る程度には稼いでいた。本物、として注目され、バラエティ番組に出演したりもしていた。

同じ学校に通っていたサユも、その頃に自立した。サユは手品が趣味で、貯めたお金で本を買っては、休日に練習していた。そして、いつの間にか自分で仕掛けを考えるようになり、動画サイトでそれを披露し始めた。撮影はわたしも手伝っていた。

サユが言うには、公開し始めた頃の手品の技術は覚束無いものだったらしい。人気に火をつけたきっかけは、自信ありげな態度、トーク、そして風貌だったと自覚していたそうだ。だからこそ、その頃のサユは、チャンスを逃すものかと、寝る間も惜しんで手品の練習を重ねていた。湿布だらけの手のひらを、わたしだけに見せてくれていた。

プロの手品師として活動を初め、イベントや雑誌、テレビ等で引っ張りだこになっていくサユが誇らしかった。生まれつきの才能に頼るわたしには、真似出来ないことであると感じていた。努力を1番近くで見ていたからこそ、その姿は誰よりも輝いて見えた。わたしのサユへの憧れが、恋心でもあると意識しだしたのはその頃だったか。

あの頃、サユは自分の容姿によく悩んでいた。長い前髪の隙間から覗く瞳や鼻筋について、マイナスなコメントが寄せられることがあったらしい。お洒落に見えるのは、衣装だけではないか。実際は整った顔立ちをしていないのではないか。学校でも男女問わず人気のサユが容姿を気にしているだなんて、わたしには不思議だった。だからこそ、前髪を伸ばしている理由が、コンプレックスである鋭い目を隠すためであると教えてもらった時は驚いた。

幼い頃から変わらない髪型に、理由があったなんて。わたしはサユの後ろ向きな言葉を遮るように「サユはこの星の誰よりも可愛いだろう!」と大きな声を出した。声に出してから、しまったと思い、なんでもないと誤魔化した。この時のサユは、サユらしくない、まるで空気が抜けたような表情をしていた。そして、しばらくお腹を抱えて笑っていた。その時わたしはどんな顔をしていたのだろう。恋焦がれる少女のような、そんな顔をしてしまっていたのだろうか。

サユはきっと、わたしが告白する前からわたしの気持ちに気が付いていたのだと思う。わたしが告白しなければ、サユから告白するつもりだったに違いない。わたしの行動や感情は、サユの手のひらの上にあった。サユはいつから、わたしを弟ではなく、手段として見ていたのだろうか。

それでもわたしは、自分の恋心は美しいものであると思っている。この感情は、いつだってわたしを素直にさせたんだ。わたしは自分の意思で、サユの都合のいい存在になったんだ。だから、後悔だけはしたくない…したくない。

しかし今では、愛する自信も愛される自信も無くしてしまった。恋心、これはどうやって、どこに捨てればいいのだろう、そんなことばかり考えて。

蝶々結びにした恋心。綺麗に結んで、大切にして。結局今も、解くことができないまま。馬鹿だな、わたしは。本当に。

高層マンションのエレベーターに乗り、玄関の扉を開ける。靴を脱いでリビングへと向かう。明かりは自動でつくようにしている。荷物を置いて、手を洗い、力なくソファに座る。時計は夜の12時を指している。疲れた体を沈ませ、白い天井を意味もなく眺めた。

サユを失ってから、この仕事の危険性に気が付いた。危険性を考えず、正義感に任せて無理をしていたことを反省した。

不幸な出来事を呼び寄せ、死に最も近い知識を脳に蓄えて。わたしは少しづつ、確実に弱っていた。

リモコンに手を伸ばし、テレビをつける。アナウンサーの重々しく丁寧な口調が耳に刺さる。サユが行方不明になった事実を伝える、進展のないニュース番組を眺める。毎晩、同じことの繰り返し。わたしはため息をついた。

わたしの証言は何の役にもたたなかった。証拠もないからか。あの悲しい出来事を、ありのまま信じてもらうことは難しかった。

それどころか、わたしがサユをどこかに隠したのではないかと疑われた程だ。…わたしはサユに閉じ込められて、酷い目にあっていたというのに。

悪霊に襲われて片目を失った。片腕も動かなくなった。痛みは無いが、ぽっかり穴が空いてしまったような気持ちだ。

わたしの信用なんて、この程度。命がけでこなすこの仕事も、他人にとっては手段か、娯楽の1部だったりするのだろう。

しばらくすると、見慣れた深夜番組が始まる。30分くらいテレビを見つめた後、わたしは鞄からノートパソコンを取り出す。

電源をつけ、文書ファイルをひらく。死後の世界、死後の知識、死者の感情…この数日で、これまでの経験、調べた内容をできるだけ多く書き出し、深く考え、掘り下げてまとめている。サユと悪霊を探すための手がかりになることを期待して。わたしは記憶を遡る。この星の秘密に手を伸ばす。

ところで、この星の霊は2種類いる。わたしにしかみえない霊と、誰にもみることができるが、それが霊であると気付かれていない霊だ。

前者は、死後の世界に住む霊が現世に強い思いを寄せ、その思いが実体化しているものが多い。わたしはその霊(心)と対話し、意思を汲み取り、依頼主に伝える。会話の内容や依頼内容によっては、会話を遮り、実体化しないように除霊することもある。

後者は、死後の世界から堕ちてきた霊。その人が霊であることに気が付けるのは、わたしの能力があってこそだ。足音や気配、その人をとりまく悪い空気。亡くなったはずの人を見た!なんて依頼はほとんどがこのパターンだ。

わたしの経験上、彼らは半年以内には消えてしまう。本人もそれを覚悟している場合がほとんどだ。そのような運命をわかった上でどうして現世にやってきたのか、事情を教えてくれる霊もいるが、急いでいるからか、恐れからか、ほとんどの霊はわたしと関わることを拒否する。

死の先にある消滅を前にして、立ち向かう彼らの決意。それは強い悪意であったり、善意であったりと様々だ。過去のわたしは依頼者の意向に沿って、危険な存在でもある彼らを除霊、消滅させることも多かった。

今のわたしはもう、その頃の力を出すことはできない。生者の言葉より、死者の言葉を信用したい、優先したい、叶えたいと強く思うようになったからだろう。もう、割り切れない。

あの悪霊に近付きたい、サユが攫われた場所に近づきたい。そう思って、手を伸ばしてしまうんだ。

死に寄り添い、流され、怖気付いてしまうこともある。今までは興味を持ちながらも線を引いて考えていた、霊の証言する死後の世界の様子や知識を、今では縋るように求めている。飲み込まれても、構わないか。そんな風にも思っている。

どんな形でもいい。どんな姿でもいい。

もう一度、わたしの前に現れてくれないか。

死者と向き合い続けていると、死は日に日に身近なものとなっていく。近付いてくる、いつも背後にいる。時には霊の不幸や後悔、恨みを直接ぶつけられ、わたしの心や体にのしかかることもある。それはどこからか似た不幸を呼び寄せ、死との縁をまた深めていく。

それは仕事柄、仕方の無いことだ。死に引き寄せられる、これはそういう仕事だ。その分、生者の心や霊の心を救っていることもあるのだから。そう割り切っていた感情を、どこに落としてしまったのか。

雨男であることも、サユが女たらしになって、意地悪になってしまったことも。小さな不幸の連続も。全て霊のせいで、霊が引き寄せた不幸のひとつであると、自分を誤魔化して生きてきた。

しかし、今は、全てが、わたしのせいだと感じている。わたしがサユを巻き込んで、振りまいた不幸なんだ。

わたしがサユの人生を狂わせたんだ。

わたしは死に好かれてしまった。そういうことなのだろう。わたしのせい。そう思えば、少しだけ楽になる。

…なんて言いながら。本当はわかっているさ。わたしは悪くない。

ふと、キーボードを鳴らしていた手が止まる。こんなこと、意味が無いと、囁く自分の声がする。

心の底ではわかっている。わたしならば、わかっているはずだ。あの様な力の強い悪霊に攫われて、害を与えられて、無事でいられるはずがないと。サユの魂はもう、息をしていない。それは一瞬の出来事だった。だから気配がなく、辿ることも出来ない。

それでも、サユは自分の意思でわたしを庇ったんだ…だから、わたしを恨んだり、後悔はしていないはずだ。…もしもわたしが依頼者なら、霊媒師のわたしはそんな風に伝えるだろう。

それでもどうしても諦められない理由があった。それは家族愛。恋心、未練。強く渦巻く、温かい感情によるもの…そう思っていた。しかし、その感情は半分だけで、もう半分は違った。自覚は、している。

サユに大きな悪霊が近づく気配を感じながらも、恐れて行動を起こさなかったわたし。もう恋人ではないのに、サユの甘く優しい言葉によせられて、会いにいってしまったわたし。サユの本心を知らなかったわたし。

わたしは悪くない?だけど振り返れば、やり直したいことばかりだ。結局は後悔したくないだけ、後悔していないと思いたいだけ、自分を正当化したいだけだ。

せめて、言い訳をさせてほしい

また心が痛くなる、熱くなる

誰にも理解してもらえない寂しさが、ぬるい涙となって流れる

誰でもいい、信じてほしい

現実を、本心を、受け止めてほしい

辛い

わたしだけ、現実に取り残された

辛い

わたしにしか見えない、感じられない感覚に惑わされ、悩むことも…何もかもが

辛い

なあ、サユ

お前、まだ、わたしに謝っていないことが沢山あるだろう?

わたしだって、悪いことをしたことはあったと思う。イライラしたときに暴言をはいたり、一緒に住みたいとわがままを言ったり。無意識に束縛していたのかもしれない。

それでも、勝手にいなくなるのは狡い

お前のこと、大嫌いなんだ

お前なんて、酷い男だ

だから死んだって構わないんだ

そう思いたいから

愛してなんかないから

忘れたいから

前に進みたいから

生き返らなくてもいい

今すぐここに来て謝ってほしい

謝れ

あやまれ

あやまれ

いますぐ

いますぐ

それだけでいいから

それだけ聞いたら、わたしは今度こそ

お前の前から消えるから

2話

鞄に入ったスマートフォンの着信音が鳴り響く。わたしはハッと目覚めた。窓からは明るい太陽の光が差し込んでいる。どうやら作業をしながら、眠ってしまっていたらしい。途端に冷や汗が伝う。今、何時だ?まさか仕事に遅刻してしまったか!?嫌な予感。鳴り響くスマートフォンを慌てて掴む。しかし、今日は休日だった。11時か。はぁ、と息が漏れる。

電話をかけてきているのは、以前バラエティ番組にゲスト出演したときの、共演者の新人モデルだった。あいつがモデルとしての仕事をはじめた頃、この業界のことを色々教えてやったんだ。

クールで大人びた印象だが気さくな人で、友人という程ではないが、プライベートで時々ご飯を食べに行く仲だ。1度だけ家に呼んだこともある。名前は新月という。本名なのか、芸名なのかは知らない。

最近は新月さんから連絡もなかった上、こちらからわざわざ連絡する理由も余裕もなく、しばらく会っていなかった。行方不明だったわたしが発見された直後は、「無事でよかったです」と、連絡をくれたが。

電話にでると、彼は「お久しぶりです」と、いつも通りの丁寧な口調で話しはじめた。

「…新月さん、久しぶりだな」

「すみません、突然お電話してしまって。ところで、かささぎさん、今日は何か予定はありますか?」

新月さんはなぜか嬉しそうだ…。

「…すまないが、先に要件を言ってくれないか」

「そろそろかささぎさんの顔を見ないと、落ち着かないんですよ」

「め、飯か?今日は予定は無いが、体調が…「…私、心配で、お粥を買いに行ってきました。行きつけのお店のお粥です。体を休めたい時にぴったりで、私もよく食べるんです。きっとお口にあいますよ。」

「おいおい、新月さん、まさかわたしの家に来るつもりじゃないだろうな…」

「ふふふ、もうすぐ着きますので」

思わずため息を吐く。もっと常識のある奴だと思っていた、勘違いしていたな…どうしてこんなことに。

電話を終え、スマートフォンを眺めながら15分くらい待っていると、チャイムがなった。仕方なく入口の鍵を開け、玄関の扉も開けた。なびく黒髪、整った顔立ち、どこか自信ありげな新月さんの表情が目に飛び込む。眩しくて、正直面倒くさい。

「こんにちは。お邪魔しますね」

しかし、彼と目を合わせた瞬間。

彼の体を歪な空気が包み込んでいることに気が付き、衝撃をうけた。

重い霊に取り憑かれているのか?困惑しながらも、今は深く考えすぎないようにして彼をリビングへ案内した。

「かささぎさん、お粥を温めるので鍋を借りますね」

「あ、ああ。いいのか?」

「いいのか?って…私が勝手に持ってきたのですから、気にしないでください」

ほとんど手をつけることのないキッチン。持ってきたお粥を、小さな鍋で温めている新月さんを少し離れた所から見ていると、新月さんは私の顔を見ないまま話し始めた。

「…かささぎさん、1人で抱え込みすぎですよ。想像以上に疲れた顔をしていたので、驚きました」

「…まぁ、色々あったんだ、仕方ないだろう」

「体は?痛くないですか?」

「ああ、それは大丈夫だ」

「前に一緒にご飯食べた時も、色々相談にのったでしょう?私のことは巻き込んでもらって大丈夫なんですよ」

彼は鍋をかき混ぜながら振り返って、わたしにウインクを飛ばす。

「余裕がなかったんだ、今もない。ひとりじゃどうすることも出来ないことばかりなんだ」

吐き捨てるように言う。お前に何がわかる、なんて言いかけて、そんな自分にうんざりする。わたしは直ぐに余計なひとことを言ってしまうから…はぁ。

「…私は信じてますよ、かささぎさんのこと。かささぎさんが行方不明だった1ヶ月間、サユさんに閉じ込められていたって話も、悪霊の仕業だって話も」

新月さんは話しながら、温まったお粥を皿に移している。鍋の底が焦げ付いてしまっているが、気にしていないようだ。わたしと同じで、普段料理をしないのだろう。わたしのために、慣れないことをしてくれたんだな。面白い奴だなと思い、少しだけ気が軽くなる。

椅子に座り、新月さんが運んできたお粥を見る。…美味しそうだ。「ありがとう」、自然と礼を言っていた。向かいに新月さんも座る。

お粥を口に運ぶ。出汁がきいている。しっかり味がついていて、満足感もある。美味しい。ゆっくり食事をしたのは久しぶりだった。体が温まり、私はぽつぽつと話しはじめていた。

「…あれから仕事も減ったんだ。少なからず、信用を失ってしまったからな。サユも見つからないままだ」

しんげつさんは、ずっと合わせていた目をそらして呟くように言った。

「…家族と会えなくなって、お辛いでしょうね」

またすぐに目を合わせ、少し微笑んで言う。

「かささぎさんは命知らずだったといいますか…元々無理をしていたでしょう?…その実力があれば、仕事はまた増えますよ。だから、今は体を休めてください」

「ありがとう。そうだな…焦らず、サユを探そうか」

「私は…サユさんは遠いところにはいないような、気がしていますよ。かささぎさん、死後の世界について、私に話してくれたことがありましたよね。あれから、霊やら天使やら、そういうものに親近感が湧いたといいますか。悪霊が住む死後の世界も、この世界も、それぞれが手の届くところにあるような気がして」

「わたしもそう思う」

新月さんは優しくて素直な人だ。そう思った時、新月さんの周囲に、邪悪な気配が漂っていたことを改めて感じた。思わず息を飲んで、じっと観察する、目を懲らす。

新月さんは、わたしの様子に直ぐに気が付き、少しだけ不安そうな顔をした。

見えてきたものを理解して、わたしは驚き、静止する。伝えようかと迷ったが、これは安易に言葉にしてはいけないと思い、口を結んだ。

新月さんからは、サユを攫った悪霊と、似た気配がした。

直接彼に霊が取り憑いている訳では無いが、彼が、酷く物騒な感情や、ドロドロとした重い影を背負っているのは確かだろう。

彼の身に、良くないことが起きるかもしれない。心配になって、心の中でその影に語りかける。

お前は何だ。何者だ。

なにものだ。

暗黒が轟く。これは…これは、

その時。

新月さんが私の額を人差し指でつついた。

「ふふ、考え込みすぎです。眉間に皺が出来てしまいます。男前なのに」

ああ、すまない、と我にかえる。新月さんは、空になった皿をキッチンへと運び、洗い始める。

そうだな、少しだけ、考えすぎていた。新月さんの言う通り、きちんと寝て、体を休めた方がいいだろうな。そう笑いかけて、はぐらかした。

見間違いだったと自分を納得させれば、先程見えたもののことは直ぐに忘れられた。

「新月さん、今日はありがとう…押しかけてもらえて…助かった。心配をかけたな。あまり焦らないように、向き合っていこうと思う」

「それはよかった、また来ますよ。今度は映画でも観ますか、…どういう映画が好きですか?やっぱり霊が出てくるホラー映画ですか?」

「無理だ、…ホラー映画なんて恐ろしいものを観てしまったら、涙が止まらなくなって、夜も眠れなくなってしまう…もっと穏やかな映画にしてくれ…」

「何だか意外ですね…、そうですね…動物は好きですか?可愛い犬の話とか…」

「い、犬もダメだ!涙が止まらなくなる、夜も眠れなくなってしまう…」

「…どうしてですか?」

「怖いからだ!可愛い見た目をしているくせに、近付いたらすぐに噛んでくる…わたしは動物に好かれないんだ…」

「なるほど。ふふ…では魚の映画にしますか…魚は好きですよね?」

「…そうだな。美味いしな」

会話が弾んでいく。わたしは自然と笑っていた。

…もちろん、悲しみや不安が拭えた訳では無い。それでも、暗い部屋の中で、やっと自分の心を見つけだせたような、そんな気持ちになれた。震え続けていた心が、顔を上げた。

新月さんが腕時計を確認する。

「もうこんな時間か…そろそろ帰りますね、楽しかったです」

「ありがとう。また来てくれ」と、新月さんに改めて礼を言った。

帰り支度をし、タクシーに乗り込む新月さんに小さく手を振り、遠くなっていく後ろ姿を眺めた。

部屋に戻ろうとして、振り返る。立ち止まる。ふと風が止んだ気がした。

まだ感じる、邪悪な気配。

微かに、血液に似た歪な匂いが残っている…。新月さんから漂ってきたその影は、優しい笑顔の裏側から、わたしを睨んでいた。赤い瞳の蛇の様な姿をして、輪郭を揺らしながら、ナニカを求めていた。わたしはそのナニカが何であるか、気が付き、理解しようとしていた。

それでも、何もなかったことにした。それはわたしのためであった。死後の世界に関わることが出来るこの力は、時々見てはいけないものまで、わたしに見せようとする。

この星には足を踏み入れると戻れなくなってしまうような、大きな秘密が沢山ある。わたしの力ではどうにもできないそれらに、食われてしまってはいけない。わたしの力なんて、小さなものなのだから。

それでもこの小さな力は、この世界の深層に少しだけ関わることができる。だからこそわたしは、この小さな力を信じ、救える者だけを救いたい、そう思っている。

全てを救えると、変えられると驕ってはいけない。整理して、踏み込んで、知りすぎてはいけないんだ。

わたしはノートパソコンを取り出し、作っていた文書ファイルを削除した。

窓を開けて、乾いた夕空を見上げる。

眩しい、変わらない空。気持ちがいい風に吹かれて、髪がさらさらと靡く。ゆっくりと時間が流れていくのを感じる。

あの雲の向こうに、サユはいるのだろうか。そう呟き、そっと窓を閉じた。

1週間もしないうちに、わたしはまた恐怖する

監禁に火事か…女の子が無事で良かったが、犯人の男は亡くなってしまったのだな。最近は不幸な出来事が多い…ニュース番組を見ながら、ため息をついた。

…ニュース速報…

…わたしも、この国の誰もがその情報に驚愕した。サユの話題はもう、その出来事に塗り替えられてしまった。

指名手配されている2人…新月さんと金髪の男の姿を見た瞬間、わたしは家を飛び出した。

しんじていたのに。

心がかき混ぜられるみたいな、ああ、これが絶望、なのか?

ぜつぼう?

いや、違う?

わたしは

壊れてしまったのだろうか?

3話

岩にぶつかる波の音が聞こえる。洞窟の隙間から差し込む月明かりが、ゴツゴツとした岩の表面が照らした。かたくて、つめたい。

足首まで水に浸かっている。さっきまで忘れていた靴の中の気持ち悪さを、改めて感じた。体を動かしたせいで、服もびしょ濡れだ。最悪な出来事ばかりなのに(こんなにも上手くいくなんて)って気持ちの方が大きくて、僕(ゆうぎ)はニヤニヤと笑っていた。

足を動かすと、チャプチャプと音がなった。その音を少し楽しんだ後、僕は一息ついて座り込む。悪魔から貰った力で懐中電灯を作り出し、つまらない景色を照らしてみる。

海…僕が生きていた頃住んでいた国(裏社会)に、ちゃぷちゃぷ遊べるような海はなかった。だから、こんな海を見たのは初めて。

天国の海に連れていってもらったことはあったけれど、僕はその海を偽物だと思ったし、素直に楽しめなかった。他の天使たちは皆、綺麗だと喜んでいたけれど、僕は笑いたくもなかった。笑いたくないのに無理して笑って、「皆で見られてよかったね」なんて嘘をついたんだ。僕はこの景色を、お父さんとお母さんとみたかった…そう思っていた。

死後の世界を探し回ったけれど、お父さんとお母さんは、見つからなかった。生まれ変わって天国をおりてしまったのだろうか。地獄で暇を潰しているのだろうか。

地獄にいるかもしれない…地獄に降りて探そう。そう思い、男の元を訪ねた。桜色の髪、銀色の瞳…その男が死後の世界を指揮しているらしい。

「地獄にいきたいんだけど」。そう言うとその男は面倒そうに、僕を見ないまま言葉を返した。

「ここ(天国)にいろって。地獄はお前みたいなチビには向いてねぇよ、あそこは素直になれないやつが引き込もる場所だからな」

「お父さんとお母さんを探したいんだ、天国を探し回っても見つからないんだ」

その言葉を聞いて、やっとその男は体をこちらに向けた。

「見つからねぇの?天国で見つからないなら諦めるしかねぇと思うけど…だって天国は皆が幸せに暮らせる世界だぜ?思いが強い方が優先されたりもするから、願い事が全部叶うわけじゃねぇけど、まぁ、大抵のことは叶うと思う。

つまらなくても時間はたっぷりあるし、いつかは楽しいこと、見つかると思うぜ。

だって広いし!そうだ、面白いところ知ってるんだ、連れて行ってやろうか?」

僕は、黙って首を横にふった。この男が何を言いたいのか分からなかった。男の話が耳から入り、反対の耳から流れ出ていく。

「まぁ、気に入らないなら転生して、現実世界に戻ることができるから、それがいいなら案内する。記憶とか人格とかは全部リセットされるけどな、赤ちゃんからやりなおし」

「…諦めるしかないってどういう意味?」そう聞いた僕に、その男は、深刻そうでも言い辛そうでもない自然な表情で言った。

「親がお前と会いたくないんだと思うぜ」

…。

そっか。

僕はそう呟いて、男の元を離れた。そっか。そっか。僕に会いたくないから、僕がいたら幸せになれないから…。

そっか。きっと僕は、重たいんだ。

考えれば考えるほどに、ぐちゃぐちゃの感情が込み上げてきた。僕はひとりぼっちで声を上げて泣いた。

やっぱり僕は何も出来ないんだ。奪われても、お腹がすいても、傷付けられても。何も出来なくて、寂しいままなんだ。

そして、萎れてしまった僕の心に浮かんだ、あの、銀色の瞳…。しんげつちゃんの存在。熱い気持ち。

天国にあるものは全部偽物なんだ。この世界なんて、あの悪魔と桜色の髪をした偉い人の持ち物に過ぎない。今だってそう思ってる。

意味なんてない、価値なんてない。

だからこそ僕は、楽になれたんだ。

気絶させて街に隠しているしんげつちゃんが、警察に見つかってなければいいけど。

多分、大丈夫。

(はぁ〜ぁ、残り1日かぁ、あとはしんげつちゃんだけだ)

懐中電灯で照らすと、赤く濁った海水と冷たくなった細い体が見えた。力尽きた体の胸元には、銀色の包丁が突き刺さっている。

(可哀想なささめきちゃん…きっと死後の世界にいっても自分を責めて悩み続けて、この海よりも多い涙を流すんだ)

僕は楽しくてたまらなかった。さぁ、しんげつちゃんの所に帰ろうか…振り返って、洞窟の出口を見た。

…そこに、人影が現れた。

驚きでいっぱいになって、体がびくりと跳ねた。その拍子に懐中電灯を落としてしまい、慌てて拾った。け、警察!?どうやって僕の居場所がわかったの?僕は不安を悟られないように注意しながら、その人影に声をかけた。

「え〜?君、誰ぇ?どこから来たの?」

子どもに話しかけるみたいに、そう言ってみた。人影は口を閉ざしたまま近付いてくる。ちゃぷ、ちゃぷ。懐中電灯を向けると、人影…男は、深くフードを被っているのが見えた。フードから覗く暗灰色の長い髪…顔はよく見えない。

面倒なことが起きる前にぐちゃぐちゃにしちゃおうと思って体に力を入れた時、男が口を開いた。

「お前を殺しに来た」

そして、胸元からカッターナイフを取り出した。カチカチカチ…それをゆっくりと僕に向けた。

男がフードを外した…だけど、本当に知らない人だった。

どうやって僕がここにいるって分かったの?…と聞こうとして、やめた。時間もったいないし、記憶を覗けばいいんだ。代わりに「どうして僕を殺したいの?」と適当に聞いてみた。別に、どちらを聞いても同じだったかな。

「…お前のせいで、家族が死んだんだ」

男の声は掠れている。光に照らされた目元は、真っ赤に腫れている。

「ゆうぎ…全部、お前のせいだ」

男の記憶を覗いた僕は、ちょっとだけ嫌な気持ちになった。こいつ、僕が死後の世界から来たことも、僕の秘密も僕の感情も、全部知ってるみたい…。

しかも、記憶と感情が交錯していて、こいつが考えていることがよくわからない…まるで、僕の力が遮られているみたいだ。

こいつは生まれつき持っていた特別な力を駆使して、僕を追いかけ、やっと追いついたんだ。…霊の心をみることができる人間なんていたんだ。

最悪。でも少しだけ興味が湧いて、僕は体の力を緩めた。カッターナイフを握った手が震えている、男は自分の感情を隠すように、声を上げる。

「お前があの悪霊を生み出した!!わたしの家族だけじゃない、お前のせいで何人死んだと思っている!?お前のせいで、お前のせいでわたしは…サユは…心を空っぽにされたんだ」

「何の話?悪霊…?ああ、もしかして、きらめきちゃんのこと?ごめん…彼にはもう興味無いんだよね」

僕の力に呪われたきらめきちゃんがあの後どうなったのかは知らない。僕がプレゼントした真実をうつす鏡のせいで現実から目を背けることも出来ずに、何もわからない空っぽな自分と向き合い続けて、壊れているんじゃない?うーん、やっぱり、もう興味ないかな…最強の悪霊を作って、この星にちょっとだけ、イタズラしたかっただけだし。

…霊の心がみえるなんて言っても、彼の力よりも僕の力の方が何倍も大きくて強いし、直ぐに打ち消せた。僕は、彼の閉ざした記憶をこじ開けるように見ていく。記憶を覗いて、把握して、僕は安堵する。こいつも、薄っぺらいただの人間だ。

「…かささぎちゃんはサユちゃんのこと、好きなの?」

楽しい遊びに誘う時みたいに、軽やかに、そう声をかけてみた。名前を呼ばれた男は、少し驚いて目を逸らした。それから少し考えてから、「お前こそ、新月さんのこと、好きでもないくせに」と、本当につまらないことを言ってきた。

そのカッターナイフで僕を殺せると本気で思ってるの?僕、そんなに弱そう?はあ、最悪な気分。

…突然かささぎちゃんが飛び退いて、目を丸くした。その視線の先にはささめきちゃんがいた。やっと視界に入ったんだ。かささぎちゃんは彼女に駆け寄り、体に触れた。「…可哀想に」。そして、信じられないと言った瞳を僕に向けた。

「可哀想にって…君も僕を殺すために来たんでしょ?同じだよ」

その言葉を発したのと同時に、僕はかささぎちゃんがどうして僕の前に現れたのか気が付いた。その目的は、心の底からため息が出るくらい、もっともっと面白くないものだった。

かささぎちゃんは、僕の冷めた感情を察したのか、察していないのか…それはわからないけれど、早口で言った。

「お前はこれから、わたしに殺されるんだ!」

僕が黙っていると、彼は疑心暗鬼になったみたいな表情になって、焦ってまた言い出した。

「わたしと戦え、殺人鬼!お前なんか、死んで当然の化け物だろう!!」

僕はずっと微笑んでいた。必死なかささぎちゃんのことが、なんだか…やっぱり、面白く感じてきちゃって。

「わたしと戦え!」

…彼は今、早く自分を殺してくれと叫んでいるんだ。

彼は死ぬためにここに来た。

家族であり元恋人の男を、僕が作った悪霊に攫われた。彼は友達のしんげつちゃんを通して、しんげつちゃんに取り憑く僕の心を見た。その心を追って、僕の元へとたどり着いた。何もかもに絶望し、投げ出して。

僕への復讐。それは都合のいい言い訳だった。だって、サユちゃんは何度もかささぎちゃんを傷つけたんだ。サユちゃんのことなんて、随分前から大嫌いなんでしょ?大嫌い、なのにね。

「かささぎちゃんはサユちゃんに取り憑かれてるんだよ、かわいそ」

僕はその言葉を言いながら、やっぱり…つまらなさも感じていた。

幸せな世界の景色も染めて。黒い人影を思う度に、視界が暗くなり、何も見えなくなっていく。他のことが考えられなくなっていく。かささぎちゃんは、サユちゃんの前髪の隙間からみえる、黒い瞳に取り憑かれたんだ。

…多分、自分にはもう何も無いと思っている。守るものもないと思っている。だから、僕にカッターナイフを向けるなんて突飛なことができたんだね。

…ねぇ、憎しみと虚しさに支配されて、復讐の仮面を身に付けて、救いを求めて堕ちるのは気持ちいい?

気持ちいい?

あはは、…それ、勘違いじゃない?

…勘違いだよ、僕にはわかるもん。僕なら、わかるよ。

僕の殺意が感じられないことに気が付いたのか、かささぎちゃんは僕に向けていたカッターナイフを降ろした。

「可哀想だと?…可哀想なのはお前も同じだと思うが」

同じ?

「同じにしないでよ。僕とかささぎちゃんは全然ちがうよ。かささぎちゃんは、サユちゃんのことが大嫌いで大好き。でも僕は…」

続きを言おうとしてつっかえた。僕は大好きで大嫌い。そんなこと、言いたくもないや。

「可哀想なのは、お前の頭のことだ。誰もお前なんかに同情しない」

かささぎちゃんはカッターナイフを握り直し、決意したのか僕の右肩に振り下ろした。僕はあえて動かなかった。

右肩の、枯れた皮膚の隙間から赤い液体が滲み出て服に染みた…けれど、僕はもう、幽霊の体でも人間の体でもないんだ。僕はしんげつちゃんのための、死神。切られた時に血が出ないと不自然だから、そうしているだけ。

かささぎちゃんは、息ができなくなったみたいな顔をして驚いている。まさか、僕が素直に刺されるだなんて思っていなかったのだろう。自分が、人を刺しただなんて、信じられないのだろう。

「…まぁ、でも。僕とかささぎちゃんは少し似てるかもね。復讐の心で自分を覆い隠して、恐怖も悲しみも投げ出して縋って行動して。絶望してるんだ。

でも僕達は同じじゃない。違うところがあるから、教えてあげる。

…僕はね、愛されてるんだよ

僕はしんげつちゃんに、愛されてるの

だから、幸せ

でもかささぎちゃんは、いくら求めても、行動してもサユちゃんに愛されない

大嫌いな気持ちも大好きな気持ちも、一方通行なんだよね

それって、重いんだよ

重いってわかる?あはは、重いんだよ

じゃあさ、諦めるしかないよね」

見透かされたかささぎちゃん、みるみる涙が溜まっていく。長い髪を乱して、「早くわたしを殺せ」と叫んだ。

「やめてくれ、もう、こんな気持ちになりたくないんだ!わたしはただ、サユに謝って欲しいだけなんだ!サユは、本当は心優しいんだ…わたしは知ってるから、謝られたら…許してやるつもりなんだ

わたしが転ばないように、手を握ってくれたんだ

一緒にひまわりの花弁を集めて遊んだんだ

そういう話がしたいんだ、したい、だけなんだ!!

愛してるんだ、まだ好きなんだ…

最後でいいんだ、それさえ出来たら自分の気持ちを整理できると思うんだ

だから、わたしは…!!」

弱気になって、もうなにもできないかささぎちゃんを前にして…僕は嘘をつくことに決めた。それは、最低な嘘だった。

でもなんのためにその嘘をつくのか…自分の気持ちはよく分からなかった。分からない?考えたくないの間違いか。

「これをみてよ」

写真を作り出す。得意の捏造写真だ。そこには、記憶を覗いて姿がわかったサユちゃんと、男が抱き合ってキスをしているところが写っている。男は…適当にきらめきちゃんの顔にしておいた。

「サユちゃん、自分を攫った悪霊とキスとかしてたよ」

かささぎちゃんに写真を渡す。

かささぎちゃんはその写真をみて、表情を失った。

僕は目を逸らした…だって興味無いし。自分が何考えてるのかもわからないんだもん。

君はまだ壊れてない、僕と違って浅いんだ。だから、…この嘘をつけば、かささぎちゃん「は」感情という悪霊から解放されるんじゃないか…目が覚めるんじゃないか…なんて考えたの?

これは同情なんかじゃない、助けるためなんかじゃない…僕はただ、君と一緒にされたくないだけ。そうに決まってる。

「もう気がついてるでしょ…1番会いたい人とは、会えない運命なんだよ

…生まれ変わっても無駄だよ

ここはそういう星だから

会いたい人が、自分と同じ気持ちだとは限らないんだ

それなのに、会いたい会いたいって駄々こねるのって…すごく惨めだと思わない?

でも、世界は広いからさ!

いつかは楽しいこと、見つかると思うよ!

僕もこれから、みつけるつもり♪

そうだ、面白いところ知ってるんだ

連れて行ってあげようか?」

僕の口から出た、桜色の髪のあいつと同じセリフ。

「お前…サユより、最低な男だな」

僕が笑うと、かささぎちゃんは凄く怒った顔をした。それから僕に酷い言葉を言った後、振り返って逃げ出した。ぱしゃぱしゃ、水の上を走る音が遠ざかっていく。暗闇に溶けて、彼は直ぐに見えなくなった。

…僕はなにも無かったことにして、しんげつちゃんの元へと帰った。

わたし(かささぎ)は夜道を懸命に走った。荒い息。胸が、腹が、心が、痛くて苦しい。頭の中には、サユと知らない男がキスをしている写真が、鍋底の焦げのようにこびりついていた。

わたしは怒っていた。

他でもない、サユに対して怒っていた。

なぜなら、サユのあんな気持ちよさそうな顔、見たこともなかったからだ。わたしとキスをするときは、もっとつまらなさそうな顔をしていたくせに。

前髪の隙間から覗いていた温まったチョコレートみたいな優しい瞳…自分の命を奪った悪霊にあんな顔を見せるなよ。自分が助かるために、恋仲になろうとするだなんて。大馬鹿者だ。

ゆうぎがどうやってあの写真を撮ったのか、そもそもあの写真は本物なのか…?偽物だろうな…とは感じている。いや、そんなことはどうだっていいんだ。

ただ、1歩離れて見てみた自分が、サユが、最高にダサかったことが分かった、それだけだ。

あのニュース速報…新月さんがゆうぎと、人を殺めて逃走した事を知った瞬間、わたしの中で何かが崩れた。

真面目に生きてきたんだ、わたしは

わたしだけは

わたしばかり

わたしばかり!!!

辛くてたまらなくて…長年、心の中に積み上げてきた「我慢」のつみきを、踏みつけて崩したんだ。踏みつけて、粉々にしたんだ。

今ならわかる、あいつ(サユ)のために絶望して、全て諦めて捨てて死のうと思っていた自分が、どれほどバカだったか。

崩したつみきにいつまでも見惚れていられるか。悪霊?サユ?知るか、勝手にしろ。わたしは道具じゃない、手段じゃない!

わたしは新しいつみきを探す、もっと楽しくて優しいつみきを積み直す。それだけだ。

わたしはわたしのために生きてやる。死んでからも、わたしのために幸せになってやる。

わたしは多分…この星が好きなんだ。どこまでも転がされてやるさ。

それに、洞窟に横たわる彼女…彼女のことを警察に伝えなければならない。あの場所は寒くて暗い…早く、救ってやらなければ。心の中…彼女はわたしに「そいつに構うな」と伝えてくれていた。だから、逃げることにしたんだ。

…走りながら振り返ると、あいつ(ゆうぎ)は、追って来ていなかった。

足を止める。ふと右手を見ると、血のついたカッターナイフが握られていた。そして気がつく。これって…わたしが彼女に何かしたと、疑われてしまうかもしれないか?ああ、そうだよな…あんな洞窟に何をしに行ったんだと思われるだろうし、ゆうぎと会ったことも信じて貰えないかもな。そもそも警察は、わたしの力そのものを疑っているんだ。

…怖気付くなよ、わたし

わたしなら、上手くやれるさ

わたしはゆうぎの居場所がわかるんだ。警察に全部伝えて、信じさせてやればいいんだ。ヘリコプターやら武装部隊やらで追い詰めて、あんな2人、粉々にしてやればいいんだ。

また駆け出した。この足で警察に伝えに行く。霊媒師としての最後の仕事になるだろう…そう、最後。霊媒師はやめるつもりだ。人助けなんて、わたしには向いていなかったんだ。

これからのことはこれから決める。

サユに褒められて伸ばしていた長い髪が、顔にかかって邪魔だと思った。…帰ったら、短く切ってしまおう。

新しい恋人がほしいな。一途で真面目で、素顔もイケてる奴。それから、わたし以上に重い奴。

わたしは重いんだ。

重くて何が悪い。

付き合うなら、一緒に住みたいし、家族になってほしい。浮気なんてもってのほかだ。

もう、泣いて、鳴いて、ないてなんかいられない。

…そうだ、それでいいんだ。

深夜の街。人通りの少ないその道に、鼻をすする音と軽やかな足音が響く。仰ぐ、晴れた夜空。ビルの隙間から、月が浮かんでいるのが見えた。

END

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