星のはなびら六章「憔悴のナルシサス」

星空に視線を奪われたくなくて、カーテンはぴったりと閉めている。橙色の部屋の明かり。…王子様の瞳に映るのはぼくひとりだけ。ぼくのベッド、ふかふかの布団の中。端に追いやられた、脱ぎ捨てられた2着のパジャマ。

ふたりの指をからませれば、凍える余裕もなくなって、すぐに寒さなんて忘れてしまった。夜だけの熱い息遣いが気になったりして、顔や背中にはじわりと汗が滲んでいる。

「ッ、ほたるさん、可愛い」

「るきそ、さ…、ぁ、んっ、ん…」

2人分の体の重さにベッドもギシギシと声をあげていた。どちらのものかもわからない涎と、垂れ流れた涙にまみれた口元にまたキスをされ、息もたえだえになりながら舌を絡めた。何度目かもわからない、体を駆け巡るその感覚。王子様の背中に手をまわせば、しっとりとした生あたたかさに右も左もわからなくなる。

「ほたるさん、もうこんなになって。…そう、ゆっくり呼吸をしてごらん」

何とか呼吸を整えて、王子様を…ルキソスさんを見上げる。ルキソスさんが頬に張り付いた紫色の長い髪を耳にかけると、汗が1粒ぼくのほっぺにぽたりと落ちた。悪戯な笑みを浮かべながら、ルキソスさんはぼくに聞く。

「気持ちよかったかい?」

「はぁ…ルキソ、さんのいじわ、る。ぁ、もう、そんなこと………気持ちよかったよ」

「ふふ、知ってる。やっぱり素直なところが可愛らしいね。ごめんよ、ボクだけに見せてくれる声や仕草をもっと知りたくて、つい意地悪したくなってしまうんだ…。」

「からかわ、ないでよ。いつもぼくばっかりこんなに乱れて…恥ずかしいしなんだかかっこ悪いよ。ぼくの気持ちいいところばっかりして、はぁ」

「気にしないで、でもね、ほたるさんが魅力的なのがいけないんだよ、…なんてね。ああもう、魅力的すぎるよ。…あまりにも可愛らしいからもっとぐちゃぐちゃに求められたいくらいさ」

「も、もっと?もう虜になってるよ…?今日も、ぼくから誘っちゃったし」

「でも、恥ずかしがって遠慮してるでしょ。どんなほたるさんも素敵なんだから、ボクのためだと思ってさ、さらけ出しちゃいなよ」

「えへへ…ルキソスさんはぼくのこと、いっぱい知ってるなぁ。流石ぼくの王子様だよ」

「ふふ、ほたるさんもボクと同じだからね。白い雪が似合う、可憐でかっこいい王子様さ」

「は、恥ずかしくてわけがわからなくなっちゃう…。」

布団に包まれ、体を寄せ合い密着する。首元にキスをされる。愛を編み、つめたい雪を溶かす夜。

…優しい、でもまだまだ足りないよ。

ルキソスさんのためなんだからね、なんて思いながら。ドキドキ早る心臓の音を感じながら。ぼくはルキソスさんの耳元に顔を寄せて、そっと囁いた。

「…もっかいしよ?」

きみが教えてくれる知らない世界。

でもぼくは、抱きしめられたりキスをされちゃうだけでも、雲の上にいるみたいに気持ちいいから…。愛されて愛されて、いっぱいいっぱいになっちゃって、ぼくはまたきみに夢中になって、きみの色に染まっちゃうんだ。

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ルキソスさんと将来を約束してから3年が過ぎた。早いなぁ…幸せな時間はあっという間に過ぎていくよね。このままだとすぐおじいちゃんになっちゃう…なんて考えてみたりする、そんな毎日。

今日は2人が出会い、指輪を貰った特別な日。もちろんお店はお休みにした。お部屋を綺麗に片付けて、色紙で作った飾りを壁にひっかけたりして…ぼくはひとり、パーティの準備を進めている。手を動かしながら、ふと窓の外を眺めた。

(ルキソスさんまだ帰ってこないなぁ)

外は雨が降っていて、なんだか雷もなりそう。だから今年は泉には行かずに、お家で和菓子パーティをする事にしたんだ!。雨に濡れるといけないからボクにまかせて…なんて言ってルキソスさんはひとり傘をさして和菓子屋さんに買い出しに行ってくれた。

(おはぎ食べ放題、楽しみだなぁ)

おはぎのことを考えながら…机にお皿を並べて…ルキソスさんのことを考えながら…お箸も並べて…お団子のことを考えながら…棚の上に置いている今日ふたりで被るために買った三角帽子を手にと…手にと…

ガシャーン!!!

「うわぁあ!」

バランスを崩して転びそうになり思わず棚に手をついてしまった。倒れてしまった棚…。軽い材質の棚だし、重たい物を片付けてもいなかったから、幸い痛いところはない。

(よかった…。びっくりしたよぉ)

とりあえず、ふたつの三角帽子を机において、「よいしょ」っと棚を起こす。

でも床には棚に詰め込んでいたルキソスさんの旅のお土産が散乱中。カーペットを敷いているからお土産達は無事の様子…よかったぁ。でも、ルキソスさんが帰ってくる前に元に戻しておかないと、余計な手間を掛けさせちゃうなぁ。毎晩2人で見て遊んでいる沢山のお土産達を少し懐かしく思いながら、ひとつづつ元の場所に戻していく。葉書、栞、可愛い磁石、小さな置物、珍しい石、おしゃれなお守り、冊子…絵本。絵本?

「この絵本ははじめてみた」

最後に残った手のひらサイズの小さな絵本…黒い巾着袋の中に入っていたようで、落ちた拍子に飛び出てきたみたい。どの国のお土産なんだろう…どんなお話なんだろう。ルキソスさんに旅のお話をしてもらいたいな。そう思いながらそっとひらいてみた。

最初のページに描かれていたのは

毎日見ているお城だった。

ぺらりとめくる…

『むかしむかしあるところに、圧倒的な存在感を示す強国がございました。強国を統治していたのは「ありす」という名前の暴虐な王様でした。

王様は5歳の誕生日に王冠を被りました。王様は幼少の頃より剣術に優れており、優秀な大人の戦士を負かす程の才能を持っておりました。また、未来を予測できる力があるのではないかと恐れられるほどに頭が良く、計画的に、計算的に、国中すべてのものを掌握しておりました。

国を強くする目的のためには手段を選ばず、また、妥協も対立もゆるしませんでした。役に立たない、不要だと判断した人間は無慈悲に粛清されました。

大きなお城のバルコニー。毎朝行われるのは国民を統制するための演説。犯罪者の公開処刑。

恐怖とともに自由のない生活を強いられていた国民は心のない王様の死と交代を望んでおりました。

しかし誰も立ち入ることのできない大きなお城、大きな王冠の示す圧倒的な権力。有能な独裁者には、誰の手も届きませんでした。

…それでも、王様もひとりの人間だったのです。

ひとりひとりの自由と恐怖からの解放を求める国民たちは一丸となり国中を巻き込む大反乱を起こしました。その一夜の戦いでは、王様のひとりの人間としての能力を恐れていた隣国の兵士や、お城に住む貴族でさえも国民に力を貸したと言います。

とらえられた王様は20の若さで処刑台に立ちました。

断頭台。高価な衣装を剥がれ、傷を負い弱りきったみすぼらしい王様がその姿を現すと国民達は安堵し歓喜しました。

王様は最期まで人の心がわからない悪人でした。

その後、革命を先導した若者を中心に国民たちは力を合わせ…また、隣国の支援を受けながら強国は自然豊かで優しい平和な国へと変わっていきました。

めでたしめでたし』

…?

「何これ…この国のお話?王様…ありす様?すっごく嫌な絵本」

頭に沢山のはてなマークを浮かべながら1番最後のページを見ると、絵本についての簡単な解説が書かれていた。

『 この物語の革命はXXXX年に○○国で実際にあった出来事で、残された書物によると〜…』

…。

「XXXX年って…9年前だよ?」

絵本の発行日は500年も先の年月が記されていた。なぜだろう。少し胸がもやもやするような、怖いような…そんな不安な気持ちになっちゃう…。うーん、こんなのは気にしない様にして、巾着袋にそっと戻しておこうっと。

片付けるために巾着袋を拾うと重みを感じた。中にはまだ何か入っているみたい…?。

巾着袋の中を覗く…そしてぼくは「それ」を見てしまったんだ。

中に入っていたのは黄色の宝石がついたペンダント

(あれれ…ぼくのとお揃い!?)

思わず手に取ってみると、ダイヤの形をした宝石の裏には黒いハートマークまで描かれている。首にひっかけているぼくのペンダントと見比べると…。

(どういうこと…まったく同じだよ!)

その時、後ろから愛しい人の声がした。

「ほたるさん、何見てるの?おはぎ、買ってきたよ」

ぼくは慌ててペンダントを隠して巾着袋に入れた。絵本は間に合わず、床に置いたままだ。

「あ、ルキソスさんっ、おかえりなさい。ご、ごめんなさい、勝手にみたりなんかして…棚倒しちゃって…」

「ただいま…え、大丈夫?怪我してなくてよかった。構わないよ、その絵本は貰い物。この国について描かれたお土産さ。日付も変だし趣味も悪いからほたるさんに見られたくなくてこっそり捨てようと隠していたんだ…ごめんね。巾着袋の中、他にも何か見ちゃった?」

「…ううん、見てないよ。」

ルキソスさんはぼくから受け取った黒い巾着袋をまた棚に戻した。

「お、お買い物ありがとう、ルキソスさん。おはぎ、何味買ってきてくれたの?」

「きな粉と、餡子と、餡子入りのきな粉と…ほら、お団子も色々買ってきたよ。ほたるさんの好きな物ばっかりでしょ。帰りは偶然雨も弱まっていたからよかったよ」

「わぁ、美味しそう!お腹すいてきちゃった。」

「ふふ…ほたるさんが準備してくれた部屋の飾り付けもとっても素敵だね。お揃いの三角帽子を被って、一緒に特別な一日を楽しもうか」

おはぎやお団子をわくわくしながらお皿に並べる…。

「あ、そうそう…帰りにお花屋さんにも寄って来てね。白い薔薇の花を1本買ってきたんだよ。ほら、お団子みたいに丸くてふわふわしているでしょ、ほたるさん好きそうな花だなぁなんて思ってさ」

「わぁ…可愛い!」

ルキソスさんは白色の、八重咲きの薔薇をみせてくれた。ぼくはうきうきしながら、大きめのガラスの花瓶に水を入れて持ってくる。

「重たくない?大丈夫?…ふふ、一輪挿し、おしゃれでいいよね」

「うん!冬はお花の種類は少ないけれど、長持ちはしやすいからね…、えへへ、ベッドの傍の窓際に飾ろうかな」

「いいね、そこなら毎晩一緒に見られるね。店員さんが教えてくれたのだけれど白い薔薇の花言葉は清純、なんだってさ。…素直で優しいほたるさんにぴったり」

「…恥ずかしいなぁ、ぼく、いい歳した男なのに。ルキソスさんもだよ?」

「そうかい?。嬉しいな」

「夜はおおかみになっちゃうけどね」

「ふふ…でも、そんなボクのことも嫌いじゃないでしょ」

「大好きだよっ、もーぅ!早くおはぎ食べよ!」

「おやおや、照れちゃった?」

特別な人と過ごす特別な日。2人で和菓子を食べて、楽しくお話をして過ごす特別な時間。(実はおはぎもお団子もほぼ毎日食べてるけど…今日は特別な日だからいつもよりおいしいんだよ)

もぐもぐ…。

…。

でも、あれれ、おかしいな。何だかモヤモヤする…。

ぼくの頭の中で、小さな不安がぐるぐるまわっている。

やっぱり黒い巾着袋の中にあった、あのペンダントのことが気になってしまう…。忘れよう、忘れよう、気にしないようにしよう。そう思っているのに、そう思う度にまた頭に浮かんで来てしまう。

こんなにも楽しいのに、大好物の味もなんだかわからなくなってきちゃったよ…。

だってあのペンダントはお母さんがくれたんだ。

お別れの時にハートマークを描いて、首にかけてくれた、たったひとつのぼくだけのお守りなんだ。

「ほたるさん、どうかした?」

「な、何でもないよ…美味しいね」

「…」

あれれ、ルキソスさん、今ため息ついた?…気のせいだよね?やだなぁ、ぼく、悪い様に悪い様に考えてしまう様になっちゃってる。ルキソスさんに隠し事をするのは…なんだか寂しい。気にしすぎなのかな?気にしすぎだよね…でも、だって、こんな気持ちになることなんて出会って1度もなかったんだ。ルキソスさんを疑ってるとか、そういうんじゃないよ…ただ、ただね?

大丈夫だよって言って欲しい。

…安心、させてほしい。

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