星のはなびら三章「人形と、純白のチューリップ」

次の日。お城の前の断頭台…王様もこの国も、いつも通りでした。僕は木の上から、王様と、執り行われている恐ろしい光景を眺めていました。

(…僕、全然拘束されないですね。命拾いしちゃいました)

僕はその日、王様のことばかり考えていました。夜になると僕はまたお城に侵入しました。城壁を登り、王様の寝室の窓にぶら下がりました。

「はぁ、はぁ…」

窓は開いていました。僕は体を押し込めて、寝室に入りました。目の前に王様が立っていました。

「…うわぁあ!!!」

驚いて大袈裟に転んだ僕。王様は操られているようで、光を失った真っ黒の瞳で僕を見つめていました。僕はそっと近づき…王様の耳に触れて、その道具を取り外しました。…僕は微笑み、その道具を壊しました。

僕のこんな行動を見逃しちゃうなんて、もう1人の王様…支配者は、何を考えているのでしょうか。まるで僕が王様と話すことを許可しているようです。思い返せば、警備をしている兵士が減っている様にも感じました…窓を開けたのはどちらの王様の意思なのでしょう…。色々都合よく考えすぎでしょうか?

「こんばんは。昨日のことが忘れられなくて、王様と話したくてまた来てしまいました」

「…」

「あの、僕…今日はナイフを持ってきていないのですよ。あれは捨てました。僕はあなたを殺したくありません…だから必要なくなったのです」

それを聞いて、王様はベッドの方へ歩いていきました。よくわかりませんが、後をついていきます。王様がベッドの上に座ります。そして王様は僕の腕をくいっと引っ張りました。

「…まってた、みどり」

「僕の名前を覚えてくれていたのですか!嬉しいです。でも、王様のベッドの上に座るなんて…いいのですか?」

少し迷いながらも靴を脱いでベッドに上がります。ふわふわで、滑らかな肌触り…寝心地はとびきり良さそうです。正直欲しいですね…。

「せっかくなので色々お話しましょうよ♪」

「…あ…あ、ありすと、はなしても、いみ、ない」

「意味はありますよ、とっても楽しいですし。また話せるとは思っていなかったので本当に嬉しいですよ!ふふ、さぁ何を話しましょう。では…好きな食べ物はなんですか?おすすめの食べ物とかあれば教えてください!ちなみに僕は今朝はじめてパンを食べてみました、3つくらい」

「…わ、わか、らない。……な…なにがすき、きらい、わからない」

「なるほど、では…」

僕は鞄からパンを取り出しました。たまたま半分おいておいていたのです。

「これ、よかったら食べてみてください。周りはかたくて、中はやわらかくて、すっごく美味しかったのですよ!このパンの話をしましょう。ちなみに僕はかたいパンが好きです〜」

王様はパンを受け取り、一口かじりました。もぐもぐしている王様に好みの味だと思いますか?と尋ねると、王様はこくりと頷きました。

「……ありす、やわらかいとこ、が、すき」

「やわらかいパンが好きなのですね!王様のこと、ちょっとだけ知られましたね♪」

「…あ…ありすのこと?し、る?」

「ええ、僕、王様のことを知りたいんです。

…ただの好奇心ではないですよ。深い意味があるとかと言われればわからないですが。

…でも僕は僕の意思であなたに興味を持っているんです。

命懸けでここに来て、会いに来るくらいには」

「…きょうみ…いし」

「僕、決めたのですよ。誰かの意思なんて気にせず、自分の心に素直になって、自由に行動しよう、と。後悔はしていません、今は嬉しくてたまらないのです。

王様とまた話せて、気持ちの迷いがなくなったので」

「…すごい。…あ、ありすにも、こころ、ある?」

「ありますよ。ないと言うならば今僕に一生懸命に話している、やわらかいパンが好きな王様は、誰が何で動かしているというのですか」

僕は王様の左胸に手を当てました。

「ここにあなたの心がありますよ」

…!

「…あ、ありすの、こころ、いけない。なにも、かんじちゃ、いけない。うらぎり。わるいこと。でも、いま、うれしい…みどり、とおなじ?」

「…きっと同じ気持ちですね」

「…みどり。みどりも、なまえ、よんで」

「いいのですか?…では、ありす♪」

名前を呼ばれたありすは僕に微笑みました。初めてみたその表情は、とても優しく、白い雲のような柔らかい印象を受けました。

「心って、一度向き合ってしまうと…湧き上がってくるみたいに止められないものですね。僕を前へ前へと動かす、力となって…何も我慢したくなくなってしまいます。

僕は…きっと僕は…」

「…みどり?」

「僕はありすのことを好きになってしまいました。

ありすのことを知りたくて、心がいっぱいなのです」

「…す、すき?」

「ありすの心も、この国やこの国の人のことも、僕を生み出した人のことも、何もかもを考えたくなくなってしまいます。それほどに、この欲をどうしても…自分の力で満たしてみたいと思うのです」

「…」

「同じ気持ちになってくれとは言いません。ありすの心が欲しいとも言いません。全部僕のせいにしていいので、少しだけゆだねて欲しいのです…

ありす…今夜、僕と一緒に悪い人形になってもらえませんか?」

ありすは下を向きました。そして、僕の胸に顔をうずめました。

「みどり、きのう、あたま、なでた。わすれたく、ない。みどり、こころ、かんじてしまう、…」

私の服を掴む手は、小さく震えています。静かな部屋。ありすの呼吸の音だけが、耳を通り抜けていきます。そして、掠れるような、微かで、か細い、言葉が聞こえて。それは、僕の恋心を決定づけました。

「…みどり、たすけて」

「…!!!」

僕はありすを抱きしめました。感情のままに。強く強く。

ありすは僕と出会うまで、感情を無いものとされていました…ありすの心に触れ、動かしたのは間違いなく僕です。少しの後ろめたさと、幸せな気持ち。

やっぱり…僕は、ありすの心が欲しい。同じ気持ちになって欲しい。僕はなんて我儘なのでしょう。…この気持ちはなんですか?何もかもを捨て去ってしまいたい…ここにいるありすだけをどこか遠くへと連れ去ってしまいたい…!運命をまるごと変えてしまいたい…!!

そんな情熱も愛情も全てが、誰にも知られずにこの城に、この部屋に、僕達の中に閉じ込められている…。切なくて、どうしようもなくて仕方ありませんでした。

「…僕、ありすのことを抱きたいです、今すぐに」

「…ほ、ほ、ほんき?」

「ほんきです、嫌なら断ってください。でも、今夜だけでも、ふたりで溺れてしまうのもありだと思いませんか?何にも邪魔されず、ありのまま自分を許して、忘れて。絶対上手くいきますよ!」

「…みどり、こうかい、しない?」

「後悔なんてするものですか。そもそも僕が誘ってるんです」

ありすはそっと僕の腕をほどき、ベッドに仰向けに寝転びました。そして両手を僕に広げて見せました。

「………きて」

その両手を優しくとり、彼に覆いかぶさります。

「僕の心臓の音、感じられますか?胸が張り裂けそうなんです。ありすも同じでしょう?」

「…うん、しらないところに、いる、みたい」

顔を近づけると、ありすの小さな黒目が揺れました。長いまつげが落とす影…。シャンデリアの明かりに照らされたその瞳は、星のように瞬いていました。

「…で、でんき、けす?」

「えっ嫌です。ありすを見たいですし…。あ、でも、ベッドのカーテンだけ閉めておきましょうか、ここは僕達だけの秘密の空間ですからね♪」

「……し、した、こと、ある?」

「僕は生まれて1ヶ月もたっていないのです、あるわけないでしょう!でも、僕の魂がなんとかなると言っている気がします!誰にでも、何にでも、はじめてはありますからね」

「…ありすも、おひめさまに、なるのは、はじめて」

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柔らかい髪を撫でると、ありすは少し身動ぎました。近くで見ると血色のいい唇。その綺麗な唇にそっと触れ合わせます。

柔らかい感触を確かめ合うようにキスをしながら、盗み見るかのように少しだけ目をあけると、ありすのどこか朗らかな表情が視界いっぱいに飛び込んできました。

それから分厚い衣装のボタンをひとつひとつ…丁寧に外していきます。真っ白な首元に吸い付くように唇を落とすと…またすこしだけ、わるいことをしているような気持ちになりました。

「あとがついちゃいました」

「…つ、つけて。わるいこと、して。ありすの、こころ、もっと、おしえて。」

はぁ…そんなにも素直な言葉を、気持ちを、視線を向けられてしまうなんて、僕はもう、魂が抜けてしまいそうですよ。

「本当に…ありすは美しいですね」

「………みどりも、だよ」

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夜明け前。僕は最後にもう一度ありすを抱きしめてから、また同じ窓から飛び出します。

「ありす、約束させてください。必ずあなたを救ってみせますから」

「…みどり、やさしい。うれしかった。また、ね」

火照った顔。少し恥ずかしげに微笑みながら、小さく手を振ったありす。僕も笑顔で手を振り返しました。

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(飛んだり走ったりすること、少し慣れてきましたね)

疲れきった体。なんとか家に辿り着き、体をベッドに投げ出しました。手のひらで顔を覆って、足をばたつかせます。

僕、明日こそ殺されちゃうかもしれませんね、ふふふ。見えるところにも見えないところにも、沢山のキスのあとを落としてしまったので、色々と隠しきれないかもしれません。…それでも、ありすの困った顔を見てみたかったのです。

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