恋心が暴走する!生死を超え、世界を手に入れ宇宙を跨ぐ…ヤンデレ男子たちが主役のダークファンタジー小説(全九章。)
はじめに
残酷な表現等を含みます。作品をお読みになる前に以下の注意事項を必ずご確認ください
2章は1章のTrueENDの続編です
星のはなびら二章「沈む、トリフォリウム」
1章のTrueEND!「ズッ友2人きりルート」をみてから、2章を読んでね
最近人気のモデル「しんげつ」の優雅なティータイムをブチ壊してやってきた死神「ゆうぎ」。ゆうぎはしんげつの正体が悪人であることを知っていた。ゆうぎはしんげつを再び悪の道へと引きずり込む…。痛めつけて愛し合う、一か月間の許されない絆。(ゆうぎ×しんげつ)
本編
大きな窓に囲まれた、広々としたリビング。超高層マンションからの夜景は相変わらず美しいな。
黒色で統一された特別注文した家具…テーブルには毎日違う花を飾っている。ハーブティーを飲みながら、やっと訪れた自分だけの時間を優雅に過ごす。ファンから貰ったチョコレート…一日くらい、自分へのご褒美として甘いものを食べてもいいだろう。雑誌の表紙の撮影に、テレビ出演、今日は特に忙しかったんだ。
チョコレートを摘まみながら、スマートフォンを取り出す。最近ようやく折り畳み式のもの(電話とメールしかできない)から機種変更した…機械は苦手なんだ。だが、片手でニュースを見たりできるのは便利だな。SNSとやらを始める余裕はないが。
私(わたし)は新月(しんげつ)。最近話題の人気モデルだ。私が身に着けた衣装は即完売、美しい写真、雑誌の発売日には整理券が配られる。この国は私の美しさに魅了されている。そういったニュース記事を見て、自分と向き合い酔いしれる夜…最高だな(ちなみに酒は飲めない)。
ふと目に入る、最新ニュース…
なになに…行方不明者の情報求む、か。最近…ここ3年くらい…行方不明になる人が急増しているらしい。100人近く、だと!?神隠しではないかと噂されている…非現実的な話だな。行方不明者の多くは犯罪者や暴力をふるうような危険人物、嫌われ者らしく、見つかったとしても既に死体であると…。…自称正義の味方が悪人を懲らしめるために暗躍しているということもあり得るのか?ふん、関わりたくないな…。
次のニュース…女性を監禁していた男の死亡が確認された、か。男の死因は酷い火傷で、家ごと燃やしたらしい。どこにでもいそうな青年のように見えるが、人は見かけによらないものだな。女性は自力で逃げて助かったのか…怖い思いをしたのだろうな。
女性のSNSには多くの応援メッセージが寄せられているようだ…彼女のSNSアイコンには私の写真が使われていた…ふふ、まぁいいだろう。視界に入った彼女のコメントを見て、私は驚いた。ティーカップが手から滑り落ちる。ガシャン…。
『今日は新月ね。心配してくれてありがとう、私は大丈夫。あなたとの永遠のお別れは寂しくもあるけれど、本当に怖い思いをした。頑張って一人で生きていくわ。 ささめき』
これは彼女を心配している人と犯人へ向けたメッセージ…私以外の奴らにはそう見えるのだろうな。しかしこれはこの星で生きているたった一人の「実の兄」に向けた秘密のメッセージだ、間違いない。私は勢いよく立ち上がり、感情に任せ机を強く殴りつけた。ささめきの実の兄とは…私のことだ。私たちの家族という関係とつながりは大切なものだったが、それはあまりに危険で、絶対的な秘密だった。3年前のあの事件がきっかけだった。消息を絶ち、…お互いどこにいるのかも知らなかった。なのにどうして。
「永遠のお別れ、か。ささめき、寂しいことを言うじゃないか…はは…」
私はささめきに会いたかったんだ…もう一度、飯でも食べながら話がしたかったんだ。彼女の身を守るためにも、叶わない、叶えてはいけない夢だとわかっていた。それでも、せめて私が幸せそうに生きているというメッセージを送りたくて、私は計画的に、彼女のために、最短ルートで、手段も選ばずに人気モデルになったんだ。…迷惑、だったか。
(本当に怖い思いをした…と書いてあるが、これは何を意味しているのだろう)
ささめきは男に刃物で襲われ、火事の中逃げ延びたようだが…その話をしているわけではないのだろうな、私にはわかる、私だけがわかる。恐らく…これは私への警告だ。私とささめきの関係を知る邪魔者が現れたのか?私たちを消そうとしている者が現れたのか?とにかく…大きな危険が迫っているのだろう。仕事をしている場合ではないのかもしれない、ささめきと自分の命を守るために姿を消さなければならない、今すぐに。
それにしても…この青い髪の男は間抜けな奴だな。ささめきにコロッと騙されたのだろう。ささめきは、恐ろしい女なんだ。ハニートラップなんてお手のもの、人間を使い捨てにすることにも慣れている、頼れる「悪人」だ。今ささめきは警察から、病院から、大切に保護されている…ささめきの目的はコレだろう、ささめきの心配はいらないだろうな。
しかし…家を燃やして殺すまでしなくても良かったのではないか?
ささめきのことだ…男の精神を言葉や仕草でうまく傾けて誘導し、致命傷にならないような丁度いい刺し方をさせたのだろう…。だが、おかしいな、ささめきは自分の手を直接汚すような奴じゃなかった…それは私の役割だったんだ。家が燃えたことと男が死んだことは、計算外だったのかもしれないな…後悔していなければいいが。
さぁ、この生活も今日で終わりだ。ささめきの痛みと思いを無駄にしないためにも、逃げようか…夜逃げだ。家も仕事も顔も名前もすべて捨てて、生まれ変わって闇に溶ける。
割れたティーカップに目をやる…片づける必要もないか。何もかもが面倒だ。あくびをした、その時だった。突然の爆音、窓ガラスが割れ、夜風が頬を切り裂いた。
ガッシャーン!!!!
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何だ!?何が起きたんだ…。なんとか心を落ち着け、身をかがめて集中する。研ぎ澄ませば聞こえた、何かの息遣い…。
「馬鹿な…何かいるのか!?」
窓から侵入してきたのか!?鳥か?…UFOか?なんだ?冗談はやめてくれ。まあいい、丁重にお願いしてお帰りいただこうか。気配をたどる…ふん、その大きな鏡の裏側にいるのか。
「さっさと出てこい…暇じゃないんだ」
しかし鏡の裏側から出てきたのは鳥でもUFOでもなく…小柄な人間だった。
「…見つかっちゃった、凄いねぇ、さっすがだ♡」
ふわふわの黄色い髪、ギラギラと光る真っ赤な瞳をした男。
ひし形の飾りがついた、黒色のチョーカーを身に着けている。
「びっくりした?ここまでよじ登って、窓ガラスぶち壊しちゃった!僕、凄いでしょ?君に会いたかったから頑張ったんだ。「暗殺者」のしんげつちゃん♪」
登れるわけがない、壊せるわけがない、しかし、そんなことはもうどうだっていい!ささめきが「本当に怖い思いをした」のは、100%こいつが原因だ!!どうして私の過去を、暗殺者であった正体を知っている!!
消さなければ!!ささめきに危険が及ぶ前に…!!!
私はフローリングを蹴り、素早く男の背後にまわった。流れるように、男の首を絞める。ゴキッと鈍い音がして、男の体は空気が抜けたように床に崩れた。直ぐに男が死んだことを確認した。
「はぁはぁ…やったか!?」
私の過去や情報、ささめきとの関係を知るものは、悪人が集う国「裏社会」から足を洗った時に始末した…。もう、私のことを知る者はささめきの他にはいないはず…。あぁ、殺す前に情報を吐かせるべきだったか…?考えるのは後だ!早くここから離れなければ。死体に背を向けた時…
「あはは、強いね、やっぱりすごいや♪」
男に手を掴まれた。チク…手のひらから伝わる痛み…注入された毒が体に染みていく。眩む。眩む。
「君に会えてうれしい♪僕、本当に楽しみにしていたんだよ?暗殺者のゆらめきちゃん」
(それは私の…本当の名前…)
視界が狭まっていく。
そして、私は意識を失いその場に倒れてしまった。
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バシャ!!突然の冷たい刺激に目が覚めた。頭から水をかけられたようで、私の髪、服はびしょ濡れになっている。
(この服!いくらすると思ってるんだ…!)
当たりを見渡す、ここは私の寝室か。いつも風呂場に置いていたバケツが転がっている。手足は椅子に座った状態で、肘掛と椅子の脚に手錠でがっちりと固定されている。椅子はリビングにあったものか…。
(紐なら解けたのにな…。くそ、毒なんか食らってしまった…まだ吐き気がする…)
顔を上げると、黄色い髪の男が二やついているのが見えた。
「目が覚めた?気を失ってるしんげつちゃん、可愛かったよ」
「はぁ、お前は何者なんだ…?」
男はケラケラと笑いながら、軽い口ぶりで話す。私の質問にまじめに答えるつもりはないようだ。
「僕の名前はゆうぎ(柚木)、死神だよ。おばけとか天使とか神様とか、そういうのと一緒にはしないでよね。
死神は生きている人の記憶を見ることができるんだ。だから、しんげつちゃんのことは何でも知ってるよ。
本当の名前がゆらめきだってことも、暗殺者だったことも知ってる。3年前までは家族(きょうだい)と裏社会で暮らしていたよね。ささめきちゃんは妹で…それからしんげつちゃんには双子の弟もいた。弟の「きらめき」ちゃんは3年前、何者かに殺された。しんげつちゃんとささめきちゃんは怯えて、裏社会から脱出してこの国に来た。
僕は特別な死神だからね、好きなものを作り出す魔法も使えるんだ。他にもいろいろ♪例えばこんなこともできちゃう」
ゆうぎと名乗った男は、右手に紙切れを創造した。その紙切れ…写真を見せつけられる。そこには、いつかのきらめきとささめきが、懐かしい部屋で楽しそうに笑っている姿が写っていた。私視点の景色だ…私の記憶を出力したというのか…?男は次々と私の記憶を形にしていく…こんなものが世に出回ってしまったら、私とささめきは…!!!
ああ、頭の処理が追いつかない…。
「…目的はなんだ?」
「目的は一緒に遊ぶことだよ。しんげつちゃんの過去を見てたらさ…しんげつちゃんのこと、大好きになっちゃったんだ♪」
「…私のことが好きになったというのならこんな風に拘束したりはしないだろう?お前、ささめきにもちょっかいをかけたのだろう。目的を言え」
「だから遊ぶのが目的なんだよ。縛り付けないと逃げて行っちゃうでしょ…そんなこともわからないの?僕は大好きなしんげつちゃんと遊びたいんだ…
例えば、こんな風にさッ」
男は、突然、私の頬を殴りつけた。
「ヴッ…」
なんて力だ!この一撃で下の歯を1本折られた…首も痛めた。折れた歯を吐き出す。不快な味が広がる…。
「ま、待て、お前、顔はやめ、ろ…!」
「何?聞こえない」
次に腹部へと強い衝撃が走った。むせ返る。込み上げる。気持ちが悪い。我慢できず、太ももにぼとぼとと嘔吐する。その途中、今度は顔のど真ん中を殴られた。
「げぇっ…げほっッ…なんで、こんなことでき…うぐっ、うう……っ…」
呼吸をする度に鼻血が溢れ出し、顔を汚す。顎を伝う。一方的な暴力…何を信じればいいのかわからなくなって、泣きそうになる。
(ああ、顔は、やめろって…、言ったのに)
暗殺者として人間を観察してきた、戦ってきた私だからわかる…いや、私じゃなくてもわかるだろう…こいつの殴る動作と攻撃力は釣り合っていない、人間離れしている、強すぎる。視線も呼吸も何もかもがおかしい。マンションを登ってきたと言っていた、確実に死んだのを確認していたのに起き上がっていた。死神と言っていたか?…こいつ、本当に、人間じゃないんだ!
「何?考え事?僕を無視して?ねぇ、せっかく遊んでるんだから、もっと、可愛いこと言えないの?そうだ、痛いって言ってみてよ、今すぐ、ほら」
胴体を蹴られる。椅子が倒れ、私の体も床に打ち付けられた。ゆうぎに頭を踏まれる…激しい痛み、屈辱、更には忘れたい過去をも掘り返されて…
「…お前が死神なの、は信じる!!!拷問す、るなら、目的をッ、言えよ!!」
「聞こえなかったの?痛いって言えって言ったんだよ」
くそ、力が入らない…。ゆうぎは私の右手の薬指の爪と皮膚の間に自分の爪を強引に入れる。
「わぁ、綺麗な爪!欲しいなぁ」
「ぁ、ぁあああっ!!!……いッ、だぁ…っ!」
血がじわじわと滲んでいくのが見え、私は思わず目を逸らした。汗が吹きでる。恐怖と痛みに体が震える。毎日手入れしてるんだ!こんなやつに、意味もなく剥がされるわけにはいかない…!
「ゥうう゛、いだいィ゛……いッ、だぁっ!いだいィ゛!!!」
「あはは、知ってる。痛いよね…あれ、しんげつちゃん泣いちゃった?意外とすぐ泣くんだ」
半分ほど剥がされた爪は血が滲み、指は赤く腫れていた。どうしてこんなことになっているんだ?どうしてこんな目に遭わなければいけないんだ?
ゆうぎは私の顎を掴み、無理やり顔を上げさせる。相変わらず気持ち悪い笑みを浮かべている。
「…ぐしゃぐしゃで可愛いね!」
「ぶち殺すぞ!!!目的を言えッ!!!」
「あれ?目的なら最初にいったじゃん!遊ぶんだって♪」
「ェ゛ッげほゲホ、何をしてッ、遊びたいのかを、聞いているんだ!!!」
「やっと遊んでくれる気になったんだ♪ふふ、大人の遊びに決まってるじゃん…可愛い声を聞かせてね。僕、しんげつちゃんのこと、心から大好きなんだよ♡」
ゆうぎは私のズボンに手をかけ、カチャカチャとベルトを外しはじめる。や手錠も外すつものりやようだ。こいつの目的を察して、私はため息をついた。
「…ヤりたいのなら最初からそう言えよ…夜という時間は限られているんだ…」
「…しんげつちゃんそれどういう意味?え?わ、笑ってるの…?」
「ふふふ…なんて刺激的な夜なんだ、悪くないな」
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私は夢を見ているのか?闇に隠れ孤立した黒い世界の中…妹のささめきと、双子の弟きらめきとの3人で、小さな家で暮らしていたあの頃の景色がみえる。
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私たちは悪人が集う裏社会という国に生まれた。殺し屋、暗殺者、呪いの絵を売る芸術家…悪に染まったその国は、人間を簡単に欲望と闇、孤独へと引きずり込む。
国のボスであった情報屋の女に育てられ…その母を幼い頃に失った私たちは、母から盗み教わった沢山の悪行を重ねて金を稼ぎ、協力して生きていた。
双子の弟きらめきは指揮官だった。国中に張り巡らせた人脈とアンテナ、沢山の情報を繋ぎ合わせて受けるべき仕事を判断し、指示する。ささめきが獲物をおびき寄せ、接触し隙を作る。私がそれを実行する。
きらめきも私と同じくらいの身体能力はあったが、ほとんど家から出ることは無かった。万が一襲撃を受けても、幼い妹のささめきを守られるから…そして、実行犯の私と同じ顔を見られることは、危険であると考えていたからだ。彼はいつもディスプレイを睨み、キーボードを叩き、一喜一憂しながら獲物を監視していた。いつも笑っている元気な奴だった。血の匂いを連れて帰ってくる私とささめきを、美味しい料理を作って待っていてくれていた。
…彼は仕事の合間に、よく絵を描いていたな。彼は裏社会からでて、友達を作って遊ぶことに憧れていて、自分の夢を漫画にしていた。
悪に染まった私たちは国の外には出られない、許されない。過去は変えられない。消すことは出来ない。人の心と命を奪い、それを糧に生きている私達が許される居場所は、ここだけなんだ。力を合わせて脱出しても、罰を受けて死ぬことになるだけだ。悪人が集う国…生まれた時から監獄にいる私たち。罪の意識を知らないきらめきに、その話をすることはなかった。
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「あ、ゆらめき兄さんお帰りなさい。今、きらめき兄さんと絵をかいて遊んでいたの。そろそろご飯にしましょうか♪きらめき兄さん、おいしいロールキャベツを作ってくれているのよ」小さなささめきが無邪気に笑う。
「ゆらめきお帰り、おれ、頑張って作ったんだ!後つけられてねぇだろうな!」
「冗談はよせ、つけられているわけないだろう?甘く見るなよ」
「わかってるって!早く座って、早く食おう」
「慌てるな、先に風呂に入る、血生臭くてはせっかくの料理が勿体ない…」
私は仕事が好きだった、気に入っていた。だから、3人で生きていけるのならこのままで構わないと本気で思っていた。国から出たいだなんて思ったこともなかった。守るために、失わないために、大きな仕事も受けながら、暗殺者としての腕を毎日磨き、神経を研ぎ澄まさせて生きていた。
しかし、その日は突然訪れた。帰り道。嫌な予感。異常には…家の前に近づいた時にはもう気がついていた。考えたくない…そう思いながら扉を開けた。
「た、ただいま、…お前達?大丈夫…か」
目の前に…きらめきが倒れていた。真っ白な顔、変わり果てた姿で。
「きらめき!!!!あぁ、いやだ、ぁあ…私を置いていかないでくれよ…」
思わず触れた手に、真っ赤な血がベタリとついた。プラスチックのような、寂しい温もりを感じた。
「誰にやられた?どこで、何でバレた?…きらめきが家族の情報を吐くわけが無い。それとも、まさか、同じ顔の私と間違って…?」
考えても、考えても心当たりはなかった。…恨まれるきっかけは沢山あったけれど。部屋は荒らされ、真っ赤な血が、至る所に飛びちっている。
「ささめき、いるのか!!!!」
ささめきの姿はなかった。その時、血に濡れたスケッチブックがきらめきのすぐ近く…不自然な場所に落ちているのが見えた。慌てて手に取りペラペラとめくると、最後のページに大きな赤い文字があった。イケ、と書かれていた。
「行け…そうか…きらめきは自分を犠牲にして、ささめきを逃がしたのか?そして私にも…行けと、逃げろと言いたい、そうだろ?」
ボロボロの体で最期の力を振り絞って…きらめきはこの文字を書いたのだろう。ひっく、ひっく…涙が止まることは無かった。それでもこれが悪人の末路なんだ。私は上を向き、目を閉じた。
(ささめきはきっとこの国から脱出して生きている…演技も嘘も上手い子供なんだ、うまくやり過ごせたはずだ。私もきらめきの死を無駄にしない行動をとらなければ…
きらめき…いつかあの世で会おうな)
私は使い慣れないパソコンの電源を入れ、今まで受けた依頼を洗い出した。そして、私と関わったことのある裏社会の人間を全員消した。手段は選ばない。そして顔と名前を変え…私を知るものはただ1人…ささめきだけとなった。
私は「しんげつ」として、正体と罪を隠し、監獄から脱出した。
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「っ…ッもうや、やだぁ゛……!ッ!?!?あれ、ゆ…ぎ、終わったのか!?」
目が覚めた。しわくちゃのシーツ…痛くて重い体を起こす。いつの間にか窓の外は明るくなっている。また気持ち悪さが込み上げてきたが、もう、少しの胃液しか出なかった。
「しんげつちゃん目覚めたんだ!よかった…うっかり命刈り取っちゃったと思って焦ったよ…。快楽にまかせて死にそうになるなんて、本当に可愛いなぁ」
私は「遊んでやったのだから本当の目的を言え」と、ゆうぎの腕を力強く掴む。しかし、すぐにバランスを崩してしまった。その体をゆうぎが抱きとめる。私はもう、されるがまま、動くことも出来なかった。
「…少し体を休めたほうがいいよ。全部教えてあげるからさ♪」
ベッドに優しく寝かされる。ゆうぎはベッドに腰掛けている。
(こいつ、誰のせいだと思ってるんだ…)
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ゆうぎが話し始める…
「死神が遊びに来たんだよ?…つまりもうすぐ死んじゃうってこと。僕はしんげつちゃんの死期が近いことを、教えてあげるために来たの♪本当は事前に伝えたりしちゃいけないんだけど…ね?しんげつちゃんのことを色々調べたら、好きになっちゃったし、少し面白そうだったからさ~、運命をこっそり教えてあげたくなったんだ」
「運命…これからなにが起こるというんだ」
「…今日からちょうど1ヶ月後、しんげつちゃんは退院したささめきちゃんとばったり会っちゃうんだ!その時、2人とも事故にあって死んじゃうみたい」
「…は?さ、ささめきまで!?」
「嘘だと思うならそれでもいいけど…」
「…いや、しん、じる」
「ありがと、賢いね♪でも運命っていうのは、簡単には変えられないんだよ!とっても難しいことなんだ。だから僕の言う通りにすること、いい?」
「都合のいいことを…。ふふ、お前は私に何をさせたいんだ?ささめきを人質にして」
「運命を変えるにはしんげつちゃんが全てを捨てて、本当の自分をさらけ出さなきゃいけないんだよ」
「…!?」
「わかる?自分を偽って罪や過去を隠す人間には、それ相応の不幸な未来が用意されているってわけ。それをやめれば、大切なものだけは守れるかもね。…ねぇ、みんなに慕われてる人気モデルさん?
…思い出せよ、お前はなんだ?」
私は呆れたようにふっと笑う。そんなこと、わかりきっている。1度も忘れたことは無い。
「…私は殺人鬼。憎むべき悪、そのものだろう?」
「いいこだね。僕は素直なしんげつちゃんが大好き。でもしんげつちゃん…自分が悪人であることを世間に打ち明けたら、全てを失うことになっちゃうね…せっかく頑張って生きてきたのにね~」
「お前のせいで、もう既にいくつか失ったがな…」
「え!?後ろははじめてかなって思ってできるだけ優しくしようとしたじゃん!すごく気持ちよさそうだったし、もっと激しくッ…とか大きい声で言ってさぁ、僕も引き…いや、びっくりなくらいノリノリだったじゃん…!!何を失ったんだよ!!!」
「うるせぇ!!!顔に決まってるだろうが!!!骨は折れてはないみたいだが、この腫れ方酷いだろう…あと、歯と爪もっ!私の美しい肉体が…」
いつの間にか血は止まったようだったが、気持ち悪さと痛みはまだある…。
「ボロボロのしんげつちゃんも可愛いよ。どうせささめきちゃんのメッセージに従って、仕事もやめるつもりだったんでしょ?」
「ふん…その通りだ。仕事も何もかもをやめて姿を消して、ひっそりと暮らすつもりだった。あのなぁ?つまりモデルだとか仕事だとか関係ないんだよ…わからないか!?私が毎日どれだけスキンケアに気を使って…うぅ…」
「しんげつちゃんはナルシストなんだね」
「まぁ…昔の顔の方が好きだけどな」
ゆうぎが水と濡れタオル、着替え、パンツを魔法の力で作り出す。奪い取るように受け取った。
「私はささめきを守りたい…そのためなら、全てを失っても構わない」
「大丈夫、僕も一緒にいる。最期まで」
私の手にゆうぎの手が重なる。ギラギラと見つめる赤い瞳…。
「運命を変えるためには僕が導いてあげなきゃいけないでしょ?それに、僕はしんげつちゃんの全てを知ってるよ。本当は寂しがり屋で、飢えていることも知ってるんだからね…。ああもう、大好き!」
「黙れ!死神だかなんだか知らないが、もう、…最悪だ。ああくそ、お前の隙をついて殺りたい…悔しい…」
ピーンポーン
「しんげつちゃん、誰かきたよ?ピザかな?」
「ピザなわけないだろうが!!!」
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ピンポーン、ピンポーン
「こんな朝っぱらから…居留守だ居留守。窓も割れてんだ…また今度来い。無理だ、無理」
しんげつさん!しんげつさんいますか!警察です!少しお話を伺いたいのですが!ドンドンと、扉を叩く音が聞こえる。
「…おい、どういうことだ。もう入口まで来てるのか?どうせお前の仕業だろ!」
直ぐにゆうぎを睨みつける。
「ああ、しんげつちゃんの過去について、昨日警察に匿名で情報提供しておいたんだよ。さっき見せたしんげつちゃんの記憶を写した偽造写真もしっかり送っておいたからね!あ、ささめきちゃんのことは関係ない様にしてるから大丈夫だよっ」
「はぁああ????」
「さぁ、しんげつちゃん、逃げられやしないよ、2人で運命を変えようよ。ささめきちゃんを助けたいんでしょ?本性をさらけだすんだっ!!ほら、可愛いしんげつちゃんを僕にみせて!」
そんな声を聞き流しながら…私は重たすぎる体を起こす。
「ややこしいからお前は隠れてろよ」
そして、しぶしぶ玄関へ向かい扉を開けた。真っ赤に腫れ上がったボロボロの私を見て警察官は少し驚いた様子だったが、すぐに昨晩匿名の「探偵」から通報があったということを話し出した。警察署に届いたという、例の写真も見せてくる。
(とりあえず否定しておくか)
「なんですかそれ…知りませんよ、いたずらじゃないですか?そもそもその写真と私の顔は全然違うでしょう?」
「このような資料も添えられてあったのですよ。これはあなたが違法な形をとって顔の形を変えたときの資料ですよね?具体的な情報が埃の様に出てくる…恐らく通報なされた探偵という方も、事件の関係者であると思われます。それから…、とにかく署で話を伺いたい」
(ゆうぎ、手の込んだことしやがって。この証拠の数々は全部この男の手作りだ。昨晩私を好き放題して足止めしていたのは、警察の捜査を進ませるため、そして朝にこの状況を作り出すためか)
「しんげつさん、あなたが拳銃を所持しているとの情報もありましてね…」
「はぁ…そんな物、持っているわけないでしょう」
ゴトン…足元に拳銃が落ちてきた。ゆうぎの小さな笑い声が聞こえた。警察が一斉に家に入ってくる。銃を向けられる。
「取り押さえろ!!」
…最悪なことばっかりだ。取り押さえる、だと?
…やれるものならやってみろ。
私は両手を上げる動作に見せかけながら、シャツの胸ポケットからボールペンを取り出した。このボールペンは護身用の特別製だ、玄関へ向かう時に忍ばせておいた。反対側のキャップをあけると、カッターナイフ程の小さな刃がのぞく。
(寂しがり屋?飢えている?言ってくれるな、その通りだ。私がいくら普通を装って過ごしていても物足りないことばかりだ。…挙句ささめきにも愛想つかされるしな。
いくら優しくされたって、地位を得て認められたって、多くの金を貰ったって、人気者として慕われたって
…満たされることなんてない!!!!!!
私の本性は悪、…生まれつきの悪なんだ。許されたい?変わりたい?思えるか、他人の気持ちなんてどうだっていい。
ナルシスト?そうだ、私は私の悪を愛している、どうしようも無い男なんだ!
自分を解放して…憎まれて恨まれて恐れられて否定されて、その感情をぶつけられて、痛めつけられる…その方が筋が通っていて、刺激的で、気持ちがいいくらいだ!)
「おいゆうぎ!!素直な方が可愛いがってくれるんだよな?ははは、踊らされてやるよ!!!」
「さいっこうだね!」
そう叫ぶと、ゆうぎの興奮した声が返ってきた。私は流れるような動きで目の前の警察官を一直線に切り裂いた。久々に開放する悪、一番美しい私!身を震わせて、舞え!踊れ!えぐる感触がたまらなくて、私は夢中で戦う。長い脚で彼らの体を砕いていく。
パンッ…発砲音が聞こえた
(当ててみろよ)
私は高く飛び上がり宙返りして距離を取った。一歩踏み出した彼の隙をつき、跳ねる血しぶき。一瞬の隙、タイミングを逃さない。静かに、こだわりぬいた動作で、瞬く間に死んでゆく。銃は使いたくない、そんなもの、豪快で大雑把で面白くない。自分の力を込めてヤりたい。そのほうが…興奮する。
…欲望のままに、夢中になっていた。
私がこれほどまでに強くなったのには理由がある。家族を守るため?…それだけじゃない、それは
私が、私の技術に、惚れているからだ!!!!
皆あっという間に動かなくなった。ゆうぎが駆け寄ってくる。私の手を取り、早口で言う。
「しんげつちゃん大好きぃ♡この場を離れるよ、ついてきて!」
私は大量の汗をかきながら、顔を真っ赤にして、へらへらと笑っていた。
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古い空き家。
「疲れた~あいつらしつこすぎ!これから毎日追われまくっちゃうんだろうけどね!逃亡劇のはじまりだ!」
「…はぁ…しぬ…」
「しんげつちゃん大丈夫?めちゃくちゃかっこよかったよ!流石だよ、超興奮した!」
「…こんなに走らせて、壁を登らせやがって!わざとだろ、分かっているからな。あの窓まで登って割って入ってきたお前なら私を運ぶことくらい出来たんじゃないのか…??流石に体がもたない。お前、銃作れるくらいなら、出来るんだろ?ハーブティーをだせ、紅茶でもいい、保冷材も…冷やさないと腫れが引かない」
「僕、ハーブティーなんて飲んだことないからわからないよ…酸っぱいオレンジジュースあげる♡」
(…痛てぇな、まだ血の味がする)
「手加減をしらないクソ死神」
「でも、悪人だって罵られたり、こうやって意地悪されるの、本当は好きなんでしょ?ど、ドえむだもんね…」
「黙れ、勝手に変態扱いするな」
「だって昨日の夜ベッドで、自分で言ってたじゃん!」
「…何か言ってたなら忘れろ」
「うふふふ」
冷やしていたら少し痛みは引いてきた…いや、ただ慣れてきただけなのかもしれない。体全体の疲れやだるさは変わりない。
「おい。これで運命とやらは変わったのか?というか、何故これで運命とやらは変えられるんだ」
「…変わったよ。ささめきちゃんも本当はしんげつちゃんに会いたいと願っていたんだ…でも、2人は悪人だった過去を共有する存在。誰かに何一つ悟られてはいけない危ない関係…強く警戒をしていたみたい。勿論あのコメントはしんげつちゃんの身を案じてのもの。そんな思いやりの心が、2人が偶然出会う運命を作り出すきっかけになっていたんだ。
…けれど、今僕たちが起こした悪行をきっかけに、ささめきちゃんの思いは失望へ変わっていく。もう2人の思いやりの心は重ならない、2度と巡り会うことはない、だからささめきちゃんがしんげつちゃんの運命に巻き込まれて死ぬことは無くなったんだよ」
「そうか…」
失望。その言葉を聞き、また1人家族を失った、そんな気持ちが渦巻いた。私は最悪の悪人…それは自分が一番分かっている。ささめきを巻き込んではいけないということも…。私は変わられない、でもささめきはきっと変わることができる。幸せになってほしい、生きて欲しい。どこか知らないところで…。これで良かったんだ…自分にいいきかせた。
「…さぁしんげつちゃん、これからどうする?しばらくここに隠れてる?ばれたら全員ヤッて逃げようね。ん?…しんげつちゃん?」
「…あ、あれ、ぁ……」
突然手足が震えだした。激しい目眩がする。なんだ?胸が張り裂けるように痛い、苦しい、息ができない。私は胸を両手で強く押さえながら、座りこむ。
「ッ…ェ゛…ッ!」
咳き込むと、真っ赤が飛び散った…それから、ぼとぼとと口から血が溢れ出てきた…
「ッあ゛、なんだ…これ、説明しろっ!!!!」
「説明しろって言われてもなぁ…ささめきちゃんが死ぬ運命は変えられたけど、しんげつちゃんの運命を変えられるとは僕、言ってなかったよね?しんげつちゃんの死期が近いこと…1ヶ月後に死ぬ運命はもう変えられないからね…しんげつちゃんは病気なんだよ…もう治らないんだ、遅いんだ」
「手遅れの病気!?本当か…!?まぁ、私は病院嫌いでほとんどいったこともないからな…。はぁ、健康には気を使っていたのに…まぁいい、その言葉を信じるなら、私はあと1ヶ月は生きられるということだな?」
「そうだよ、病気では死なないね。それまで一緒にいようね」
「お前の言ってた最期までってそういう意味か…。もう私には失うものもないんだ。残された時間は自分の欲望のために使おうか、ふふふ」
「潔いいね、そういうところもかっこよくて好きだよ」
そう言いながら、ゆうぎは布団を作り出し、埃まみれの床に敷いた。私は素直にそこに仰向けでごろんと寝転ぶ。天井には蜘蛛の巣が張り巡らされている。
(汚い…虫が落ちてきたら最悪だ…)
そう思いながらも、疲れた体はじんじんと布団に沈みこんでいく。
「はぁ…あぁしんどい…最悪…おいゆうぎ」
「しんげつちゃん、どうかした?」
ゆうぎは壁にもたれて座っている。
「今すぐ私を抱け、昨晩みたいに」
「ぇえ!?しんげつちゃん?今?ここで??」
「お前私が好きなんだろ?いいだろ別に。仕事も家族も失って、警察には追われていて、しかも不治の病だったんだ…考えてみろよ?最悪だろ?最悪の極みだろ?全部私が悪だから引き寄せたに違いない。私は美しく罪深い男なんだ…。
こんな最悪な気分を晴らす方法なんて、ヤるしかないだろ。お前とのアレはよかったからな」
「別にいいけど…。アレ、よかったんだ…」
「変に優しくしすぎるなよ。いい所で私の事を悪だと罵ってくれ。その時数発くらいなら殴っていいからな、顔以外で」
「やっぱりドえむじゃん…!」
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死神の力というものは本物らしい。私たちは追っ手を始末しながら逃げられていた。ボロボロの体を酷使して、快楽にまかせて戦う…しかし私の体は限界だった、私は人間なんだ。しかし、ゆうぎは私を置いていくことだけはなかった。瀕死の私を担ぎ、コンクリートに爪を突き立ててよじ登って、飛び移って逃げた。自分のケガを再生する力があるらしく、曲がった赤い指を、走りすぎて砕けた脚を再生しながら、壊れながら走り続けていた。彼は…必死、本気だった。
病に体が食われていく…息苦しさ、胸の痛み、込み上げる赤黒い血液…日に日に増していく。あまりに苦しくて痛くて、笑いながら泣いていた。美しい悪人が受けるべき罰なんだと思えば、なんとか笑えた。それに、ゆうぎは意外と面白い奴で、退屈しない。強いしな。出会った頃はボコボコにしてくれたが…こいつはいつだって私の存在や言葉を否定せず、「それでも大好き」だとニヤついて受け入れてくれるんだ。私の正体や本性、秘密…全てをありのままに知られている感覚は新鮮で、正直者の悪人として生きる日々は気持ちのいいものだった。
…今は廃校の教室にいる。窓から差し込む、橙色の夕日とそよ風。埃まみれの黒板の下、2人並んで座っている。隣をちらりと見る…ゆうぎは昼寝をしている。
…ゆうぎ。私の過去に興味を示し、好きになったから行動を共にしている…とは言っているが、本心はわからないままだ。
どうせ死ぬらしい私を、死なせないよう助けるゆうぎ。死ぬまでは一緒にいたいと頬を赤らめるゆうぎ。体を重ね合わせ、好きだという言葉をくれるゆうぎ。
死神にとっては私との1カ月なんて一瞬の出来事、暇つぶしなのだろうか…それともこいつは本物の馬鹿なのか?ただ、彼は私の欲望、真意をよく理解している。それだけは確かだ。
…そう、私はとても満たされている。全てを失った。何も無い私にあるのは、この死神だけだというのに。この、死神1人に全てを満たされている。今、この一瞬、死と隣合わせのこの瞬間に私の人生の全てが凝縮されているように感じる。
だが、ひとつだけ私には気がついていることがあった。はっきりとした記憶ではないが、暗殺者だった頃、彼に出会ったことがある、そんな気がするのだ。
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きらめきが殺されたあの事件の少し前の大仕事。速やかに金持ちのターゲットをヤり、立ち去ろうとした時、まだ微かな生の気配を感じた。
(まだ誰か潜んでいる)
気配の元を辿ると、どうやら小さなクローゼットの中に繋がっているようだった。
(ターゲットの子供か…)
始末するため、そのクローゼットを開けた。ふわふわとした金髪、赤い瞳をした幼い少年が震えて泣いていた。そのギラギラとした赤い瞳は、妹…ささめきとよく似ていた…。
…私はクローゼットを閉めた。見られはしたが、私は黒いマスクで顔を覆っている。子供には正体は見破れない。私はその場を立ち去った。私が唯一見逃した人間。しかし子供一人ではあの後生き抜くのは難しい…それはわかっていた。ゆうぎはあの時の少年によく似ている。
「ふぁー…あれ、しんげつちゃん、なにか考え事?」
「ゆうぎ…起きたのか。何でもない」
「もしかして寂しいの?ちゅーしてほしくなった?♪」
私は、ん、とゆうぎに顔をむける。軽く唇を合わせ、ゆうぎは微笑んだ。
「大好き♪愛の印に僕の黒色のチョーカーあげようか?これずっと大事にしてる宝物なんだ♪」
「…」
「もう!!しんげつちゃん、絶対好きって言ってくれないよね…まだいいけど。そうだ…ひとつだけお願いがあるんだけど、聞いてくれる?」
「はぁ、なんだ?珍しいな。いつもは聞く前に強行するくせに」
「ふふ。あのね、あと1週間でしょ?最期の日。その日の夜、しんげつちゃんは病気が悪化してダメになっちゃうんだけど、その直前に、僕の手で殺させて欲しいの」
「何か意味があるのか?」
「好きだから」
ゆうぎは私の手に自分の手を重ね、そう、ぽつりと言った。
「僕は本気だよ。だからお別れが寂しい…自分の手で終わらせたのなら、気持ちを切り離して受け入れられると思う。しんげつちゃんの首を絞めるんだ…痛いと思う、苦しいと思う。でも…それほどの、僕の好きって気持ちを、わがままを、受け入れてほしい。…嫌ならしない」
「好きにすればいい」
「いいの?」
「ああ…私は悪人だ、怖いものなんてない。ただ、私はお前の感情や言葉のもっと奥にあるものを見てみたい。だから、最期の時は本心をさらけ出したお前を実感して、痛いくらいに苦しいくらいにお前を実感して…そんな風に死にたい。約束してくれるか?」
「うん、わかったよ。約束する。じぁあさ、これだけは覚えていて、僕はしんげつちゃんのことが大好きだってこと、愛してるってこと」
私は重ねられた手を握り返した。
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あの日から1ヶ月がたった…今日が最期の日。
ゆうぎが選んだ最期の逃げ場は海岸だった。磯の匂い。冷たい海風、夜風。銃弾をかわしながら、走り抜け、私達は岩壁にあいた穴の中に身を隠した。浅い海水に浸る足元はびしょ濡れだ。
「銃を捨てろ!」「投降しろ!!」
私たちは想像より早く見つかった…くそ、誰かに見られていたか?大きな声、銃声が響く。穴の中に撃ち込まれた銃弾がゆうぎの耳を掠った。
「うわっ…耳ちぎれるところだった…」
「なにやってんだ、ここまできたんだ、ヤられてたまるか!」
パン!パン!私は奪った銃でトンネルの外へと撃ち返した。
「ふん、当たったか…」
そして、弾の無くなった銃を穴の外へと放り投げた。ゼェゼェ、はぁはぁ…私の荒い呼吸音が、岩場にうちつける波の音を打ち消す。
「ぁ…げほっ、ぅぐッ、げほ…」
「しんげつちゃん!!」
大量の血を吐く。それでも膝を折ることは無かった。座り込めば、このままおしまいだ。拳を握りしめ、シャツの袖で口元の血を拭う。
(まだ、生きている、まだ、まだだ)
恐らく辺りの民間人の立ち入りは禁止され、ここは特殊部隊に包囲されているのだろう。
「しんげつちゃん、ヘリの音まで聞こえてきたよ!」
「だめだ、ゆうぎ、もう逃げられない…穴の奥へ走るぞ!トンネルの入口を崩して塞げるか?」
「まかせて!」
「ゆうぎなら外に出られるだろ?こんな臭いところに長居せず、さっさと死神の国か何かに帰るんだな!」
「…何だか余裕だね、怖いものなしのしんげつちゃん可愛い♡」
「ふっ、馬鹿をいうな、私にも怖いものくらいある…」
大きな音が響き、入口の穴が崩れる。
(これで少しは時間稼ぎになるだろう)
2人で更に穴の奥へと走る。
「怖いものって例えば?」
「虫と病院、それからお前」
「…ふーん♪」
穴の奥は行き止まりだった。ここまで、か。
「もうすぐ日が暮れる、ゆうぎには私がいつ終わるのかわかるのか?」
「もちろん。その様子だと、あと10分もないだろうね」
「ギリギリだな…ほら、ゆうぎ、早くやれ、約束を果たしてくれ」
私は岩壁にもたれ掛かるように座りこみ、シャツのボタンを開けた。
ゆうぎが私を見下ろす。ゆうぎが私の首に手を添える。私は今どんな顔をしているのだろう…痣だらけの顔でも、余裕の笑みを浮かべているつもりだ、だが…きっと私の寂しさは瞳に浮かんでしまっているのだろうな。
「しんげつちゃん、やっぱり寂しいよ…」
「…」
「せめて、最後に…本当の気持ちを聞かせてよ。最後の言葉、絶対忘れないからさ」
「特にないな…」
「ふふ、しんげつちゃんらしいね。でも、お願い…お願いだよぉ…僕たち、愛し合ってるでしょ?だから…だから…」
「だ…大好き。これで満足か?」
「ありがとう、嬉しい。僕も大好きだよ。
ずっと、しんげつちゃんで頭がいっぱいだったんだよ。
心から
死んで欲しいと思ってた。」
「…!!」
その瞬間、ゆうぎは私の頬を全力で殴りつけた。ゆうぎは初めて会ったあの日と同じ様に平然と笑っている。そして体勢を崩した私の手のひらに、包丁を深く突き刺し、硬い地面に固定した。
「ッふーッ…!はッ…」
口から血が溢れ出るが、気にも止めずにゆうぎは私の胸を、グリグリと踏みつける。まるで、その様子を楽しんでいるかのように…。
「…ァ」
私が抵抗をやめると、ゆうぎはやっと首に手をかけた。
「あっ…ぁ、…」
怖い。
「君の弟を殺したときも君の妹を殺したときも、みんな最期は同じ…その怯えた目をしていた」
怖い。
「嘘つきでごめんね」
こわい。
「さようなら。しんげつちゃん」
やっぱり しぬのはこわい。
両手で強く強く締めあげられ、視界が狭まる…暗くなっていく、
あぁ、ゆうぎの顔が、滲んでいる。
私は、泣いていた。
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