星のはなびら四章「とじこめて、あいびぃ!」

街灯に照らされる夜道。ショッピングモールへと向かう足。

からすがいる…それだけで仕事の疲れも退屈も、吹き飛んじまうなんてなぁ。今日なんてゆずは先輩に「…何かいいことあったの?最近のさくら君、なんだか楽しそうだよ」なんて言われてしまった。

今日の夜ご飯はどうしよっか。出会って2ヶ月記念日だし大きな苺を買って帰ろうか?苺を食べていたからす…可愛かったしな。でも、同じものだと飽きちまうか?

なんて考えていたとき、…後ろから、聞きなれた、聞こえるはずのない声が聞こえた。

「ま、守り人様…」

振り返ると、そこには悪魔がたっていた。は?なんで、こいつがここにいるんだ?

「…死にてぇの?天国で大人しくしておけって命令したつもりだったんだけど」

「も、申し訳ございません…どうしても…伝えたいことが!!」

震えながら俺の足に縋り付く悪魔。余裕がない、こんな彼女を、俺は見た事がない。

「くそ…とりあえず天国で話を聞く」

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「…で?」

「あ、あの侵略者…守り人様が大事にしてる侵略者についてなのだが…天国で守り人様があまりにも嬉しそうにその侵略者のことを話していたから…我は…少しばかりの興味と…嫉妬心を抱いてしまったのだ。

どのような侵略者なのか詳しく知りたいと思い…我は命令に背き、こっそりとあの侵略者を見に現世に降りてしまった…」

「ぁあ?…勝手な事をしやがって…死ぬ覚悟が出来たってことかよ!!!」

俺は怒りの感情に任せて、彼女の頭を踏みつけた。

「ぐッ…守り人様!!!しかし!!!わ、我が…この事実をお伝えできなければ、我も守り人様も死ぬ、この星は消えてしまうのだ!!!

よく聞け、守り人様は踊らされている!!!」

「偉そうな口ききやがって!!!」

「我はあいつの…からすの記憶を、過去を見たんだ!!!これが証拠の写真の数々だ…我の記憶を写し出す力で、あの侵略者の記憶をそのまま切り取った物だ…」

「からすは俺に隠し事なんてしな…

写真、目に飛び込む知らないからす。

「え…何コレ」

両手で作ったピースマーク、白目がちの瞳。濡れた体。知らない男と女と…色んな生き物と大胆に、淫らに、体を重ねて笑っている…俺の知らない、いやしいからす。

「からすは、星の侵略者

我が見た彼の記憶…事実だけ伝える…それ以上は口を挟まない…どうか…ご判断を

守り人様」

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ー黒色の星(からすの過去の記憶)ー

遠い星の守り人の女が、黒い髪、黒いコートを着た紺色の瞳の男に怒鳴りつけている。

「x-&エクスキューショナー0052’7!セブン、お前はまた侵略に失敗したのか!お前も誇り高い戦士の1人だろう?他の戦士を見習え!」

「うげぇッ守り人様ぁ。し、仕方なかったんだ。わたしは頑張ったぞぉ〜」

「仕方なかった、仕方なかった、仕方なかった、仕方なかった…お前はいつになったらまともに仕事をするんだ…。…言い訳は不要だ。どうせ、また、ターゲットの守り人と寝るだけ寝て帰ってきたのだろう?はぁ、その性欲はどこから湧くんだ?」

「だって!守り人って、特別な存在なんだ!星を背負ってひとりぼっちで一生懸命に生きていて可愛いんだ!わたしは守り人属性に萌えちゃうんだ〜♡

恋愛ゲームしたくなるし、好きにされたいし好きにしたい♡殺すだなんてできないし」

「はぁ…私はお前の持つ、「特別な力」に期待しているんだ。それがなければとっくに首をはねている。

お前の瞳に宿る特別な力…それは

目を合わせたものを恋に落とす力

感情をコントロールする、その魔性の力があれば、簡単に星を侵略してしまえるはずなのに…。戦闘能力ゼロのお前でもな!このバカめ。

お前はいつも特別な力で守り人と両想いになり、エロいことばっかりして、最終的にバレて、傷まみれで逃げ帰ってくる。

しかし今回こそは、真面目に働くと約束したよな?悪いが、お前には厳しい罰と使命を与える。場合によっては…死んでもらうからな」

「ば、ばつぅ!??」

守り人は男に手のひらをかざし、その体に不思議な光を送り込んだ。

「…ヴェッ!!ごほっごほ、なんだこれ、胸が苦しい…守り人様、わたしに何をしたんだっ!」

激しく咳をする男を無視し、守り人は青い星が映ったパネルを見せる。

「聞け。お前が次に狙うのはこの青い星だ。小さいが、3000年以上は存在している強星。この桜色の髪の守り人は、相当な力を有していると思われる。守り人についての情報は事前に探査係が集めている。既にお前の宇宙船と拠点も用意している」

「は、はぁ…こ、この子もえっちそうだなぁ

「お前には星に到着してから3ヶ月の期間をやろう。3ヶ月もあれば、余裕を持って使命を果たせるはずだ。

死に物狂いで全うしろ。

いいか?お前の胸に宿したその光はな…

時限爆弾なのだ」

「ば、ば、ばくだん!?」

「そうだ。この小さな星ならば、半分は吹き飛ばすことが出来ると予測している。侵略すれば解除されるが、逃げたり、恋や性欲に溺れて3ヶ月が過ぎれば、強制的にお前の体ごと大爆発する。自ら志願して侵略者になったのだろう?何としてでも侵略者として仕事をしてもらうぞ」

「はぁ、鬼畜すぎる、最悪だぁあ!!!」

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悪魔は続けて話す。

「からすは他の星へ自由に行き来できる手段欲しさに、侵略者という仕事についた。そして、欲望に従って、寂しさを埋めるためだけに生きてきた奴なんだ!

あいつはこの星で自爆するつもりだ。守り人様と、気持ちよく心中して、全て終わらせるつもりなんだ!!

だからあいつの気持ちは守り人様のものとは違う…!!」

悪魔の考え方や力の使い方は、長年見てきている、十分わかっている、だからこれが嘘であると疑うことは…できない。

「悪魔、もう、天国へ戻れ…」

手に取った写真を握り潰し、立ち尽くす。

心が白く変わる、色をなくしていく。

硬い鉄のように、冷たくなっていく。

俺は今どんな顔をしているのだろう。

からす…

からす

からす?

いったいどういうつもりなんだ、何を考えているんだ。

あと1ヶ月じゃねぇかよ…

なぁからす

マジで自爆なんてするつもりなのか?

嫌だ…

お前は、まだ「侵略者」だったのか?

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ガシャン!!!鉄格子に鎖がぶつかり、耳障りな大きな音を立てる。怒りのままに限界まできつく閉めた首輪。手足を拘束されたからすが檻の中で喚き、暴れている。俺は悪魔が作り出したあの写真を、その侵略者に向けて投げつけた。

からす全てを認めて、開き直っている。

「からす!!!俺のこの恋心は、お前の特別な力で…仕組んだものだったのかよ!!!」

寂しい感情をぶつけるように、涙を振り乱して叫ぶ。

「ちがう!!!違う!!!何度も違うと言っているだろう!!!わたしはこの星では、何の力も使っていないんだ。力を使う前に、さくら君が勝手にわたしのことを好きになったんだろう!!!」

「勝手に…?もうからすのことなんて、何も信じられねぇ!!!おかしいだろ、好きになった奴を殺したいと思うかよ、好きなら思えるわけねぇよ!!!はじめてって言ったくせに、本物のドヘンタイだったしよぉ!!!」

「はじめてだって嘘ついたことも何度も謝っているだろう!?わたしはさくら君の事が好き!!!…げほ、げほっ…どうしてわかってくれないんだ…!?

あの日、あの時…話したじゃないか。守り人と侵略者として後戻りできないことをする覚悟について!

さくら君…星とからすを天秤にかけて、からす選んじまってんだーって言ってくれたじゃないか!!

わたしだって、「自分の命」と「さくら君への恋心」を天秤にかけて、とっくにさくら君への恋心を優先すると心に決めていたんだぞ!?

可哀想なわたしと、一緒に死んでくれる守り人が、やっと見つかったと思ったのに…!!!!

冗談じゃない…わたしはさくら君を信じていたのに…やっぱりさくら君にとってわたしはオモチャで、さくら君はわたしの心を遊んでいたのか?」

…。

違ぇ。

違ぇよ。

俺はからすとこの星で愛し合って、秘密の恋心を共有したかったんだよ。この星にいてはいけない侵略者のからすを使命から解放して、守りたかったんだよ。

俺が天秤にかけていたのは、俺の恋心でも命でも星でもない。勿論からすの命でもない。

「この星の守り人として侵略者を消さなければいけない使命」と「侵略者のからすを愛して守りたい恋心」だよ。

全然違うじゃん。

からす…お前が守っているものは、酔っているものは、「俺への恋心」じゃなくて「自分が抱いている恋心」なんじゃねぇの?

…この恋は魔性の力による強制的なものだったと、割り切れたら楽なんだろうな…でもそれだけは、からすの言う通り違う気がしてる。

この恋は運命でもなんでもなかった。からすなんか二度と信じられない、期待しない。どうしてもそんな風には思えねぇんだ…。これは俺が選んだ、俺がハマった初恋なんだ。簡単に抜け出せない…だから俺はムカつくからすのその頬を、一発殴る事もできねぇ…!

結局俺はからすのことを愛している、求めてる。からすのこと嫌いになることもできやしねぇんだ…。

だって、からすのこと手に入れた気になってた。

閉じ込めておかなくても大丈夫って思えるくらいに信じてた。

信じてた。

なんだこれ、ただただ寂しい。失望感。無力感。

心が締め付けられて、全部押し出されて、空っぽになったみたいだ。

俺はからすを大事にしたいと思っていたけど、俺はからすに大事にされていなかった。

なあ、もっとさ、俺の心を見てほしいよ。

寂しい…寂しいよ。

やっと俺、優しくなれたのにな…。今のからすを見ていたら、俺も「自分の抱いている恋心」を、自分勝手な気持ちを優先したくなっちまう…。

「からす、ごめんな」

俺は翼を広げ、からすが入っている檻を持ち上げた。現世の空間を破り、急降下する。地獄へと飛び立つ。

え、さくらく…?うわぁあああああああ!!!」

地獄の岩壁を見渡すと、不自然な形に盛り上がっている箇所がある…この穴は例の堕天使が開けた穴、ひまわり畑の霊界に繋がる入り口だ。俺はその下あたりを全力で蹴り、新しい穴を開けた。その穴に、檻と身を埋め、入り込む。

その瞬間。あたりの景色が、白く四角い箱の中にいる様に変わった。まるで病室…。そう…俺はからすを現実世界から、地獄の隙間に今新たに作り出したこの白い世界へと連れてきたんだ。

…からすを閉じ込めるために。

俺はからすの拘束具を掴み、その体を檻から引きずり出した。からすは顔をしかめながら、掠れる声で痛い、と呟いた。からすは空間を急降下する衝撃に疲れ切ったようで、横たわったまま動かなかった。

「なぁ、からす

俺、からすのこと諦めきれねぇんだ

信じられねぇのに、まだ好きなんだ

心も体も譲れないから…こうするしか思いつかなかった」

俺の言葉に合わせて…白い箱は、固く冷たい鉄格子へと姿を変えていく。鉄格子に囲まれた薄暗い空間。

「ぁああ…嫌だ、さくら君…さくら君はわたしを、こんなところに置いておくつもりなのか?寂しい、寂しくて、辛い…いやだ、いやだぁあ、出して、だして!!!」

「泣くなよ、大丈夫。死にはしない。

この世界は時間が進むのがものすごく遅いんだ。そんな風に作ったんだ。だから、そんな爆弾、いくら待っても爆発しねぇよ。

この檻の世界は、入口に、細工をしていて、出入りした時は現世と同じ時間感覚になるように調整もしてあるんだ。だから、俺と生きる時間がすれ違ったり、おかしなことにはなんねぇよ。ご飯持って会いに来てやるし、記念日には大きい苺を食べさせてやるし。

何も変わらねぇよ

からす、元々檻の中にいたじゃん?

よかったな、これからもずっと俺と一緒だ」

「ぁ…あ、ぁあぅ…うぅ…怖い。なんだかこわいんだ。変わってないだなんて思えない…。

えっと、す、すまなかった、ごめんなさい、わたしが悪かった!!

力を使っていないのに愛されたことなんて今まで1度もなかったからんだ…だからわたしは

さくら君のことが、信じられなかったんだ!!!

それだけの理由だったんだ…

だから、だから、置いていかないで…

お互いを信じきれない檻の中。それでも死んでも離れない、離れたくない。涙に掠れた声を背中で聞きながら、俺は大きな檻の扉を閉めた。

あはは、はぁ

そうだなぁ…「気が向いたときに」会いに行ってやるよ。

だからからすは、その暗い世界で、俺の名前を呼び続けて泣き叫んでいて。

まぁ、ときどき甘い蜜をやるからさ。その綺麗な瞳を焦がして、狂ったように俺を求めて待っていて。

なぁ、俺、どれくらい変わっちまったのかな。

日中は「事件起こした上に例の霊界に攫われちまった先輩」の代わりに、花屋の正社員になって真面目に働いて時間を潰す。侵略者を常に監視して、この星を真面目に管理している。悪魔ももう、天国で大人しくさせている。

何も楽しくない、何も美味しくない。目をそらせない寂しさを積み重ねて、少しづつ慣れていく、そんな風に生きている。

今ならあの時のからすの気持ちがわかる気がした。欲望に従って、寂しさを埋めるためだけに生きて、気持ちよく心中したがっていた気持ちも全部。

それでも、今日のからすも可愛いと思えた。俺の姿を見た途端、泣いてしがみついてきてくれたから。

寂しさにぐちゃぐちゃになって、俺の存在に必死になって、夢中になって震えているからす。

別れ際に、愛を一番強く実感できる俺。

…そんなの、苦しいけど。

今夜も、しくしくと泣くからすを揺らす。体を繋げている、この瞬間だけは、何もかもを信じられる気がする。からすは泣きながらも、どこか幸せそうに笑っている。

とっくに気がついてる。からすはこの関係を受け入れているんだ。元々寂しさに慣れているからすは、俺を手に入れたことで、出会った頃よりも楽になれたんだ。

からすと同じところまで堕ちた俺。俺と同じところまで堕ちたからす。

からすは言う。初めて指先を絡めた、あの時と同じ、声色で。

「好きにしていいぞ…さくら君が満足出来るように…していいから」

END(五章につづく)

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