星のはなびら五章「天国と霊界の化身」

三話

ーひまわりの霊界ー

ゆずは先輩と2人並んで腰を下ろした。

悪霊にのませたのは睡眠薬…じゃなく、少しづつ魂を壊す毒薬。悪霊を退治するために、さくまに作ってもらった…悪霊と言ってもささめきにとっては実の兄の魂だ…だからささめきにはこの計画は言えてない。

毒薬が効いている間に、ゆずは先輩と話し合いをする作戦。悪霊と縁を切って、大人しく天国に来てもらう。それが嫌だというのなら、ゆずは先輩の心を壊し、まっさらにしてから現世に転生させる。そして、壊れた悪霊の魂ごとこの霊界は消す。

強引だろ?わかってる。

…それでも、俺は「ある理由」から、どうしても、この霊界と悪霊をこの星から消してしまいたいんだ。

いきなり2人の魂を壊してしまわないのは、ゆずは先輩だけは天国に連れて帰って、助けたいと思っているから。それから、俺の…心の整理。まだ、勇気は、湧いてない。

「ゆずは先輩、この霊界に100年は住んでいるじゃないですかぁ…」

「いるじゃないですかぁ、じゃないよ、感覚ないし。マジか、オレもうそんなにいるの!?」

「ゆずは先輩、そろそろ天国に来ませんか?俺なら連れていけますよ」

ゆずは先輩は心から驚いた様子だった。いつもはぼんやり半開きな瞼が大きく開かれ、鮮やかな緑色の瞳がまるまると覗いている。こんな顔、初めて見たかも笑。

「で、でられるの?」

「この霊界は一度入れば魂が定着して出られなくなってしまう呪いがかかってる…けど、星の化身である俺なら話は別!俺はこの星の全ての世界を行き来できる力を持ってますし、この星は俺の体みたいなものっすからね。

俺の力で、力尽くにはなりますけど…ゆずは先輩をこの霊界から引っ張りだして、天国へ連れていきます!

天国は楽しいところっすよ。

ここにいるのは辛いっしょ?…てなわけで、一緒に来てくれますか?」

「ふうがも一緒に行けるんだよね?ふうがは俺の特別な友達なんだ。霊界の外も探検できるようになったら、ふうが、絶対喜ぶな…」

ゆずは先輩の瞳が輝く。まぁ、そうなるよな。朝のゆずは先輩と悪霊の男の2人の様子を見ていれば、そう言われるような気はしていた。特別な関係なんだろうな…俺は思わず目を逸らした。そんなに簡単に話が進むはずないか。

「すみません、それは出来ないんです…」

「そっか。だよね。オレ、ふうがと一緒にいたいから…天国に行く話は断るよ」

「で、でも、先輩には…どうしても天国に来て欲しいんです、俺、ゆずは先輩を放っておけなくて」

「…放っておけないって、どういうこと?なんていうか、今更じゃん…?」

俺はゆずは先輩の右手首を掴んだ。向き合う顔、強い眼差し、はっきりと伝える。

「…俺、ゆずは先輩のことを助けに来たんすよ!!!」

「…助けに?」

「この霊界にこれ以上留まることは危険なんです…俺を信じて欲しいんです!!

100年ふうがさんといたんですもんね、彼に心が傾くのは当然…ゆずは先輩の気持ちは想像できます。たとえ彼が、ゆずは先輩の命を奪った存在であったとしても、二人の間にはもう、強い絆があるんですよね。

それでも俺は【ゆずは先輩】の魂や心を見殺しにはできねぇし…この気持ちだけは譲れないんです!!」

「…こ、怖いこと言わないでよ、き、危険って何?」

「ふうがさんはただの霊じゃない。

魂に、大きな呪いを埋め込まれた霊なんです。

ふうがさんは生前、恨まれていた。悪人だった。だからある堕天使に復讐された。堕天使はふうがさんの中身を全て出して心を壊し、この地獄の壁の中にこの霊界を作り出し、魂を閉じ込めた。

ふうがさんの本当の姿が人間らしくないのは、人間らしい知識はあっても自分が人間だったかの確信が持てない、実感がないから。全て壊されて、何もわからないから…。

ふうがさんに復讐をした堕天使は、ふうがさんの頭の中に、特別な力と呪いを込めたひまわりの造花を詰めたんです。

特別な力は…霊力を扱う力のことです。

そして、造花は今もふうがさんを呪い続けている。

それは、魂にまで侵食し、心や人格を…じわじわと壊し許さない…我を失い、孤独に狂った悪霊でありつづける運命へと導き続けている!

…そんな呪いの運命に導く造花の力を俺はこう呼んでいます。

憎悪の力!

ゆずは先輩がふうがさんを孤独から救う大きな存在であったことは確か。それでも、その造花が宿っている限り、いくらゆずは先輩が彼を支えて、彼自身が抗おうとも、運命からは逃れられない…!

ふうがさんは近いうちにまた壊れる…頭痛はその前兆…。

ゆずは先輩を壊し、他の人間を攫い、この星を蝕みつづける…それが、この霊界と彼なんです」

ゆずは先輩は下を向いて動けなくなっている。真剣な表情で、握りしめた手を小刻みに震わせている。その瞳は、光を失い、残酷に濁りきっていた。

「…ふうがが、また壊れてしまうっていうのか?

そうか…さくら君は、憎悪の力を食い止めるために、ふうがとこの霊界を消しに来た。オレだけは助けて、天国につれて行こうとしてるんだね。

教えてよ。この霊界を作り出して、ふうがに呪いをかけた堕天使は今、どこにいるの?オレ、そいつのこと、許せない…」

「魂ごと消えてもう、もうどこにもいないっすよ。時間もない、俺の力では救えないんです…だから先輩だけでも!!!」

俺は涙目になっていた。らしくないか?それでも、必死に先輩に伝えた、伝えたんだ。でも…ゆずは先輩はそんな俺の気持ちなんてわかっているよ、とでも言うかのように、静かに、目を細めた…。

「さくら君。悪いけど、オレの気持ちは変わらない。ふうがと一緒に呪われて、悪霊になってしまってもいいよ、それでもオレはふうがと一緒にいたい」

こいつマジかよ。俺は次の言葉を詰まらせる。

「…なぁさくら君」

ゆずは先輩が俺の肩に手を置いた。目を泳がせる俺の顔を覗き込むようにして、しっかりとした口調で言う。

「さっき時間がない…っていってたよね?今の今まで来なかったのに、わざわざこのタイミングでさくら君はここへ来た…。オレを助ける覚悟も、消す覚悟もままならないまま。

さくら君は焦ってるんだ…。この霊界を、オレとふうがを放っておくことができない事情があるんじゃないの?」

「…そう、です。憎悪の力は水のような形をしていて、霊界の外へまで流れてきているんです…困ってて。地獄の壁をきっちり塞ぎ直したりはしてみましたが、それでも通り抜けて…雫のようにぽたぽたと垂れてきていて…」

「呪いが広がってる…?それは、この星にとってそんなに大きな問題なのか?」

「【この星の大きな】問題っすよ…。【地獄】にまで流れて垂れてきそうなんです。このままだと、【地獄で暮らしている沢山の霊たち】の魂まで一緒に壊されてしまう…!

堕天使の悪行は許せることじゃない…だけど、ゆずは先輩、ふうがさんのことも許しちゃいけないんだ!

4年くらい前か…神隠しとも言われている行方不明事件…。その犯人は、全部壊れたふうがさんだったんです!

寂しさから作り物の人格を持った彼は、友達欲しさに、霊や現世の人間の命を奪い攫っていた。100人近く!

ゆずは先輩なら、攫われた人がどれだけ怖い思いをしたか、わかるでしょ?残された人だって、どれだけ悲しい思いをしたか…。

ゆずは先輩とふうがさんは、そんな人達の魂を踏みつけて、自分たちだけ幸せになろうとしているんですよ!

友達ができたって意味なんてない…。結局増悪の力に運命をねじ曲げられ、人格を奪われ、壊し壊され狂ってしまう。その繰り返し…!

俺は土の下に眠る、空っぽで泣き続けている魂を、天国に連れて帰るつもりです。もう元には戻らないけれど、せめて現世に転生させて、生まれ変わらせてあげたいから。

残酷ですよね、俺。可哀想で見て見ぬふりしてきたんです、許してくれとはいいません…でも、諦めて欲しいんです。

それでもこれはこの【星】の問題なんだ…。俺は守り人…【この星の】秩序を乱す存在を、この霊界を、これ以上見過ごすわけにはいかないんだ」

「さくら君って酷い神様なんだね…」

ゆずは先輩はそう呟いて、顔を覆って項垂れた。それから、崩れ落ちた…茶色い地面に沈み込み、真っ白の服が汚れることなんて気にもとめずに、喉を枯らすようにしくしくと泣いている。

「ふうが…嫌な予感はしてた。枯れるはずのないひまわりが枯れたり、ふうがの頭が痛くなったりさ。

幸せにしてあげたかったのに、オレ、なにも知らなかった

何も…してあげられない…?

どうして?どうしてだよ。オレはまた大切な人を…守れないのか?

結局オレたちは、神様の手のひらの上で鳴くオモチャなんだ

オレは誰のことも

幸せにできないんだ…」

ゆずは先輩は顔をあげて、悲しそうに、俺を見つめた。それから、優しく笑った。まるで、俺に、大丈夫だと伝えるみたいに。

「悲しいけど…オレたちが存在することで、地獄にいる多くのお化けの魂を奪っちゃうなら受け入れるしかないよな。

でもオレ、それでも天国にはいかないよ。ひとりぼっちの寂しい幸福なんていらないからさ。

オレもふうがと一緒に消える、どこまでも一緒にいたいんだ。

オレ、ふうがに本気で恋してるんだ。100年愛してるんだ。

…だから、ふうがは

オレの手でやらせて」

「ゆずは先輩…ごめんなさい…辛い気持ちにさせて…」

「…仕方ないよ、だって…運命って抗えないものだから。

でも、オレ、ふうがに喧嘩で勝てたことないんだ。ふうがには、痛い思いとか辛い思い、させたくないし。さくら君、なにか道具貸してよ…ナイフとか、そういうの」

土と涙でぐちゃぐちゃの顔。寂しそうな、諦めた顔。俺はゆずは先輩の手に、ポケットに入れていた金槌をのせる。…護身用に、一応持ってきていたやつ。

金槌を落としそうになりながら何とか握り、よろよろと立ち上がった先輩と、ひまわりに囲まれた空虚な夜道を歩き出す。家までの道が分かる先輩の後をとぼとぼとついていく。

「ふうが…ごめんな…」

ゆずは先輩の囁くような、絶望の嘆き。

「ごめん…」

空っぽになる世界。いなくなる人。

…これでいい。

…これでいいんだ。

ふと…前を歩く先輩が立ち止まった。体が、足が、小さく震えている。行き場のない重い感情に引き止められたその足…。

「先輩…」

俺はその背中に手を伸ばした。

ーその時だったー

先輩の右手が、金槌を持っていた右手が

青い花火の様に発光し、弾けたのは。

「ふうが、ごめんね。オレ、やっぱり悪で」

「!?」

俺は目が眩むようなその眩しさに、反射的に手で視界を遮った。その隙間から緑色の眼光が見えた。と、同時に鋭い痛みが走る。

「ぅぐッぁ!?!?」

鮮血が、ひまわりの黄色い花びらに、凄惨に撒き散らされる。俺の服を汚す、足元を汚す。

1歩下がる。視線を落とす。切り落とされた俺の4本の指が、血の水溜まりの中に落ちている。

混乱する。息が上がる。何が起きたんだ?

ゆずは先輩は青く変色したひまわり畑を背に、金槌ではなく包丁を俺に向けて笑っている。全部、演技だったのか?あの笑顔も、あの涙も…?

そして、油断した俺を押し倒し、俺の胸に包丁を突き立てた。

「ウグッ…ギ…」

「ここはオレとふうがの、永遠の霊界

幸せの監獄…

星がどうなろうが、相手が神だろうが

何が、誰が犠牲になろうが構わない

オレたちの邪魔するやつは、消すだけだ

オレとふうがを侮るなよ

ボロボロにして、土に埋めてやる…… 

ここがあんたの墓場だ!!

「っ…ゆずは先輩、れ、霊力が使えるのか!?まさか、ふうがさんから溢れた憎悪の力の影響で、ゆずは先輩の魂にも霊力が流れ込んで…?」

「…ゼロから物を作り出すことは出来ないし、物をちょっとだけ変化させる程度だけど。こんなに派手に力を使ったのははじめてだったけど、成功した。

きっと、運命はあんたじゃなく、オレに味方してくれているんだ」

「ぐっ、…いってぇ…どうするつもりだ、何のつもりだ、力づくで解決できる問題じゃねぇことくらいわかれよ…!!!ゆずは先輩、ビビっておかしくなっちまったのか??」

ゆずは先輩は、月明かりよりも眩しく、瞳を光らせた。

黙れ嘘つき!!さくら君の目的は、さっきの会話から見破ってる。

わかりやすい【嘘】(【】の言葉はゆずはが感じた嘘)を並べてたよね。

あんたは星の化身である立場と力を利用して私欲のために…強引に物事を進めようとしている。

だけどオレ、あんたの思い通りに動くつもりはないよ

いいから早く、ふうがに飲ませた毒の解毒剤を出せよ」

「げ、解毒剤…【無い】に決まってるだろ…」

ゆずは先輩は俺の胸に刺さったままの包丁に力を込めた。更に深く刺さる、肉を切り裂く。

「嘘つくなって。

ふふ…さくら君は残酷な星の化身…簡単にオレとふうがのことも、消してしまえる。だけど、オレのことだけは天国に連れ帰って、助けようとしてくれるだなんて、甘いんだね。

でも流されない…オレには言葉の嘘を見破る特技があるんだ。

嘘をつくたびに、目を逸らしたり、瞬きの数が増えたり、頬を触ったりする。さくら君はオレからすれば、本当にわかりやすかった。

だからさ、思い知らせてやるよ。オレの推理ってほどでもない、勝手な思い込み、想像…聞いてくれる? 」

「…、な、なんだよ!俺の何がわかるっていうんだ!?」

「…さくら君、『【ゆずは先輩】の魂や心を見殺しにはできねぇし…この気持ちだけは譲れないんです!!』って言ってたよね。ゆずは先輩、の部分が嘘だということは、さくら君の目的はオレじゃない。オレじゃない誰かを救うためにここに来たってことでしょ。

『【この星の大きな】問題』とも言ってたよね。…きっと、この星に直接関係はない、さくら君の個人的な問題なんでしょ?

『憎悪の力が【地獄】にまで流れて垂れてきそう』…つまり、地獄にまで流れることはない。でも水のような形をしていてぽたぽた垂れるっていう表現をするなら、地獄までは届かなくても、このふうがの霊界の下にあるものに影響を及ぼしているとか?

…この霊界でも地獄でもない、この霊界と地獄の間に存在している別の世界に流れてきそうで困っているのかなって思った。

『このままだと、【地獄で暮らしている沢山の霊たち】の魂まで一緒に壊されてしまう』…地獄ではなく、その別の世界に住んでいる人の魂が壊れそうなのかな。きっとそいつはさくら君の特別な人…嘘をついて隠す必要があるってことは、後ろめたいことがあるのかな?

許されない関係…?それとも監禁している、とか?

『それでもこれはこの【星】の問題なんだ…。俺は守り人…【この星の】秩序を乱す存在を、この霊界を、これ以上見過ごすわけにはいかないんだ』…さくら君が見過ごせないのは星じゃない。

さくら君の目的は…オレのことは天国に連れていくかダメだったら壊すかして、とにかくどんな手を使ってでも、ふうがの中の憎悪の力を封じ、その力を消し去ること。ついでにこの霊界の土の下に眠っているらしい魂たちを天国へつれていくこと。そして元凶であるふうがと、この霊界を消し、無かったことにすること。さくら君の罪も、全てを…無かったことにすることなんだ!

別世界に閉じ込めている特別な存在を、憎悪の力から守るために!!!

守りたい何かのためなら何でも出来ちゃうなんて、おかしいよな、狂ってるよな。

オレもふうがのためなら何でもできちゃうよ…だってふうがもオレも譲れないよ、大事な後輩のさくら君相手でもね

ねぇ、オレの考え、合ってる?

ほら

はいか、いいえで応えろよ」

全身が凍る。そんな感覚がした。…本当に先輩は、俺の心を見抜いているのか?まさか、ゆずは先輩は、からすの存在に気がついているのか?

俺はからすを、今も閉じ込めている。この霊界の下にある、別世界に。

嘘をついた、裏切った、ムカつくやつ。だけど、1年たった今も、俺の恋心は冷めないままだ。思い通りにならないらからすに対して、悔しくなる度に、寂しさが増して、好きを自覚してしまうんだ。

からすはいつもお腹をすかせていて弱っているし、大きな声で泣いている。それでも、寂しい気持ちに慣れているからすは、俺よりも悠然としているような雰囲気もあって。

変わる俺、変わらないからす…俺ばっかり、悩んで寂しがってさ…。そんな心を埋めたくて、俺はいつも最低なことばかりしている。自分のためにからすを思い通りにしようとして、傷付けて、大切にできなくなっている。

…このままじゃいけないよなって、強く思った。

その気持ちをからすに打ち明けようとした時に…憎悪の力が、からすの世界に流れ込んできたんだ。

このままじゃからすが壊れてしまう…。

だから、俺は…、俺は!!!

「答えろよ。はいか、いいえか。」

ゆずは先輩に、違うと言えば…結局嘘だと見抜かれるのか!?からすの存在は、俺の心と、星の化身の弱みそのものなんだ。

「ぁ…」

何も、いえねぇ…いえねぇ…言いたくねぇ。何やってんだ、俺!!!考えろ、考えろ、何かしなくちゃ…なにか!

でも、尊敬していた、好きだったゆずは先輩を…壊す勇気はまだでねぇ。

体はまるで冷たくて痺れる氷のように動かなくなっていた。

ゆずは先輩は俺の胸からズルりと包丁を抜き、決死の表情で、それをリボルバーへの変化させた。

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