星のはなびら六章「憔悴のナルシサス」

必死だった。ぼく(ほたる)は負けたくなかったんだ。悲しくて悔しくて離すもんかって、しぶとく抵抗して立ち向かって、抗わなくちゃって思ったんだ。まけたくない、ぼくにもきみにも、この世界にも、宝石の力にも。

きっと強がりじゃない、自分を諦めた訳でもない。…そうじゃない、はずだよ。ぼくだって幸せになるために生まれてきたのだから。

ぼくはルキソスさんの存在も、ルキソスさんと過ごした楽しかった思い出も悲しかった思い出も、今抱いている感情も、過去も、全てを…ありのまま受け入れることにしたんだ。

偽りの世界の偽りの存在だっていいんだ。ぼくはここにいる、ぼくはぼくなんだ。…そんな風にぼくの存在も運命も悲観せず、堂々と認めてあげることにしたんだ。

それがきっと、…きみに振るえる、唯一のつよさだと思ったから。

ぼくを救える、唯一の方法だと思ったから。

ぼくは絶望しきった表情で座り込んでいるルキソスさんの前を通り過ぎ、ガラリと窓をあけてみた。白い月が見えた。ぼくたち以外の物が、いや世界そのものが色を失い灰色に染まってしまっている…。誰もいない、風も吹かない。くんくん…なんの音も匂いもしない。雪の粒が振り落ちることなく空中に止まっている。そっと触れると、指先で冷たく溶けた。

ぼくはルキソスさんの元へと向かい、そのついでに色を失った2つの宝石の欠片と、革紐をそっと拾ってポケットにしまった。お母さんがくれた、大切なお守りだから…。

「ルキソスさん、憶測だけど…きっとこの宝石の力が暴走して、壊れちゃって、この世界の時間も止まっちゃったんだよ。ぼくたち以外の人は皆消えちゃったかも…。詳しいことは確かめてみないとわかんない」

「こわい…こわい、うぁ…あ…」

息をもつれさせて戸惑うルキソスさんの手をとった。

「ルキソスさん、怖くないよ。だってひとりじゃないからね、ほら、ここにぼくがいるよ」

震えるその手を包み込む。

「ひとりぼっちにはさせないよ。ぼくはいつだってルキソスさんの味方だよ。ルキソスさんを置いてったりしないから。

だからずっと大好きでいてね

「ほたる…さ、ん…」

「そうだ!ふたりでこの灰色の世界を探検しよう、きっと楽しいこともあるはず!ふたりで探せば、色々見つかるかもしれないし、おはぎが落ちているかもしれないよ」

ルキソスさんを強引に立ち上がらせる。ボクはピンク色だったお気に入りの三角帽子を被った。手を引いて、外へ出る、いつもふたりでお散歩するみたいに歩きはじめる。

わらう。昨日と同じ歩幅で。悲しい気持ちを溢れさせて、笑う。

薄暗い、でも朝でも昼でも夜でもないような新鮮な景色…意外と怖くはないかなぁ。

手を引かれてふらふらとついてくるルキソスさんはどこか上の空で、蛍の光の様なピンク色の瞳を揺らしている。歩きながら、ふとルキソスさんの手を離してみると、置いていかないでと呟いてから、何でもない平気だよ、と言い直して微笑んだ。

沢山歩いても、疲れやしんどさ、辛いお腹の減りも感じなかった。全部、全部壊れちゃったのかな。なんだか不思議だねと、笑いかける。

そして色々な所をまわってから、思い出の泉にたどり着いたとき、ついにルキソスさんはもう歩けない…とわんわん泣き出してしまった。心が痛い、寂しい、自分がわからない、…と嘆いていた。

「ルキソスさん元気だしてよ…そうだ、気持ちいいことして埋めてあげよっか?。えへへ、少しは楽しくなるかもしれないよ」

「たすけて…」

ルキソスさんを灰色の木の幹に押し付けた。弱々しく震えるルキソスさんの唇を不道徳な味のするキスで塞ぐ。そして硬い土の上に冷たい空気と一緒に押し倒したんだ。簡単にぼくに体を奪われちゃったルキソスさんを見下ろす。紫色の長い髪が絡まって、荒い呼吸と一緒に乱れていく。

「ルキソスさん、きもちいい?」

「…ァ、…、ぁ…うん」

動きに合わせて唇の端から息を漏らすルキソスさん。ふときみのことを「ほたる」なんて名前で悪戯に呼んでみれば、恐怖と快楽に潰されて、「ごめんなさい、すきで、ごめんなさい」って大きな声で喘いじゃうんだ。

「まだ、さびしい、たすけて…」と、身をよじらせるルキソスさん。

心にあいた穴は埋まらない…知ってる。ルキソスさんが少しずつ壊れていることも知ってる。

「大丈夫だよ。旅をしていたらルキソスさんの寂しさを埋める方法も見つかると思うよ。きっと遠い遠い所にあるんだよ。一緒に探そうね」

ぼくはまた嘘をついた。泣かないために。打ちひしがれてる心を全部飲み込み、いつだって微笑み続けるために。この寂しさを埋める方法なんて探しても、もう…どこにもないよ、わかってる。ひどいぼく…でも、ぼくだって悲しいから。

冷えて凍えた恋心。きっとぼくは優しいシャーベット。思い出の詰まった大好きな人の温もりを感じて。空っぽの心をぎゅっと押し付けて、その熱を奪う。自分の心をあたためる。

観客のいない映画館、スクリーンの中、誰にも観られることのないぼくたち。2人の小さな足音だけが木霊する世界を隅々まで歩いていく。知らない国。もうずいぶん遠くまで来たけれど、ずっとずっと繋いでいる手…お互い、薬指の指輪だけは外せないでいる。

きみはぼくだけの王子様

寂しがり屋な王子様

紫の綺麗な付け毛も全て失って、汚れた服を着ている、自分の名前も言えない王子様

…だけどついに王子様は繋いだ手を自ら解いた。もう歩けないと口角を僅かにあげて見せた。

「ほたるさ、もう、おいていって…。こころ、いたくて、しびれているんだ」

「でも!ルキソスさんのこと、こんなところに置いていけないよ…おんぶ、してあげるから」

ぼくが話し終わる前に灰色の地面に横たわったルキソスさん…白い肌と、白い髪が灰色の地面に溶けこんだように見えた。

枯れた色をした瞳は、どこでもない空中へと向いている。

「…」

「…そっか。じゃあ、ぼく…先に行くね」

ぼくは背中を向けて歩き出した。

別にきみがいてもいなくても同じだよ、ぼくもこの世界も何も変わらないはずだよ、とぼくにいう。

こんなにも広い世界。ひとりでどこへ向かうの?、とぼくにきく。

結局ぼくは足を止めて…立ち止まった。

もやもやする心の中を覗くためにそっと、振り返る。

置き去りにしようとしている「彼」はだれ?、とぼくは心に尋ねる。

(きみは…)

唇を噛み締めた。

きみは…ぼくの知らないぼく

醜くて気持ち悪いぼく

打ちひしがれて、壊れたぼく

もう誰にも愛されない、必要ともされない

救われない、どこにも行けない

ひとりぼっちのぼく…

見捨てられないよ…

きみを捨てたらきっとぼくは心の半分を無くしてしまう…

そんな思いにも駆られて

ぼくは

夢中できみのもとへ走った。

きみの力の抜けた体を強引に起こして、指が服に食い込むくらいに強く抱きしめた。

雪に埋もれて冷えたきみの体を温めるように…。ぼくの温もりを伝えるように…。

忘れていた涙が溢れた。

枯れたきみに、悲しみと怒りの奥に隠していた素直な気持ちを伝えた。

「憔悴したきみの姿をみて、ひとりぼっちの寒気を感じて…

やっと、心から受け止められた。

きみも、ほたるなんだって。

ぼくなんだって。

もうきみはきみ自身に言ってあげられないのかもしれない…寂しかったね、辛かったねって、受け止めることもできないかもしれない…でも大丈夫。

ぼくはまだ、きみの無くした心を、勇気を、持っているから。

ぼくは全部愛してあげられる、受け止めて感じてあげられる。

ほら、この胸の中にあるんだよ。

一緒に使おうよ」

ぼくの心でぼくを救う。

欠けてしまったパズルのピースをふたつ重ねて、ひとつに合わせる。ふたつの体で、ひとつの心を温めて、心のシャーベットを溶かす。

「立てる?いこうよ。きみとまた歩き出したいんだ」

「うん。すこし、らくに、なった」

「よかった…」

何とか言葉を絞り出したきみの、温い涙を拭ってから、また手を繋いで進む。

旅をしていると色々なものを見つけられるね。きな粉なのか餡子なのか分かりづらいおはぎも、地味な色ばかりの洋服も、楽しみがいがあって案外悪くはないかもね。

…ぼくたちのしあわせを探そうよ。

でもきっといつかはぼくたち、歩くこともできなくなって、旅が終わってしまう時がくるかな。きみはその時どうしたい?ぼくはふたり身を寄せ合って、憔悴した心も重ね合わせて一輪の水仙のお花になれたら嬉しいなって思ってるよ。

きみもそうかな?

そして、幸せな思い出も、悲しい思い出も

ぼくとぼくが巡り合った運命も、綺麗に咲かせてしまおうよ。

和菓子屋さんで見つけたおはぎを半分こして、並んで腰を下ろし、灰色の雪景色を眺めた。

「おいしー、これ、すき!」

「おいしいね、ぼくもおはぎ大好きだよ。え、きみ、もう全部たべちゃったの?早いなぁ」

「たのしい、はいいろ、そらみて、きれー」

「うん、あと、いつも雪見られるのも楽しいよね。雪だるま作ろうよ」

「ゆきだるま!」

どこか幼い笑顔で笑うきみ、ぼくの片割れ。

大好きだよ、ぼくも、きみも。

…ここはぼくだけの世界。

ぼくだけの心の世界。

白い月の下、旅は続いていく。

この冷たい世界と目を閉じて

「しあわせだったね」って眠るまで。

END(七章へ続く)

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