星のはなびら六章「憔悴のナルシサス」

ぼくはなんでも出来るんだ。この力があれば誰にだって負けやしない。でもこれから何をしよう…。何をして生きよう。

…そうだ、面白いことを思いついた。

この力を、この強さをこの国に、この国の王様にわからせてあげよう!

今や王様なんて憧れの存在でもなんでもない。そもそもぼくがいなければ、反乱で捕らえられて、死んでいたんだ。とりあえず、弱みを握って膝をつかせてみせたいな。惨めな姿を見てみたい、たのしそう。

ぼくは冷たい泉に飛び込む…その瞬間ぼくはまた光に包まれて時間を超えたんだ。

反乱が起きる前の城の内部に侵入し、王様の弱みを握るため、こそこそと嗅ぎ回った。兵士に見つかったら、懐に忍ばせた折りたたみ式の小型ナイフで自分を切りつけようとし、また時間を巻き戻したり、進めたりする。

何度も何度も繰り返す。

秘密は王様の寝室、そしてその地下にあった…。

王様はあやつり人形として、人知を超えた頭脳をもつ「2人目の王様」に動かされていた。そして反乱が起きる前に、その部屋に現れたのは反乱の後に丘で死んだ様に倒れていたあの「みどり」だった。…次々と舞い込んでくる「この国と王様の秘密」

そしてぼくは気がついてしまった。そう、ぼくはとっくに王様を負かしていたことに。…王様はとっくにぼくの手のひらの上だったんだってことに。

だってぼくが反乱を阻止することで、秘密の恋を育んでいた王様とみどりは引き裂かれたんだ。反乱を阻止した後の王様はせっかく芽生えた心をまた潰されて、孤独なあやつり人形に戻された…そうでしょ?

ぜんぶぜんぶだれのせい?

ぼくのせい♪

あぁ、他人の不幸がこんなに美味しいなんて!体が軽くなる、こんなにも心が満たされる!あはは、クセになりそう…。

そしてぼくのおかげでまた反乱は食い止められた…。

ぼくの手で生かされた王様。かわいそうな王様。

何も起こらない丘の上から、何も起こらない城を見ては優越感に浸る…浸る…浸る…浸る…もう何度目だろう?

そんな平和な歴史に塗り替えられた月の下。反乱を阻止してから1ヶ月たった今、やっと見つけられた。みどりの影を追った先…隣の国の竹林の中、バラバラに壊れた「木の人形(成れの果て)」を。

ぼくはその足の欠片を拾い、高々に笑った。

「あぁ、どうしてこんなにも気持ちがいいんだ…王様のことを考えるのが楽しいんだ。優越感だけじゃない、この気持ちは親近感?もしかしたらぼくは王様と境遇が似ていたのかもしれない。いや、同じなんだ。大切な人を奪われて、大きな不幸に囚われて。それでも孤独に溺れて、何度も自分を殺して、強さを振りかざして、狂ったように笑うしかない!なんて惨めでかわいそう!」

ねぇ、みどりさん。王様とずっと一緒にいられることを夢みて、この足で何度も城壁を登って会いに行っていたんだよね。

この木の欠片を王様に見せてしまえば?あぁ、いったいどんなかわいそうな顔をしてくれるかな。

甘くて爽やかなシャーベットを期待してぼくは国へともどり、城の中へと入り込んだ。

こっそり城の中に入ると、異様な空気が立ちこめていた。見張りの兵士が誰もいない…!?不思議に思っていると1人の兵士が歩いてきて、「王があなたをお待ちです」と、ぼくを呼び止めた。「待っている?どういうこと?」。

赤と金色に包まれた広間に案内される。階段の先、1番高い所にある玉座。そこに王様…ありすは膝を組んで座っていた。傍には、黄金の大剣が、置かれている。まるでぼくに見せつけるかのように。

その大剣には見覚えがあった。いったいどこで見たのだろう?…曖昧に思い出す。そうだ…燃え盛る城の中で見たんだ。倒れたむむちゃんを前にして絶望し、動けなくなっていたとき、誰かが部屋に入ってきた。蘇る、血の匂い。乱暴な足音。剣を引きずる音。その誰かがぼくを窓から投げ落とした。骨は折れたけれど、そのお陰で命は救われた…。あの時だ、あの時視界の隅に黄金の大剣が見えたんだ…。

じゃあぼくを助けたのは…王様だった?まさか、捕えられる前にお城の中を動き回っていたのは、自分の命を惜しんで逃げようとしていたのではなく、燃えるお城から逃げ遅れたひとを救い出そうとしていた…?。

ぼーっと考えていると、高いところから力強い声が聞こえた。

「考えごとか?我を前にして随分と余裕があるじゃないか…ほたる。英雄気取りか?それとも我に戦いているのか?」

ありすは立ち上がり、ゆっくりと階段を降りてくる。堂々。余裕の表情。黒い瞳…近づく程に感じる強者のオーラに圧倒され、ぼくは動くこともできなくなってしまう。そしてぼくの前にまで来ると、ありすはぼくの持っていた「木でできた足の欠片」を奪い取った。

「…そう身構えるな。殺すつもりはない。我はお前と話がしたいと思っただけだ」

「ふーん…ぼ、ぼくのおかげで反乱が阻止されて、命が助かったんだもんね。直々にお礼に呼ばれちゃうなんて、嬉しいよ」

ぼくはわざと嫌味ったらしくそう言って見せた。平然としているありすにぼくは続ける。

「でもできれば、本物の王様とお話したいな。今話しているのは2人目の王様でしょ?だってその足の欠片をみても何にも反応ないんだもの。お礼なんていらないよ…。そんなことよりも自分の国と自分の命を守るためとはいえ、愛する人がただの木にされちゃうなんてとってもかわいそうだから、王様のことを慰めてあげたいな」

それを聞いたありすは欠片を持ったまま、ふふっと笑んだ。

「何を勘違いしている。我はお前に忠告をするために呼びつけたのだ。

我を…いや、こう話せばわかりやすいか…

ありすを甘くみるのも大概にして。

ありすこそがこの国の王、君が反乱を阻止した日からは自分の意思で王座に座ってる。

2人目の王だった人は今はただの使用人ってことにしてる。彼の「未来を予知できるほどの脳」や「不思議な道具」を借りながら、国中を見渡して君の行動も監視している。

反乱を起こそうとしていた「りき」の存在なんて何年も前から知っていた。君に助けられた事なんて一度もないよ。

ただ、君の存在はすごく不思議でね…なぜか君はありすや国…みどりの秘密まで、全部知ってる。いったいどうやって知ったの?」

「…さぁ?王様が隙だらけだからかな?」

「…まだ自分の立場がわかっていないみたい。お見通しなんだよ、きみが未来から来たことくらい簡単に想像できる。すごく幼稚な趣味。きっとありすの恋の邪魔をしたり、ありすが君の手によって生かされている光景を見て楽しんでいたのでしょ?

人の不幸を食べたら楽になれるかな。でもね、それは救いでも強さでもなんでもないんだよ。一緒にしないで…たかが時間を操る程度の能力で、ありすを…みどりを不幸にできるなんて思うなら大間違いだ」

ありすはつけていた黒い手袋を外す…その左手の薬指には、小さなみどり色の宝石がついた指輪が光っていた。

「君があの張り紙を貼った時、ありすはみどりと寝室にいた。そこでこの指輪をみどりにつけてもらった。ありすは顔を隠すための灰色のローブをみどりにつけてあげた。

そして…みどりの最初でさいごのわがままを聞いた。

ありすは王として「生きる」こと、この国を優しい色に変えること。そしてみどりを…逃がすこと。

最後に見た、どこかに駆けていくみどりの後ろ姿が忘れられない…本当は引き止めたかった。行かないで欲しかった。一緒にいられないありす達の運命が悔しかった…。

それでも、みどりの「ありすには生きて欲しい」というわがままを…ありすを想ってくれる心を守りたいと思った。守ろうと決意した。

みどりはどこか知らないところで人形に戻ってしまう…それでもみどりが人として生きていた思い出と、その証はありすの心の中にあるから…。

ありす、君に怒ってるんだよ。でもね、何度でも試してみればいいんだ。例えみどりと出会わずともありすは屈しない。心がなかったありすだけど、確かな自信はあるんだ。

ありすはお前ごときには絶望させられない。

我の忠告を肝に銘じておけ。余計な真似はするな」

愛するものの死を受け入れて、その者の意志を、願いを、愛を胸に抱いて、生きることに立ち向かう。そんな強さを見せつけられ、ぼくは自分の弱さを自覚する。むむちゃんの死を受け入れる、受け入れられないということに対してではない。人の不幸を貪って笑っていた弱さを…恥ずかしく思ったんだ。

反乱を阻止した後に残酷に処刑を行わなくなったことや、誕生祭を行うようになったのは全て、ありすの意思だったのか。…。

強くなった気がしていた、むむちゃんの存在も自分の存在も見下して、この世界の神になったつもりでいた。けれど、人の不幸で自分の心を埋めようとしていたぼくは、なんて…かっこわるくていけないことをしていたのか。

強い後悔がぼくの心を締め付ける。

「ああそうだ…これあげる、みどりを連れてきてくれたお礼」

立ち尽くすぼくにありすは、ポンと小さな何かを握らせた。

それはむむちゃんとの出会いを潰したときに財布と一緒に投げ捨てた…

ぼくの婚約指輪だった。

ゾッとする…ありすは、冷静に怒っている。ありすはぼくを置いて部屋を後にした。体の力が抜けた…どっと流れた汗が体を冷やした。

甘さのなくなったシャーベット。噛み締めても噛み締めてもジャリジャリとした固い食感がするだけで、ただただ冷たい…不幸の味はもう、美味しいとは思えなかった。

裸にされた心…思い出し、取り戻した心。

ああぼくはこんなにも

寂しかったんだ。

今更ぼくは何を守りたいのだろう。こんな偽物の世界で、何を頼りにして、何を支えにすれば?どうすれば生きていけるのだろう?

この孤独と心を救えるのだろう…。城を後にしたぼくは、行き交う人の真ん中でペンダントを握りしめた…。

「ねぇ、お母さん。ぼくは悪い子だよ…」

そっと呟く。そしてぼくはナイフを自分に向けて、行き場のない心を爆発させ叫んだ。乱暴に、はちきれそうな思いをぶちまけた。

居場所がほしい。

助けて欲しい。と。

(運命はいつだって、ぼくの味方をしてくれない…)

震える手、ナイフが皮膚を掠めようとした時…またペンダントは輝いた。

ぼくを新しい景色へと誘う…。誘う…。

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