恋心が暴走する!生死を超え、世界を手に入れ宇宙を跨ぐ…ヤンデレ男子たちが主役のダークファンタジー小説(全九章。)
はじめに
残酷な表現等を含みます。作品をお読みになる前に以下の注意事項を必ずご確認ください
一章「ひまわりが咲く、君に捧ぐ」
恋人の女の子「ささめき」を手にかけてしまった青年「ゆずは」は、気が付くとひまわり畑が広がる不思議な霊界にいた。霊界の主「ふうが」との生活が始まり、友情が芽生えていくが…。5つのBadendとたったひとつのTrueend(2章につながる真実の結末)。それぞれが抱える心の闇と、絶望の真実が明かされて、ゆずはがたどり着く未来、決意とは…。(ゆずは×ふうが)
本編
小さな病室…眠っているその人の呼吸音が微かに聞こえる
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あの時のことは今も体に、頭に、脳内に、熱く、痛く、焼き付いている。オレ(ゆずは)は世界でいちばん大切だった彼女「ささめき」をこの手で切り裂き殺めたのだ。
目いっぱいに広がった、残酷な光景。握りしめていた包丁は手を滑らせ、音を立てて落ちた。自分の両手を広げて見つめる。彼女が好きだったバラの花と同じ色が滴っている。
(オレはなんてことをしてしまったんだ…)
彼女から吹き出た血は、横たわる彼女だけでなく床、壁、そしてオレの体にも撒き散らされている。この赤色くらい、オレを愛してくれていたらよかったのに。
オレの心は、覚悟していたほど乱れてはおらず、落ち着いていた。包丁を拾いあげ、自分の部屋から出た。用済みの包丁と白色だった服をゴミ箱に投げ入れる。汗臭くなった「青い」髪を、体を、シャワーで流し真っ白な服に着替えた。鏡にうつる見慣れた緑色の瞳…いつも以上に光を失っている。
ポケットにはライターが入っている…タバコを吸った後、キッチンで水を飲んだ。
(これで大丈夫…ささめき、愛しているよ)
それから、オレは… オレは…?
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…夢から覚めたような、曖昧な感覚。オレは意識を取り戻した。見えたのは、青空…外?どういうこと?風が吹いている。土の上に横たわっているようだった。
「…なにこれ!?」
慌てて体を起こすと、辺り一面にひまわり畑が広がっているのが見えた。振り返っても、立ち上がって背伸びしても、どこまでもどこまでも、ひまわりは咲いている。ずっと先まで…永遠が続いているみたいに。オレを見つめている、睨みつけている。気味が悪いほどに。
(…ここ、夢の中?なんだか空気が生暖かくて嫌な感じ)
まだ、彼女を切り裂いた赤色の感覚が残っている。頭がうまく働かない。状況を確認するために歩き出そうとしたその時、オレの肩に何者かの手が触れた。
「ぎゃあ!!??」
情けない声を上げて振り返ると、白と黒の変な帽子と、黒いマントを身につけた背の高い男が立っていた。ふわふわの白い髪、銀色の瞳…誰だこいつ…。
「な、なんだあんた!ビビったぁ…」
「すまん、脅かすつもりはなかったんだ!でも目が覚めてよかったぞ、あはは」
大きな口で笑いながら頭をかく男。オレはそれ以上の言葉が出てこなかった。思考停止したオレは、こいつの靴、でかいなぁ…なんてどうでもいいことに気を取られていた。男は楽しそうに、胸を張って話しはじめた。
「混乱してるよな?安心しろ、何も怖くないぞ!おれはふうが(風禍)、この霊界の主だ!つまりおばけ」
「お、おばけ?」
ふうがと名乗った男は、証拠だと言わんばかりに、膝から下を透かして、体を浮かして見せてきた。
「うわっ、気持ち悪っ!」
「気持ち悪いとか言うなよ!ちょっと傷つくだろ。もっとすげーもの、見せてやるから!」
ふうがはウインクをして、意気揚々と両手を振り上げる。翻ってはためくマント。紫帯びた光がふわりと広がり、辺りに散りばめられる。そして、木でできた一軒の家がどっしりと現れた。ふうがはどや顔で、オレの言葉を待っている。オレが何も言わずにいると、勝手に話し始めた。
「好きなものを作り出せるんだ、これが霊界の主の力、すごいだろ?おれ達用の家がたったんだし、中でゆっくりお茶でも飲んで話そうぜ!お前、名前は?」
「…ゆずは(柚子刄)だけど…。いや、あんたと話すことなんてないんだけど!?」
「オッケー、ゆずは!よろしくっ!…おれの名前、覚えてる?」
「ふうがだっけ?」
「そうだ、かっこいいだろ♪」
家の入口へと飛んで行く男。オレも仕方なくついていった…はぁ、いったい何が起きてるんだ?
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「部屋の中もきれいにできてる…よくわからないけど、手品とかではなさそうだね…」
「霊力だぞ!この家もっと遠くにあったんだけど、運んできた感じなんだ」
「べ、便利だね」
部屋や家具はいつでも増やせるし、消せるらしい。ふうがは木で出来た大きめの机と二人分の椅子を作り出した。向かい合って座る。あんたには聞きたいことが山ほどあるけど、別にいいや…関わりたくはないし。
「なぁ、ゆずは、体に変なところはないか?例えば…頭が痛いとか感覚がおかしいとか」
「いや、ない、大丈夫…。」
「よかった、飲み物なにがいい?」
「…え?なんでもいいよ、水とか、適当に」
「水が好きなのか?数日前に霊力で作った水、冷蔵庫に入れてた気がする…」
奥にあるキッチンへ向かった男。数日前に霊力で作った水なんて飲みたくないんだけど!…近くの本棚には、ノートやスケッチブック、画材らしきものが詰め込まれている。窓の外は…相変わらず気味悪いひまわりしか見えない。得体の知れない男と、異様な光景。
出された水を恐る恐る口にすると、ただのおいしい水だった。ふうがは牛乳を飲んでいる。そしてひと息ついてから話し出した。
「おれは気が付くと、この霊界にいたおばけ。霊界でひとりぼっちで暮らしてるんだ。ひまわり畑を探検したり、歌ったり、絵をかいたり…とにかく暇!この霊界、朝も夜もしっかりあるんだ。朝、絵日記を書くときに、日数を数えてるんだけど、もう何年暇を潰しているのか、数えきれなくなった」
そう言いながらふうがは本棚から、両手でもちきれないくらいのノートを持ってきた。数冊はバサバサと地面に落としている。表紙には大きく「ふうが」と書いてある。受け取った1冊のページをめくると…正正正正正正正正正正正正正正正正正正正正正正正正正正正正正正正正正正正正正正正正正正正正正正正正正正正正正正正正正正正正…「正」の字でぎっしりと埋め尽くされていた。毎日書き足して年月を数えているようだけど…なんだか怖いな、怒った子どもの字みたいだし。それに、ところどころページにしわが寄っている…ふうがは気にしていない様だけど、オレにはわかる、これは落ちた涙が乾いたあとだ。オレもよく、手帳に涙のあとをつけていた。
「ふうが、100年はここにいるの?」
「多分!もう面倒だし数えてないけどな。しかもおれ、生前の記憶がないんだ、辛いだろ?とはいっても知ってることも色々あるし、おれも元は人間だったとは思ってるけど。
霊界の外には出られない…わからないことだらけだし、毎日退屈。退屈だから色々試していたら、霊力を絞り出したら、霊界の外をちょっっっとだけ見に行けることがわかったんだ。だからその力で、お前を…ゆずはを連れてきたんだ!」
「あんたがオレをこんなところにつれてきたのかよ!?…暇でかまって欲しかったからとかいう雑な理由で?」
「そんな言い方をするな!おれは外の世界のことを教えてくれる楽しい友達と会ってみたかったんだ!それに、ゆずはを選んだ理由もあるんだぞ…」
「へぇ、理由?あんたにお呼ばれされる心当たりなんてないけど…」
「悪いやつだからゆずはにしたんだ!好き好き同士の女の子を刺すなんて、悪いやつに決まってる!悪いやつなら、永遠に出られない霊界に攫われても、文句言えないよな!」
「ぅう…、何も言い返せない。…え、永遠に出られないってどういうこと?」
「この霊界、魂が定着して出られなくなる仕組みになってるみたいなんだ。呪われてるのかな…原因はわからない。おれは霊力をもっているからちょっっっとだけ外の世界を見に行けるけど、ゆずはは自我なくなっても、体がバラバラになっても、永遠にここから出られないだろうなぁ。ゆずはは、不老不死とか怖いイメージ?そんなことないよな、かっこいいよな~」
ふうがは笑っているけれど、正直で真剣な瞳を向けている。
「ふうが、キモイ冗談言ってないで、今すぐオレを家に帰せって…」
「無理だって。悪いことするのが悪いんだぞ。それに、ゆずはもおばけだし、死んでるからもう家には帰られないぞ。死後の世界…天国とか地獄とか色々あるみたいだけど、おれは生きてるやつが住んでる現世にしか興味ないし、詳しくはわかんねぇし…とにかく、ゆずはが行くところなんか他にないんだ。ゆずはは強制的にこの瞬間からおれと友達、ズッ友2人きりルートに突入!」
「待ってよ…オレ死んでるの?死んでないと思うんだけど…」
吐き気がする、聞きたくもない。オレは死んでなんかない!こいつ…オレがささめきを切り裂いたあの後、何かあったとでもいいたいのか?バカを言うな、上手くいったんだ。心当たりも、なにもない。ふうがは少し驚いた顔をしている。
「自分が死んでることに気が付いていないタイプ!?死んでなきゃ霊界なんて入れないと思うぞ…!ちなみにゆずはの死因は重い火傷だった。ゆずはの家、燃えてたぞ、ぼぉおお!!!」
「…笑えない冗談はやめろって、信じられるわけないだろ」
ふうがは椅子の上に立ち上がり、手を大きく動かして火の様子を真面目に表現している。
「あっという間に死んだからつれてきた。同性で気が合いそうだし、歳も近そうな感じだしいいなーって…あ、おれ実際は何歳かわかんないけど、見た目と心の年齢はゆずはと同じくらいだと思うぞ!う~ん…ゆずは何歳だろ、30くらい?考えてみたらなんか違うなぁ、おれはもっと若い方がいいな…まぁ、歳上の友達もいいか!♪」
「うるさいな、オレは25歳だよ!!ああもう、わからないことだらけだ…」
混乱する脳みそ、オレは髪をぐちゃぐちゃにかき乱して考える…。オレはふと、持っていたライターを思い出す。確かタバコを吸ったな…?あの後水を飲んだ時に、睡眠薬も飲んだんだよな…死ぬつもりはなかったけど、現実逃避の隠し味みたいな…それで意識がなくなって、家が燃えたことに気が付かなかったとか?…うわぁ、心当たりがある。オレのアパート、燃えたの…?
「信じられないなら、この魔法の鏡を貸してやるよ。その鏡、おれが作ったものじゃないんだ、ひまわり畑に落ちてたんだ。何回捨てても戻ってくる、寂しがり屋の鏡なんだ。その鏡は真実を、本当の姿を映すみたいだから、見れば死んだって実感できるかも!」
ふうがが取り出したのは30cm程の手持ち鏡。鏡を受け取り、気を引き締めてからちらりと見やる、その瞬間…弾けるような熱さが体全体に広がり、貫く感覚がした。痛みで鏡を落とし、ガシャンと大きな音が響く。恐る恐る、破片をひとつ拾い上げると、まだ、真っ黒に溶けたオレがうつっていた。悲鳴をあげて、落ちた鏡を上から何度も踏みつける。何もうつらなくなくなるまで。痛みがなくなるまで。
「こ、こんなの悪夢だ!!お前、悪霊だろ!!」
「すまないぃ!ゆ、ゆずは、しっかりしろ、まさか感覚が伝わっちまうなんて…おれと楽しいことして、忘れよう!な?」
ふうがが、オレの手を強く握って、オレを強引に抱きしめる…ぬいぐるみを抱きしめるみたいに、強く、つよく。ふうがの体はプラスチックの様に冷たかった。
「大丈夫か?ゆずは。…ゆずはのこと大事にするから、好きだから…おれを怖がらないでくれ…」
ふうがが真っ直ぐにオレを見つめる。動揺し、揺れる瞳を逃がさない。少し見つめあった後、不安そうな顔色をがらりと塗り替えて、ふうがはにっこり笑って言った。
「じゃあ…何して遊ぶ??」
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結局オレはこの家でふうがと住むことになった…だってどうしようもないんだ。出る方法もわからないし。最悪な展開。もう一週間くらいたつ。
昼は2人でひまわり畑を散策したり、トランプで遊んだり、好きなお菓子の話をしたりする。正直つまらない。ふうがはスマホを知らないから、ハマっていたスマホゲームもガチャもできないし、退屈なことばっかり。…そう愚痴ると、ふうがは霊力でパソコンを作ってくれた…パソコンだけあっても何もできないよ。そう言うと、じゃあこれからゲームを作る!といいだした…で、できるの?というと、ゆずははできないのか?って。
霊力ってすごいんだな…でもそんなの待ってられないし、待つのはもっと退屈。漫画とかないの?って聞くと、ふうがは自分で描いた漫画を持ってきた。絵がプロみたいに綺麗で驚いたけど、内容は赤ちゃん向けの絵本みたいで、クソ詰まらなかった。
唯一の楽しみ?はふうがの料理だった。霊力で材料だけを作り出し、毎食料理してくれる。料理が好きらしい。金も自炊するスキルもなく、カップ麺生活に慣れきっていたオレには、薄味で新鮮だった。いつもオレが食べたいものを作ってくれた。
夜は仕方なく一緒のベッドで寝ている。得体のしれない霊と一緒のベッドで寝るなんて絶対嫌だって言ったよ?「友達なんだから、24時間一緒にいたいぞ」なんて意味わからないし。で、寝室を分けてもらってたんだけど…ふうが、「おやすみ」と言って別れてから、30分にいっかいくらいオレの部屋に遊びに来るんだ!面倒くさすぎて、オレから「一緒に寝てもいいよ」って言っちゃったよ。
ちなみにお風呂も一緒に入らされてる…アヒルのおもちゃで遊ばされる25歳…キッツ。
朝は二人で日記を書いて、「正」の字を一角足す。本当は食べなくても寝なくても問題は無いらしい…霊だから。オレはまだ自分が死んでるなんて、信じてないけど。それでもふうがが毎日を、まるで生きているかのように当たり前に、そう過ごしている理由は何となく気が付いていた。
…人間らしい自分を見失わないようにするためだって。
…自分が今日もここにいることを確かめるためだって。
朝食のオムレツを食べてから、今日も二人で外に出る。この霊界は、雨は降らないらしい。ひまわりが枯れることもないらしく、要するにいつも同じ景色が待っているってことだ。
「ひまわりはもう見飽きたよ…ふうが、オレにバラを見せてよ」
「ゆずは、バラが好きなのか?王子様みたいだな!」
「うるさいな…バラ以外も、花ならなんでも好きだよ。オレ、ずっと花屋さんでバイトしてたし、花束作ったり…結構頑張ってたんだよ」
ふうがはオレにぺんぺん草を作り出して投げるように渡してきた。からかっているつもりなのだろう。
「…はぁ、いらないよ」
「…ぺんぺん草の花束は作れないのか?…あ!そうだ、このぺんぺん草をいっぱい植えたら、ひまわり畑の霊界じゃなくて、ぺんぺん草の霊界にかえられるんじゃないか!?枯れないようにできるかな…あはは、面白そうだ!」
「何年かかるんだよ、絶対嫌だ…」
ただ、風は気持ちいい。ふうがは霊力でブランコを作り、乗り始めた。
「ゆずはも乗ろう!二人乗りしてみたい!」
「はぁ…わかったよ」(ほんと、子どもっぽいな…)
丈夫につくられたブランコ…木製の椅子に足をかける。ふうがと息を合わせて、ブランコを漕げば、大きく揺られた。
この世界を受け入れたわけじゃない。いったいオレは何をやってるんだろうって、このままじゃいけないんじゃないかって気持ちに、今日も押しぶされそうで…でも、結局流されて過ごしている。…ただ、わからないことがわからない、どうしようもないんだ。そもそもこの霊界には、ゆっくり流れる時間と、ひまわり畑と、オレとふうがしかないんだ。ふうがは一年くらい走り続けても霊界の端っこはなかったと言っている。
…多分、この霊界はふうがでできている。家も朝食もブランコも、ふうががいなければ作られなかったもの、無かったものだ。この霊界はふうがによって意味を持ち、息をして、彼を中心にまわっている。それは確かだ。ふうがを理解できれば、この霊界の秘密も掴めるのだろうか。でも、彼を理解するのは…難しい気がしている。ふうがという存在は、客観的に見て…あまりにも曖昧で、不鮮明なものだと思うから。
「あれ?おれの名前、なんだっけ…」
ふうがが、昨日の晩御飯を聞くみたいに、首をかしげる。一昨日もそんな風に言っていた。
「ふうが、だろ」
ああ、そっか。顔をふにゃりと歪ませて笑うふうが。ふうがは時々、自分を落っことしたみたいに、遠いところを見つめている。ふうがの書く「正」の字は後ろのページへいくほどに崩れて、読めなくなっていた。ふうがの心はどこにあるのだろう。もう、とっくに壊れてしまっているのか。それとも、はじめからどこにもいないのか。
オレはどこにいるのだろう。本当に死んでしまっていたらどうしよう。ふうがの見えないところで、自分の腕にフォークで小さな傷をつけてみたことがあったけれど、血は出なかった。直ぐに塞がる傷を見て、今は何も考えたくないと思った。
…壊れているのはオレも同じ?そんな風に思って、生暖かい風に吹かれて。辛かった現実も、ささめきにからめとられていた思考も、将来も夢も家族も友達も、全部…流れて、吹かれて。
「ふうが。今日の晩御飯、何にする?オレ、実は甘いものが好きなんだ」
今は、いい。このままでいい。このままでいいや。
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ささめきと出会ったのは、花屋さんでバイトをしていた時だった。彼女はいつも平日の夕方に、赤いバラを一本買って帰る。もう半年は来ていると思う。知らない高校の制服、鮮やかな赤い瞳、整った顔立ち。サラサラの「青色」の髪。
「毎日花を買ってくれてありがとうございます、赤いバラが好きなんですか?」
小さな声で声をかけた。かけてから、ちょっと後悔した。…オレ、知らない女の子に声かけたりするキャラじゃないし…でも、恋人に振られたばかりで寂しくて、馬鹿みたいに投げやりに生きていたから…。それが全てのはじまりだった。きっとオレはすでに、彼女の手のひらの上にいたんだ。
「えっと、好きな人がいるの。赤いバラを送りたい相手よ。早くこの気持ちを伝えたいんだけど、勇気でなくって」
「片想いか…青春だなぁ。想いが届くといいですね」
彼女が来るのが分かっているから、いつもあらかじめ簡単なラッピングをしたバラを用意している。今日も赤いバラを手渡す。すると彼女は黙り込んでしまった…。余計なことを言ってしまっただろうか。
「あなた、名前はなんていうの?私はささめき(捧希)」
「え?えっと、…ゆずはです、が」
「名前、はじめて知った。ゆずは君っていうんだ。半年くらい会いに来てるんだから、そろそろ気が付いてくれたっていいじゃない」
瞳と同じ色に火照った頬。赤い瞳を向けて、彼女は続ける。
「ゆずは君のこと、愛してる。付き合ってくれる?」
「…いえ、あの、」
「敬語、嫌なんだけど!女の子、泣かせないでよね。ゆずは君と付き合うこと、誰にも言わないから!いいでしょ、ね?」
「はぁ…どうしよう。お、オレ、君に似合うようなタイプの男じゃないよ…マジでつまらない男だよ、金もないし」
「じゃあ私、ゆずは君のその、つまらないところが好き」
「…ど、どういう意味だよ」
「私、ゆずは君を見ていると、おかしくなっちゃうの。まるで、狂わされていくみたい。私、ゆずは君からもらったバラ、全部食べてるし…うふふ、まるでゆずは君を食べちゃってるみたい、…こんな私、気持ち悪いかな」
そう言って彼女は傷だらけの舌を出してみせた。まさかバラの棘でできた傷だというのか?それほどに彼女は「オレが好き」だと言いたいのか?
「た、たた、食べちゃってるの!?」
「ゆずは君、私みたいな重い人、好きでしょ?」
彼女は続ける。オレの心の底を覗き込むように、顔を近づけて、微笑む。
「ねえ 愛されることって怖い?」
嫌だ…なんてことを言うんだ!!!ああ、怖いさ。怖い、ありえない。愛なんてこの世に存在しない、オレはそれを知っている。愛なんて全部、居心地のいい嘘でできてる。寂しさを埋めるための機会と性欲。結局満たされることなんてない、絶対に、思い通りになんてならない、信じられるものじゃない。…はずなのに、そう思っていたのに。オレは奇妙な高揚感に囚われていた。
挑戦的に、オレの弱さを見透かすように、そんな風に言われたことははじめてだった。心が沸騰したような、体が浮いているような、手足の先に力が入らないようなそんな感覚。彼女は違う?他の人間とは違う?そんなわけない、わかってる、のに…オレはもう、彼女のエサになっていた。
オレはポケットのスマホを地面に投げ捨てて、彼女の手をひいて駆け出した。人ごみを振り払って、オレは彼女を連れ去った。彼女は爽やかに笑っていた。このまま二人で、誰にも見つからない遠いところに行きたい。辛い現実から逃げ出したい。何も信じられないから、君に逃げたい、隠れたい。オレを壊してくれよ、狂わせてくれよ。不器用で孤独で、寂しくて窮屈で、生きづらくて。ずっと、ずっと、オレは、オレは、…死んでしまいたいと思っていたんだ。
オレの今まで堪えていた「何か」が溢れる、もうわからない。きっと彼女は棘のあるバラの花と同じように、軽い気持ちで触れてはいけない存在だった。狂っていたのはオレも同じだった。いや、狂っていたのはオレだけか?…今思えばきっと彼女は知っていたんだ。オレのことを、誰よりも、オレよりも。オレの暗闇を見抜いていたんだ。
彼女をコンクリートの壁に押し付けて、下手くそなキスをした。もう戻れない。それが、心地よくて、悲しくて、うれしかった。
オレが借りているアパートで、二人で暮らし始めた。それから彼女と色々なところへ出かけた。夏祭り、プール、ひまわり畑…。数か月間の、幸せな日々の連続。…悪いのはオレじゃないと、オレだけじゃないと、そう、心から思えたらよかった。
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夏の終わり。恋とオレの消費期限が近づく。カーテンを閉じた部屋。きっと社会はオレを許さない、睨んでる、行方不明の女子高生を探している。
「ささめきの家族、心配してないかな」
「さぁ…もう、会いたいとも思わないわ。私は孤独が好きなの、孤独ってかっこいいじゃない。ゆずは君と孤独を重ねられて、今が一番幸せよ」
「オレも、そう思ってる」
「もう戻れない」というこの感覚が、世間から「切り離された」状況が、息苦しさを忘れさせてくれる。きっとオレの命はささめきに依存してる。そしてささめきも、オレに依存してる。体が軽い、安心する、苦しくて、気持ちがいいんだ。
わからないのはどうしてささめきがオレを選んだのかということ。…愛することに、理由なんてない?じゃあオレ達は死んで霊になってからも、恋人同士でいられるのか?その答えだけはわかっている。…無理なんだ、いられないんだ。オレたちは恋人になんてなれない。永遠に。だってささめきは嘘つきなんだ、オレも嘘つきなんだ。本当に欲しいのは愛じゃない、本当に欲しいものはきっとその向こうにあって。手の届かないところにあって…それだけは、最初から気が付いていた。
孤独を舐めあって、お互い愛してるなんて言葉を使って、絡めあって。いつまでも、本当の気持ちも自分のことも言い出せず、寂しいままで。
「ささめきは何が欲しいの?なんでもしてあげる」
彼女に、バラの花の代わりにあげられるものをひとつでも多くあげたくて、そう聞いた。彼女は「私を殺してほしい」と言った。やっぱり。やっぱり。
「そっか、オレが叶えてあげる」
それが君の本当の望みならいいよ、愛する君の願いならいいよ。空っぽだったオレにはもう、失うものは無い。君しかないのだから。生きる目的もないのだから。
(一緒に死のうとは言ってくれないんだね…)
言ってほしかったな。でも、言えないよな、言いたくないよな、わかってる。オレたち本当の愛で繋がっていたら…そう言い合えたのかな。これでいいんだ。後悔しないよ。オレの心は冷静だった。最初から最後まで、冷静だったんだ。
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晴天とひまわり畑…増えていくノートの「正」の字。
今日の朝食はフレンチトースト。楽しそうに頬張るふうがを見ながらオレも口へと運ぶ。頭が痛くなるほどに甘い。優しい生クリームが合わさって、オレ好みの味がする。おいしい。…ふうがが、オレの好みに合わせて味付けを変えていることには気が付いていた。ふうがは24時間、オレに夢中だ。ふうがはオレを友達と呼ぶけれど、多分…それだけじゃない。親友?恋人?家族?どんな言葉も当てはまらない。だってふうがには、オレしかいないんだ。この世界にたったひとり。オレこそが、彼の全てなんだ。
得意げに笑うふうが。そんな日常。過ぎていく時間。ふうがに、「この霊界から出たい」だなんて言い出せなくて、オレは今日も「今日こそは」を重ねていた。食べ終わった皿を重ねてキッチンへ運ぶ。「おれがやるのに」と、立ち上がるふうがをソファに座らせて、皿を洗う。キッチンからは座っているふうがの後ろ姿が見えた。その時だった、ふうがの、彼らしくない言葉がぽつりと聞こえたのは。
「なあ、ゆずは。おれ、ゆずはの友達になれてる?ゆずは、おれのこと友達だって思ってくれてる?」
「…」
「まだ、ここから出たい?…おれがいると、しんどい?」
どうしよう、どうして今、そんな事を言う?きっとそれも、何気ない出来事、日常の一欠片にすぎなかったんだ。オレは…本当の気持ちを言ってしまった。
「オレはふうがのことも、この霊界も、オレの妄想だって思ってるよ。オレ、やっぱり…死んでなんかないと思うし」
「はぁ?もーそー?」
言わなきゃよかった…?世界にひびが入ったような、悲しい気持ちになっていることに気が付いた。でも、この機会を逃すものかと体は動いて…言葉はとまらなかった。
「オレ、妄想癖があるんだ。睡眠薬を飲むと、夢と現実が曖昧になって気持ちがいいんだ。オレは今夢を見てるんだと思ってる。警察がオレを見つけるまでの間、オレを起こすまでの間…変なおばけと友達ごっこする夢を見てる…愛した人と会えない、そういう夢を見てるんだ」
「友達「ごっこ」…?」
「うん、本気になんてなれないよ。オレの世界はささめきだけ」
ささめきと心の底から愛し合う夢を見てみたくて、現実を忘れたくて、オレは眠ったんだ…ささめきに会いたい。やり直したい。ずっと、それしか考えられないでいる。今も、これまでも。
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オレは子どもの時から寂しがり屋で人間不信で…その影響で自慢できない特技を身に着けてしまっていた。それは、嘘を見抜ける特技。目の動きを見ればその言葉が真実なのか嘘なのか、相手の真意がわかるんだ。嘘をつかない人のことは信じられる、そう思っていたけれど、現実にそんな人間は一人もいなかった。
その特技のせいで、ささめきの言葉が「全て」嘘だということも、そしてオレを愛していないことも、はじめからわかっていた。本当のことしか言わない人間はいないけど、嘘しか言わない人間はいるんだ…それが嬉しくて優しくて、ささめきのことだけは信じられたんだ。気持ちを察することができても、相手の心をコントロールすることはできない。嘘だと分かっていても深く沈み込んでしまった。愛されているという妄想を重ねて、幸せだと言い聞かせて。
だけど、私を殺してほしい、その言葉は酷く透明で、彼女の本心だった。消えたい、自分をやり直したい、生まれ変わりたい。寂しい。それが彼女だった。だけど彼女は死を恐れていたようだった…だから彼女は、自分を切り裂ける、人を殺せる人間を探していた。そう、仕向けようとしていた。それほどまでにこの世界を嫌っていたのかな、苦しかったのかな、本当は何を望んでいたのかな…もう二度と確かめられない。
オレは彼女を愛していたから、従順にその願いを叶えた。でもオレは終われなかった、諦めきれなかった、耐えられなかった。許せなかった。オレの心は彼女に塗りつぶされていた。
それでも、どうしようもないんだ。
人間は誰だって小さな嘘を重ねて生きている。それが、普通なんだ。変わらない心、揺るぎのない心、永遠、そんなものは存在しない、夢の話、妄想の中だけにしかないんだ。
…ならば、いっそ、眠り続けてしまえばいいんだ。幸せな夢の中に閉じこもってしまえばいいんだ。オレの心の世界で、オレが望む世界で、二人きりの、嘘のない愛だけをみていられれば、どれだけ幸せだろう。その思いに背中を押され、オレは彼女を刺した後、睡眠薬を水で流し込んだんだ。致死量ではない、ただ、簡単に目覚めるような量でもないだろう。
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小さな病室、眠っているその人の呼吸音が微かに聞こえる。
べったりとした「青色」の髪が、枕に張り付いていた。
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そして、ひまわり畑の夢の中で、ふうがと出会った。ふうがの瞳はいつも真っ直ぐで一度も嘘をついているように見えなかった。二人だけの嘘のない世界。それなのに、どうしてか、ささめきだけがいないんだ。ささめきに会いたい。こんなにも会いたいのに。
ここはオレの夢の中、心の中…夢はありのままの心をうつす鏡。自分の気持ちと向き合えば、夢の中でささめきに会えない理由は察せられた。
オレは彼女を殺してしまったことを悔やんでいる。ささめきを傷付ける勇気を出すくらいなら、その勇気を他のことに使えばよかった。オレが変われたらよかった。彼女の存在を肯定して、抱きとめて、「一緒に生きよう」って言えばよかった。彼女の世界を変えてあげられたらよかった。そう、後悔している。
彼女のためならなんでもできる、なんでもしてあげられる、そう、本気で思っていたのに。オレは寂しがり屋の獣だった。
心の底ではわかってる、思ってる…ささめきの隣にいる資格なんてないって、夢の中に逃げるだなんてずるいって。だからささめきと愛し合いたい願望に素直になりきれず、この夢にささめきは登場しないことになっちゃったんだ。
代わりに、知らない男がいる。きっとふうがは、ささめきの代わりなんだ。オレがこの気持ちに素直になれたら、ふうがはささめきに変化するんだ。
…なぁ、ささめき。オレ、やっぱり、君に似合うようなタイプの男じゃなかったね。本当にごめん、最低なことばかりして、君を助けてあげられなくて。
…なあ、ふうが。その真っ直ぐな瞳でさ、オレがいかに最低な人間なのかどうかを本気でわからせてくれよ。
もう誰の嘘にも真実にも惑わされたくない。優しく前向きになりたい、自分と誰かを信じたい。…そう、憧れてはいたのにな。ただ、流されて、流されて、結局オレは自分に嘘ばかりついている。
はぁ、オレは…この世界の何を信じればいいのかな。これから、どうしようか。
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