星のはなびら四章「とじこめて、あいびぃ!」

ショッピングモールで食べ物を買った俺は、からすの待つ家(うち)に帰った。スイッチを押して薄暗い灯りをつけ、窓を少し開ける。それから檻の中でぐったりとくたびれているからすに声をかけた。

「からす、起きろよ。飯食おうぜ」

「…!!」

俺はからすの猿轡を外す。頬に残る、強く締め付けていた赤い跡。

顎が…がぁッ

「なぁ、からすは飯、食えるの?食う必要あんの?」

「さくら君、おかえり♡わたしは何か食べないとエネルギー不足になって、眠ってしまう体質なんだ。ペコペコで体が重くて仕方がない…」

「じゃあ、丁度いいな。俺が食わせてやるよ」

「ぅぇええええ!?♡♡げほっごほ、さくら君がわたしに、あ〜んしてくれるのか!?顎の痛み消失…ッ/////ゲボげほッ

俺はビニール袋からショッピングモールで買った、木箱に入った苺を取り出す。大粒の、真っ赤に熟れている美味しそうな苺が沢山並んでいる。こんな高ぇ苺買っちまったから、しばらくはオヤツ買えねぇな…。

「わーいわーい!美味そぉだぁ〜、果物大好きなんだぁ!!!」

俺は檻の前に座り、苺のヘタをとりながら、からすを見やる。乾いた長い前髪がまた、からすの顔を、瞳を隠している。

「なぁ、その前髪邪魔だから切っていい?苺食わし辛いし、見ていて鬱陶しいんだけど」

「ん〜♡さくら君の好きな様にしてくれ!!!!!」

俺は苺を端に寄せ、別のビニール袋からハサミを取り出した。パッケージをバリバリと開ける。嫌だと言われても切ってやるつもりで、散髪用のハサミも買っていたんだ。

ハサミを持って、からすと向かい合う。柵の間に手を入れ、その黒い前髪をジョキジョキと切っていく。切られた毛の束が落ちる度に、白い肌と、血色のいい唇が露わになっていく。長いまつ毛に、落ちた髪が引っかかる。ときどきそれを手ではらいながら、俺は悩み悩む…。

切り方わかんねぇな…切りすぎたかもしれねぇ…いや、切りすぎたな。あーぁ切りすぎた!!!

眉の位置よりは長く残すつもりが、いつの間にか短くなっていた。しかも、良かれと思い微調整する度に、横真っ直ぐに揃っていく…。俺は思わずぷぷっと笑ってしまった。

「なんだ、さくら君。笑えるくらいに最高の前髪に仕上げてくれたのか?」

そっと目を開けたからすと、ばっちり目が合う…。

「からす…やっぱ綺麗な顔、してるじゃねぇか」

「さ、さくら君、そんな…き、綺麗だなんて、わたしの心をこれ以上かき乱さないでくれ!!!/////この後苺イベントもはじまるのだろう?心が追いつかないよぉ〜♡」

「相変わらずうるせぇなぁ」

俺は苺の入っている箱を避難させるように持ち上げて、落ちた髪を足で部屋の隅へと適当にはらっていく。その様子を少し不安気に見ていたからすはぼそぼそと話し出した。

「わ、わたし、侵略者なのに…苺くれるのか?侵略者なのに…?優しすぎないか??いや…わかっているぞ、さくら君!!

あ〜ん♡ってして食べる直前に、「ばーか」って殺すつもりだろ!?いいんだ、それでも構わないんだ。今感じている期待感だけでも幸せなんだ…ふふ♡

まるで…

さくら君へのラブが、わたしの頭をなでなでしているみたいだ!!!

「何言ってんだ…??ほら、口開けろよ」

俺はからすの口元へ苺を近づける。そっと口を開き、輝く瞳で苺を齧ったからす。俺も片方の手で別の苺を手に取り1口齧った。

「あま、うめぇ。俺、唐揚げと苺が好きなんだよな…。からすは?」

「とっても、おいしいなぁ〜♡うまうま。お、おい、さくら君、いいのか?本当に、殺さないのか?」

「はぁ?殺さねーよ、オモチャにするっつったろ。苺、ひとりじゃ食いきれねぇし?」

「うふふ、さくら君、大好きッだ!!!」

とろんとした火照った顔で、照れくさそうに、嬉しそうにまたひとつ、またひとつ、俺の手から苺を食べるからす。

俺のことが好きな顔。惚れてる顔。夢中な顔。頭がぼーっとする。

…俺を殺せないからす。

窓から差し込む月明かりが、冷たい鉄格子と俺達を照らす。流れ泳ぐそよ風に、黒い髪と桜色の髪が靡く。

…俺が殺せないからす。

空っぽになった苺の箱…。俺はからすのいる檻にもたれて座り、ぐるぐると考えていた。

からすを傍においておきたい。手離したくない、殺したくない。自分の気持ちにはもうとっくに気がついている。

…心ががザワザワする。「いけないこと」をしているみたいな気持ちになる。守り人なんて立場も気にせず、自分勝手に力を振るったこともある。そう、俺は今まで、本当に好き勝手やってきたんだ。それなのにどうして?こんなにも不安な気持ちになるのだろう。

からすのことを思うと、自分の心がわからなくなる。

「…さくら君、大丈夫か?」

その優しい声に、俺はほろりと口に出してしまう。

「…からすはマジで俺が好きなの?侵略者なのに?自分の使命を全うしたくはねぇの?」

からすはきょとんとした表情を浮かべ、ぱちぱちと瞬きした。

「ん〜、今更何を言っちゃうんだ?わたしは見ての通り、さくら君のことが大好きだ!♡♡ちっちゃくて可愛いし愛おしくてたまらない…!

侵略者なのに、守り人を好きになっちゃうなんて…悪いことをしている自覚はあるぞ。でも、迷いたくないんだ。恋心には、素直でありたいからな♪

本当は侵略者でなんていたくない…だけど、侵略者だったからこそ、さくら君に出会えたのなら…全てが運命なのだと思っている/////」

自分の胸に手を当てる。

悪いことをしている自覚、か…。

俺と、同じだ。

…俺も、素直になってもいいのかな

とか考えていたら

…ガシャンガシャン!突然、さっきまで落ち着いて話していたからすが暴れ出した。

「おしっこしたい〜出してくれ〜!!」

「はぁ?何、トイレ?我慢しろよ、今考え事してるんだ」

「あっ♡そうか!これはこのまま漏らしてOKな流れか!監禁シチュエーションだもんな、そうだよな…さよならわたしの尊厳…♡」

「バカッ、漏らしていいわけないだろ!!!まったく…ギリギリで言うんじゃねぇよ…」

カチャカチャと手錠を外す。手首は赤紫色に鬱血していた。

「〜ぐぅッ…早く外してくれ、わたしは我慢することが1番苦手なんだ!!

歌でも歌って気を紛らわすか…わったしは苺、わったしは苺…だからおしっこしないんだ〜♪そもそもトイレってなんだ?知らな〜い初めて聞いた言葉だな♪」

変な歌をききながら、俺はハサミが入っていたビニール袋から、大型犬用の首輪とリード(紐)を取り出した。からすの首に取り付ける。緩めにつけたから、これなら痕残ったりしねぇだろ…。檻を開け、からすを外に出した。

「…そ、そんなもの着けなくても、わたしは逃げていかないぞ?」

「…だって、信じるの怖ぇんだ」

股間を抑えてうずくまったからすを、俺は全力でトイレへ引っ張り、引きずった。

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…バイト中、今は昼休憩、休憩室にいる。

あの後からすは檻の中で、俺はその檻にもたれて夜を明かした。朝、家を出る時、からすはそのまま檻の中に置いてきた。なんだか可哀想になって、手錠も首輪も全部外した。

今日はからすのことで頭がいっぱいだ…。きつねうどんを啜りながら、俺は同じカップ麺を啜っているゆずは先輩に話しかける。

「…先輩、ちょっといいですか」

「さくら君、どうしたの?」

「好きな人を監禁する男ってどう思うっすか?」

それを聞いた先輩は、ゴボッと啜っていた麺を器の中に吹き出した。

うわ、汚な、ごめん…え?何?好きな人を、か、監禁?さくら君、変な映画でも見たの?まぁ…まともに恋愛したことないオレでもそれは…流石にキモいと思うけど

「じゃあもしそれが、相思相愛で。相手もそれを受け入れていたら?」

「ぇえ…無理無理。間違えた行動力だけ尖ってる陰キャなんて、誰も得しないよ。オレなら絶対にやらない…。

本当に好きなら逃げたいと思わないし、閉じ込める必要ないと思うよ…信じ合えるからね。それよりいろんなところに、つれてってあげたいじゃん?

…さ、さくら君、変なことしてるんじゃないだろうね!?」

「し、してないっすよ…!!」

ゆずは先輩はピクっと体を震わせた。俺が思いのほか不安そうな顔をしたから、驚かせちまったみたいだ。「冗談だよ、さくら君は変なことなんてしない」、と優しい先輩は笑ってくれた。

「ありがとうございます、ゆずは先輩のおかげでちょっと元気出ました。なんか最近モヤモヤしてたんです。ゆずは先輩はやっぱり優しいっすね、ほんと今まで5人も彼女できたのに全員に1週間以内に振られてるのはどうしてなのか…」

「オレの黒歴史をわざわざ掘り起こすなって!」

「でも、最近毎日来てる、あの青い髪の女の子…絶対先輩目当てっすよ、今度こそ♪」

「いや、オレは恋愛とかはもういいから…」

顔をしかめて、目をそらす先輩。先輩と話すのは普通に楽しい。

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いつも通り退勤した俺は、羽を広げ、急いで天国へと向かった。幸せになる為の世界、穢れのない白い世界。俺はあいつの名前を呼ぶ。

「おい、悪魔、いるんだろ。顔出せ!!」

「くくく…我に何か用か、守り人様」

「命令なんだけど、しばらく…いや、俺が許可するまで天国で大人しくしておいてくれない?現世にちょっかい出すなってことな?今侵略者で遊んでてさ、マジ、邪魔されたくないんだよな♪」

「ふん、承知した。守り人様も今、面白いことに夢中になっているのだな」

「まあな、悪魔も何かあった感じか?」

「くくく…力を与えてみた黄色い髪の堕天使がいたのだが、そいつが、期待以上なのだ。行動力のある男で面白い。彼の行く末が…運命が面白くてたまらない」

「ああ、あいつか…あいつ、面白ぇよな!悪魔は強いけど、流石に、あいつが作った霊界の中は見られないか?俺は守り人として一応見はしたけれど…中はつまらなさそうだったな…閉じ込められてる変な霊と、ひまわり畑しかなかったかし。

一つ気になるのは、あの霊界、現世よりも、時間の進むスピードが100倍くらい早いんだ。堕天使の意図的なものなのか、偶然なのかは知らないけど。だからさ、ちょっと目を離したら、もう何が起こってるのか分からなくなっちまった笑。閉じ込められてる奴、変なことしてなけりゃいいけど…。

まぁ…俺に害はないし、面倒くせぇし、一旦放置かな〜。

地獄の世界は星の深いところに作ってるから空気良くねぇし、天国の方が楽しいからわざわざ行きたくねぇし。まぁ、その堕天使でも見ながら大人しくしてて。

逆らったら…殺すから」

「くっくっく、勿論だ。守り人様の仰せのままに」

悪魔は俺に軽く頭を下げ、霧に紛れるかのように姿を消した。かつて侵略者としてこの星、天国へとやってきた悪魔と名乗る彼女は、その日のうちに俺に捕まり、力の差を痛感した。痛み、絶望に屈した彼女は俺に必死の命乞いをした。

「我に帰る星などないんだ…守り人様を満足させるためなら何でもする、たのむ…生かしてくれ…!!」

彼女は記憶を覗き見る力やら、物を作り出す力やら…俺にはない多彩な力を持っているから使える。そして人間の運命を弄ぶ彼女の好奇心や悪意は、退屈しのぎになる…。だから俺はあの時彼女を手中に収めることにしたんだっけ…気まぐれだったけれど。それでも彼女は俺に忠実で、俺の指示に逆らったことは1度もない。

…しかし、その後俺が悪魔に新しい命令を出すことは二度となかった。

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家に帰ってきた。部屋の明かりをつけると、からすの大きな声が部屋に響く。

「おかえり、さくら君ッ♡!!!/////」

檻の中、体を縮めて横たわっていたからすが勢いよく体を起こすのが見えた。俺は檻に近づき、ゆっくりとその鉄に手をかけ、ガチャ…と開けて見せた。

「鍵もかけてなかったし、簡単に開く様にしていたんだ。1度開いたら閉まらない仕組み。からす、マジで1度も出ようとしなかったんだな…」

「出る気がないから気が付かなかったぞ。さくら君に会いたい気持ちだけが心を満たしていて…トイレも空腹も今の今まで忘れていたくらいだ…」

「あぁ、トイレ?連れてってやるよ。あとさ、帰りにコンビニでお弁当買ってきたから…コレ。唐揚げのやつ。また、食べさせてやるよ」

「さくら君、こんな幸せな生活をくれてありがとう!!わたしはもう…さくら君のものなんだッ/////」

そう言ってからすは笑っていた。

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唐揚げ美味かったなぁ〜。満足感に浸りながら、檻の中のからすを眺める。相変わらず綺麗な奴。前髪はダサいけど…それもまぁ仕方ないっつうか、かわいいじゃん?

「さくら君…そんなにじっくり見つめられたら照れてしまうのだが…???♡」

「別にいいじゃん、俺のものなんだから」

その言葉に、からすのサファイアブルーの瞳が揺れた。

「…そ、その、さくら君はわたしのことが好き…なのか?」

「…多分、…」

「…」

「多分、好き」

俺は檻の扉を大きく開き、自分もその檻の中に入った。狭い空間。ふたつの体の距離が縮まる、密着する。俺はそのままからすに覆い被さるように…その大きな体を抱きしめた。

「…さ、さくら、君…そんなッ、げほっげほっ、ぅう…」

「からす、俺、檻の扉が開いてなくて安心したんだ。俺から逃げる気がないってわかって、嬉しかった。からすのこと考えたら何もかもが心配になっちまって…。でも、本当は、もう…からすのこと、オモチャだなんて言いたくないし、閉じ込めてることも、辛いんだ」

「さくら君…」

「守り人と侵略者が恋しちまうのって、悪いことでいけないこと…だよな。わかってる。それでも…からすのこと大事にしたい、愛したいとか…思っちまうんだ。そう思えば思うほど、自分の心を檻の中に閉じ込めているみたいで、なんだか苦しい。

いつも、いつも…そばにいて欲しい…。

こんな檻じゃなくて、俺のそばにいて欲しい。

…そんな後戻りできないことを伝えてもいい?

…後戻りできないことを望んでしまってもいい?

わかんねぇよ…俺、怖いんだ」

「さくら君…」

からすは少し困ったような優しい顔をみせる。そして俺の頭に手をのばし、そっと撫でた。

「大丈夫…わたしはとっくに心を決めているぞ?後戻りできないことをする覚悟をしている。…わたしはさくら君を信じている」

「後戻りできないことをする覚悟、か。じゃあ俺も、素直になる。

からす…悪いけど大事にさせて」

上手く笑えているかわからない、自信が無い…そんなぎこちの無い表情で俺はからすに想いを伝える。

「俺、からすのこと、好きだ。星とからすを天秤にかけて、からす選んじまってんだ…ああマジで守り人向いてねぇ…」

「…さくら君、ありがとう」

冷たい鉄の床。檻の中。身を寄せあって、まるでお互いの気持ちを、愛を確認し合う様に優しいキスを交わした。

俺はからすの顔色を窺いながら、その真っ黒のコートのボタンに指をのばす。ひとつ、ひとつ外していく。その内側の黒いシャツも捲り、開くと、侵略者として戦ってきた証か…白い肌にはいくつかの大きな傷跡があった。その傷跡すらも…愛おしい。

もっとからすを知りたい。

はは、これが、恋か…。

俺…マジで恋、してるのか。

「好き」に、なっちまったんだ。

首筋に唇を落とすと、からすが耳を真っ赤にして俯いた。

「好きにしていいぞ…さくら君が満足出来るように…していいから。わたし、はじめてだから、やり方もわからないし…」

「好きにしていいなんかいうなよ。優しくするし、気になることあったら素直に言って。その方が、なんだか嬉しい。からすの意思で俺に身を預けてくれたら…もっと嬉しい」

「守り人」も「侵略者」も脱ぎさって、秘密の檻の中に籠るのは、俺のことが好きなからすと、からすのことが好きな俺。

許される?許されない?うるせぇ、黙ってろ…。2つの存在が心を開き、通わせ、求め合い、愛を感じ合って。この星から、使命から、身を潜め、静かに閉じ込め合っている。

…それだけ。

それだけなんだ。

あれから、からすを檻に閉じ込めることはなくなった。「さくら君に心配かけたくないんだッ」とか言って家の外には出ていないみたいだけれど。

今日も家に帰ればからすが待っている。俺の特別な人が待っている。

ぎゅっと抱きしめる体。

甘えたがりなからすが可愛くて、直ぐにキスをしてしまうような、そんな日々が続いている。

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