五話
ー現世での出来事ー
青い空、白い雲。ザワザワと聞こえる誰かの声、足音。何も変わらない午後3時。小さな公園に駆けてきた男は、1番高い木の上に登り、少し遅めの昼食を始めようとしていた。
(今日は、食パンにジャムを塗って食べますよ♪お隣さんから手作りの苺のジャムを分けて貰えただなんて、今日の僕はついていますね!)
大きなリュックサックを背中からおろし、ごそごそと食パンとジャムが入った瓶、スプーンを取り出す。リュックサックの中には、絵本の切り抜きが貼ってあるノートと、護身用の道具が詰まっていた。スプーンでルンルンとジャムを塗りはじめる。ジュるりとした透明の赤色が、食パンの白色を被っていく。
「いただきま…」
その時、生暖かい強風が吹き、彼の背中を押した。
「わわっ!!!」
舞い上がるように乱れた長い緑色の髪が視界を遮る。体勢を崩した彼は、木から滑り落ちた。ギリギリの所で手と足を伸ばし着地し、そして、何とか離さなかったパンをぱくっと咥える。ジャムがついた髪が顔に張り付いていた。手に付いた土を払ってから、その髪ををかきあげ、ふと上を見上げる…。
!?!?!?
目に飛び込んだ異様な光景に彼は目を丸くした。空が真っ赤に雲は真っ黒に変色している。それは遠く、遠く、見えない端まで続いており、禍々しく蠢いている。
怯えた叫び声、錯乱し逃げ惑う人々…目に入る、耳に届く、非日常。
「…ぁ」
その燃えるような景色と声色は、晴れやかだった彼の心を、一瞬で恐怖に包み込んだ。
空が燃えてる???
「ぁ、は、はあ、はぁ、…もえて、る…?
火が…
おしろが…燃えてる…」
よろよろと座り込んだ彼は、這うように木の影に移動する。恐ろしい記憶に歯を食いしばり、目を閉じ、震える体を縮めた。
(落ち着きましょう。…大丈夫。)
そっと、そっと目を開ける。
(大丈夫!)
彼は頭をブンブン振ってから、強い心で立ち上がった。強い風に吹かれながら、赤い空を見上げる。
(なんだか空が怒っているようですね。こんなの、500年間1度も見たことがないです…空が落っこちてきたりなんてしたらどうしましょう。そんな、よく分からない理由で死ぬ事だけはごめんです。情報が欲しいところですが、まずは建物の中に避難した方が良さそうですね…!!)
リュックを背負い彼は駆けて行く。怯える人々に、座り込み動けなくなった人々に「大大丈夫ですか」と、声を掛けていく。荒れる、変わらない空の下を走り回る。
「怖いですね…僕と一緒に建物の中に入りましょう。」
「ありがとう、みどりさんも…気をつけて」
「はい!」
そして少しずつ、少しずつ、静かに、静かに落ち着いていく空気。
この星の世界中の人々が、不思議な赤い光景を不安気に眺めていた。