七話
彼なりの応急処置を終えたさくら君。おどおどしているオレ(ゆずは)。
横になって話がしたいと言うさくら君と、ふうがを背負い、寝室のベッドへ寝かせる。
明かりの着いたままの部屋。さくら君の体や服に付いていた血が、シーツにシミを作った。大きく息をついたさくら君が温かい色をした明かりに照らされる。その顔色は、浮かぶ月のように青白かった。
「ほら、せんぱい、手ぇ、出せよ」
「ぅえ、な、なんで…?」
「力欲しいんじゃねーのかよ。先輩には、オレの力の半分をやる」
「は、は、半分!?え?」
「あ、文句あんのかよ?中途半端にちょっとだけ力渡しても、意味ねぇだろ。
…てか、できねぇだろ…そんな一瞬で中身飛び出るような、普通の霊体じゃ、ふうがさんとこの霊界の未来は背負えねぇよ。
1人で背負うっつーなら、強くなって貰わねぇと。
魂ごと書き換えるだなんて方法は俺も思いつかなかったし、熱意は伝わったから。まぁ、悪くねぇかなって。…ゆずは先輩のこと消したくないし…もう、この霊界と関わりたくねぇっていう本音もあるけど。
あんな悪人面で必死なれるのはもはや才能だろ。ただ、泣きついても、二度と霊界の外には出してやんねぇよ?先輩は1番力与えちゃダメなタイプの奴だ。笑
100年ここにいても正気保ってる精神力も認めてやりたいし、覚悟もある、へへ、先輩なら途中で嫌になったり逃げたりしねぇだろ…」
「あ、ありがとう…でも、その、大丈夫なの?」
「力を半分失ったら、銃で撃たれたりなんかしたら、もう1歩も動きたくねぇってくらいには痛くはなるだろうな。痛てぇのは嫌いだけどよ…。
でもな…星も俺も心配ねぇよ!
先輩と違って俺は1人じゃねぇ。今、天国には色んな仲間がいる。
俺が血を流しすぎたら、空の色が真っ赤に変わる仕組みになってる。だから、皆異変に…俺が傷付いたことにも気が付いてるはずだ。「アイツゆずはにやられてるのか!?」ってソワソワしてるだろな…かっこわりぃ。現世の奴らは何が起こっているのかも分からず、困っているだろうけど…もう、血は止めたし、空も収まった頃だろうな。…心配かけちまった。
まっ…お前も1人じゃねぇか?ふうがさん、いるもんな。
でもよ、勝手にそんなことしちまってふうがさんビビったりしねぇの?ここ、ふうがさんの霊界だろ?ゆずは先輩が霊界の化身になれば、ふうがさんは力を失って、空も飛べなくなるぜ?…まぁ、ふうがさんに改めて力をわたせば、問題ないか」
「…ふうがには、オレから話す。す、拗ねちゃったらどうしよう」
「知るか。ほら、やるならさっさとしろ、俺は痛てぇんだ、早く天国に帰りてぇんだよ…。
でも先輩のこと、やっぱり嫌いにはなれねぇな…ちょっとだけ、俺と似てるのかもな
俺、今まで滅茶苦茶に生きてきた。
色んな時代があった…興味本位で近づいて、剣でぶっ刺されたり、刀で斬られたり、爆発に巻き込まれて吹っ飛んだり。銃弾?何回もくらったことあるって…。痛みを我慢しながら、無くした体の一部を探し回ったり、最悪な経験もいっぱいしてきた。寝てりゃ治るけど、堕落と失敗の連続だった。
先輩のやり方は気に入らねぇけど、なんていうか、俺も先輩くらい、誰かのためにわがままで強引になれたらいいなって…「あいつ」の笑顔を守ろうと思える奴になれたらな、とか…思っちまった笑。
あいつ…まぁ色々あって…霊界から出してやれねぇんだよ。しかも俺、わざと会いに行かずに意地悪してたんだ…。
でも憎悪の力の影響で苦しんでて…あいつの魂や人格が壊れてしまうかもしれない、そう悟った時…気が動転して…怖くてたまらなくなった。
あいつ苺が好きなんだ…。もっと快適空間にして…会いに行ってやろうかな…毎日。
へへ、また、先輩の様子も見にくるさ。心配はしねぇけど、見放したりもしねぇよ、だって化身仲間だろ?悪人面はキモイから二度と見せんなよ。次俺に包丁やら銃やら向けたら即ぶっ殺すからな」
「…うん。ありがとう。さくら君なら、強くて優しい人になれるよ」
「はいはい。じゃ、頑張ってくーださいねっ♪」
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ーひまわりの霊界・朝ー
(…え、もう朝?)
オレ(ゆずは)はふうがの眠っているベッドにもたれ掛かるようにして座っていた。硬い床の感触、おしりが痛い。
興奮、大興奮、眠りたくなるわけもなかった。
今のオレは、甘いコーヒー飲みすぎたか、ゲームしすぎたか、怖い映画を観てしまったりなんかして、お目目ばっちりに眠れなくなった子どもみたいだ。
必死だった、本当に…必死だったんだ。オレが望んだはずなのに、こんな事になるなんて…なってしまっただなんて信じられなくて。じわじわと実感が追いついてくる、近づいてくる度に、薄い後悔と罪悪感が少しずつ濃厚になっていく。
ふうがの顔がチラチラと浮かぶ。
オレはどうしたらいいんだ?オレは何から受け入れて、どこから手をつけたらいい?
この霊界の過去と未来、何もかもが頭の中に流れ込んでくる。でかすぎる図書室にいきなり放り込まれたみたいな感覚。先が見えないほどに高い本棚には大量の本がぎっしり詰まっている。遠く遠くまで、オレを囲んでいる。未知の圧迫感が気になって仕方ない。
さくら君と戦った傷…その痛みがあるおかげで、オレの心は何とか現実を、現状を見ようと頑張ることができていた。
…。
力を貰った時、さくら君に促され、直ぐにふうがの頭に手をかざしてみた。力の使い方なんて知らない…ただ「ふうがを助けたい」その気持ちだけを込めるように…。
それで…憎悪の力はなかったことにされたらしい。…か、簡単だなぁ。
さくら君が言うには、ふうがに呪いをかけた堕天使の力は、さくら君の力と比べると、ずっと小さなものだったらしい。だけど、さくら君は不器用だから、魂に干渉して憎悪の力だけを無力化するだなんて繊細な力の使い方は出来なかったし、思いつきもしなかったらしい…。
さくら君、あんなに強いのに、長く生きてるのに、攻撃方法殴る蹴るしかないんだって。武器作ったり、使ったり、ビームうったりも出来ないんだって…練習すればいいのになぁ。
さくら君はその後「もうちょっと一緒に居てくれ!」と駄々こねるオレを散々からかった後、「あとはまぁ何とかなるっす、へへ笑」とか適当なこと言いながら本当に帰ってしまった…(地面に埋まっている魂達も一緒に連れて帰ったみたい…)。
もうちょっとからかってくれよ…置いていかないでよ…。
オレは今この霊界にある全ての力を手にしている。全然わからないけど。マジなの?
ふうががいつもやっていることができたりするのかと試しに右手に力を込めてみた。何も無いところからふうがの帽子がポンとでてくる。
マジだ。…とりあえず被っておく。バックバク…うるさい。さっきから感じる脈動は何だ?オレの心臓の音?落ち着けって!
はぁ。この程度じゃ無いはずだ…だってオレは霊界の化身…もっとこの霊界を意のままに変えられるような力があるはずだ。…まぁ、そんなことは怖くて試せないんだけど。
あと体が丈夫になったはず…。簡単な衝撃や怪我では、花びらが出にくくなったのかな?…ちょっと試したい。とりあえず包丁で刺してみる?…馬鹿か!もし、このタイミングで花びら大放出したらどうするんだ!?痛みだってあるんだし…後が怖くて試せない。
とりあえず、体が頑丈になるこの力だけは、先にふうがにも分けておこう…。
(ふうがの体がオレと同じくらい頑丈になりますように…)
ふうがに向けた手から、青い光がぽわぽわ光る…出来たのか?わからない…多分できた、多分。多分!
わかんない、わかんないよぉ。あとは全部…ふうがと話してからにしよう。
ふうがはどうしたい?どう思う?全部叶えてあげたい…。
…不安。被っていたふうがの帽子を抱きしめて凍える様に震えていた。
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でも朝が来ちゃったんだ…。窓から差し込む朝日に照らされて、ふうががもぞもぞと起き上がる。う〜ん!と伸びと欠伸をしているのんびりした声。それからオレの座り込む後ろ姿が視界に入ったのか、わっ!?と、声を上げた。
「ゆずは!?おれ、いつの間にか寝てたのか…あれからどうなったんだ!?あいつは!?大丈夫なのか!?」
「オレにびびって逃げていったよ。ふうがの体も大丈夫、心配ないよ」
「本当か?ゆずは、すごく疲れた顔してるな…キッチンのお水、持ってきてやるよ。飲みながら話をしよう」
ふうがはベッドから飛び立とうとして…しかし、床に転んでしまった。オレもふうがもびっくりした。ふうがの隣に座り込む…ああ、そうか、今は霊界の全ての力をオレが持ってるから、ふうがは何の霊力も使えない霊なんだ!
「あれ?…おれ、飛べない…」
ふうがはショックをうけている…。
「ふうが!は、はなしたいことがある…は、はなしたいこと…だいじなはなし、い、いますぐ…」
「わ、わかった…聞く。落ち着くんだぞ。とりあえずベッドに座ろう。立てるか?」
ふうがの差し出した手を握り、引っ張られて立ち上がった。
「…うん、立てた」
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ー恐る恐る、ふうがに昨晩の話を始めるー
…バイトの後輩だったさくら君がこの霊界にやってきたこと。彼は星の化身という特別な存在だったこと。さくら君はふうがの頭の中にあった、呪い…憎悪の力が宿る造花を無力化させるために、オレたちを消しに来たこと。
喧嘩して、最終的に星の化身の力を半分もらったこと。そしてオレは霊界を管理し見渡せる力を持つ、霊界の化身という特別な存在になったこと。その力を使いふうがの魂に直接干渉することで、憎悪の力を無力化できたこと。丈夫な体になったこと。
…全部、全部話した。ふうがが望む力を全部あげたいことと、ここをふうがが望む世界にしたいと思っていることも、全部話した。
…隠せない、話さないと怖かった。
オレの話を聞き終わったふうがは、試しに何かものを作り出そうとしてみる…が、勿論何も作ることはできない。オレがふうがの帽子を出してみせると、信じられないといった表情で目をぱちくりさせた。
「ごめん…ふうが。勝手に…」
「ゆ、ゆずは…あ、謝るなよ!おれのこと助けてくれたんだろ?そんな悲しい顔しなくていいんだ…。呪われてたの怖いし、おれ、ゆずはとずっと一緒にいたいし、ずっとふうがのままでいたいんだ。だから嬉しいぞ」
「でも、オレの魂が壊れて消えちゃったら、ふうがも…霊界も、全部消えちゃう仕組みに変わっちゃったんだよ。
ふうがが、ふうががいなくなる事が怖くて、…1人になるのが怖くて、でも!でも!もっと慎重になるべきだったかな…。
もしかしたら…ここから2人で出られる方法があったかも。何も変えずに済む方法が他にあったかも…。ふうがが幸せだって思える他の最適な選択肢が…あったかも…。
勝手に決めてしまったんだ。
…凄く、凄く怖い…オレ、取り返しつかないことばっかしちゃって」
「ゆずは…大丈夫だぞ?何をそんなに怯えてるんだ?おれは元から、ゆずはがいなくなったら消えるつもりだったし、そんな小さなことで怒らねぇって!ほら、おれの目を見てくれよ、嘘ついてないぞ!」
「ふうが…」
「ゆずはが一緒にいてくれるならそれだけでいいんだ。
おれ、ゆずはと友だちになったあの日まで、幸せになりたいなんて思えてなかった。ひとりぼっちが怖い、寂しい気持ちが怖い、壊れた自分が怖い…怖いだけだった。
でもゆずははいつも、おれが不安になってしまったとき…怖い気持ちになってしまったとき、大丈夫だよって言ってくれるんだ。
ゆずはだけなんだ。ゆずはだけは…どこにもいないおれの汚れた手を握って、大切な存在だって、言ってくれるんだ。何も変わらないって、永遠だって、安心させてくれるんだ。
…今も同じ気持ちだぞ?おれは安心してる。
ここにいるおれは、もうスケッチブックに描いた設定資料によって作られたふうがなんかじゃない。ゆずはに支えられて、2人で積み重ねた思い出が形になって、この足で立ってるふうがなんだ。
ゆずははとっくの前からおれの世界なんだ。おれはゆずはしか見ていない。
おれはゆずはの1番大事だったものを奪った悪霊だ…でも、ゆずははこんなにもおれを守っていてくれるんだ、悪霊じゃないって何度も何度も言ってくれる、だからそんな自分のこと許しちまってるおれもいる。
…だから、おれは、ゆずはになら、殺されたっていいくらいだ。
また、救ってくれてありがとう。ずっと一緒にいような」
「ふうが…うん、ずっと、ずっと一緒だ。ありがとう…
ふうがは、おれの居場所だから。おれが守る…守るから!」
ふうがが笑う。昨日とも一昨日とも100年前とも変わらない笑顔で。そして、まっすぐに。まっすぐに。その正直な感情をひけらかすかのように、自信満々に、おれを見つめる。
それだけで、頭を埋め尽くしていた不安も、体の奥の方から湧き上がるような熱く浮つく未知の感覚も、泡となって溶けていく。後悔も罪悪感も、優しく包み込まれる様に。
安心してる、その言葉に、安心してる。
オレはそっとふうがの肩を抱いた。
プラスチックの温度…ここにいる、ずっといる。
…ふと、友達になれた日の…あの日の決意や言葉が頭をよぎる。
(強くて優しいなりたかった自分も、臆病で残酷な気持ち悪い自分も。全部、ふうがとの友情に捧げて、尽くすよ。変わらないように守るよ。だから、受け止めて欲しい。オレとの未来を、オレの人生最後のチャンスを受け止めて欲しい)
変わってないな…ふふっと苦笑いした。