九話
…その後のさくらと現世、からすのお話…
「体が痺れる…めんどくせぇ、いってぇ…」
透明の翼を羽ばたかせて、天国に帰ると、入口にはささめきとさくまが立っていた。何故か門番がめちゃくちゃ怖い顔で俺(さくら)を睨みつけている。
白い雲に降り立つと、さくまが駆け寄ってきて俺の穴の空いた体と指を再生させ、傷を一瞬で治してくれた。やっと重い痛みから解放された。俺は肩や首をぐりぐり回して、その軽くなった身体を確かめる。
腕を組んだささめきがにやけながら、俺の元へとゆっくりと近づいてきた。
「ゆずは君、100年たっても変わってないだなんて、やっぱり愛が重くて芯のある男なのね。私たちのことは心配しなくていいわよ、守り人さんがダサい顔して帰ってくることは皆想像してたから。
私の大切な人を消すだなんて、できないって、はじめからわかってたし?大怪我して帰ってくるとは思ってなかったけど…」
ささめきの後ろに隠れたさくまが言う。
「本当にダサい守り人様だ。お気に入りの侵略者を地獄に監禁するような趣味まである」
「うっせー…やっぱりお前ら、全部知ってたのかよ…。ささめきがさくまに俺の記憶覗かせて皆で共有か?悪趣味だな」
「だって面倒くさがり屋のあなたが、わざわざゆずは君に会いに行くなんて…怪しいじゃない!守り人さん、隠し事とか嘘つくの下手だし、全部顔にでていたわよ。上辺しか見てない単純さんね」
「うっせぇ!!俺が悩んでた気持ちなんて、ささめきにはわからねぇよ!!つよつよオバケ」
「ならあなたは、よわよわ守り人ね」
さくまが口を開く。
「…ま、守り人様、結局どうなされたのか。何があったのか…」
…俺は正直に言うさ。
「…すまん。ゆずは先輩に俺の力を半分も渡しちまった。ふうがさんも壊してない。
お前らもいるし…俺の力が半分無くなった程度では星を守ることに影響はない、そう判断したってこと。時々霊界の様子は見に行く…この件の詳しい内容は俺の記憶覗いちまってくれていい。
以上!文句はいくらでも聞くぜ、もう遅いけど笑」
「ふーん…わかったわ、じゃあ後でさくまちゃんに見てもらって皆で共有する。…どうせゆずは君に、「霊界がほしい!」「力をくれ!」とか言われて、押し負けたんでしょ?あなた、逃げたのね」
「ち、ちげぇよ…俺の心の広さだ。ビビったり、流されたりなんてしてねぇから!!」
「守り人さん。それより、門番さん相当怒ってるわよ?」
「なんで門番が怒ってるんだ?」
門番は大股歩きで俺の元へ近づいてくる。大きな声と、鋭い眼光。さくまはささめきの足元に小さくなってうずくまった。
「さくら、現世にはなんの影響もないようにするってありすと約束したのに!
空が真っ赤になっていたよ!!
何も知らない現世や地獄の皆は混乱したはず、怖い思いをしたはず!!…害があるとかないとかの問題じゃない…もっと責任を持って」
「…確かにな」
「…ありすは、赤色が嫌いなの。燃える赤色は戦いと死を連想させる」
「……悪かった。お前、怖かったんだな」
「ばか。ありすはこれくらい平気…。でも今回の件を踏まえて、ささめきと一緒にコレを描いて作ったよ!」
門番は、1枚の手作りのポスターを取り出す。(夏休みの宿題かなにかか?)
「は?」
「さくらが働いてるお花屋さんに貼っておいて」
「いや、…は?は?」
は?を連呼する俺に、ささめきがにやにやしながら言う。
「私がクレヨンと画用紙を天国から調達してきて、門番さんが一生懸命描いたのよ。ほーら、お花も描いてるし花屋に飾っても大丈夫な仕様になってるでしょ」
上部には色鉛筆で「赤くなったけど大丈夫だよ!」と描いてある。まったく意味がわからないのは、真ん中にドーンと緑色の長髪の男(誰?)が花を持っている絵が描かれていること。
「…この花の形とカサっとした感じ…スターチスか?俺も好きな花だけど…こんなの店に貼ろうとしたら、店長に心配されるだろ。あと、こいつ誰だよ…ぼんやりした顔の知らないおっさんが大丈夫だよって言ってても信用できねぇよ。まったく…」
「さくら、この人はおっさんじゃないよ?怒」
「ほら、守り人さん、文句ばっかり言ってないでさっさと飾ってきなさいよ」
「あーはいはい…。門番、下の方とかに、花で想いを届けませんかとかだけ描いとけ。店長には花屋のポスターとして俺が描いたって説明するから…」
「わかった。よろしくね」
なんなんだ、まったく…。俺はそのポスターを抱えて、現世へと降りた。
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さくらの後ろ姿を見送った後、ささめきがありすの肩を叩いてくれた。
「…門番さん、みどりさんはきっと大丈夫よ、彼、強いひとなのでしょう?」
ささめきとさくまは、ありすとみどりのことを知っている。さくらはまだ知らない。
「うん。ささめき、ありがとう。でも怖い気持ちにはなったと思う。あの景色、まずお城が燃えてるところを思い出した。戦ってぐちゃぐちゃになった寝室、さいごにみた血溜まり…色んな景色を思い出した。…泣いてたらどうしよう、心配」
ありすは下を向く。するとささめきの足元に隠れていたさくまが、ついに耐えかねたのか口を開いた。
「ありす、みどりをあまり舐めない方がいいぞ。あいつの魂は我が作ったのだ。あいつは我にも欺ききれない強心の持ち主だ…!!心配する必要はない。
あいつがここに来たら困るけどな…我は確実に報復される、まずは適当に名前付けたことからだな…それから…」
「ありがとう、大丈夫だよ、さくま。そんなにありすを怖がらないで。ありすはさくまのこと、怒ってない、もっと仲良くなりたいと思っているから。
あのポスターは、皆を怖い気持ちにさせたさくらへのお仕置なんだよ。さくらは職場で恥ずかしい思いしちゃえばいいんだ、ね、ささめき」
「そうね。はぁ、守り人さん、みどりさんの絵を見ても、門番さんのこと思い出せないのね…」
「ありすの絵が下手だからかな?」
「…500年前の出来事だが、忘れてはいないだろう。顔を思い出せないのだと思う」
「ささめき、さくま、平気だよ。さくらが気付かなくても、なんにもわからなくても、ありすは…みんなが好きなところに行くことができる世界があるなら、それだけで嬉しいんだよ。このやり直せる世界、天国を、皆で守ろうね。
それにありすはここに来てからずっと天国の入口に立っているけれど、誰にも、王様だと気が付かれたことないんだよ?…反乱の先導者ですら普通に通り過ぎて行ったし。
…身分もない、王様の服も着ていないありすなんてそんなものなんだよ。きっと、もう、この入口で立ち止まってくれるのは…この星に1人だけ…」
ありすは胸ポケットから、1枚の写真をとりだす。それはさくまが特殊な力で、ありすの記憶の中の景色を切り取って作り出したもの。そこにはみどりがうつってる。
「ずっと来ないでほしいけど…もし来ちゃったら、ありがとうって抱きしめてあげるんだ」
ささめきと、さくま。そしてさくら。ありすは誰のことも恨まない。皆のことが好き。色んな過去、重たい気持ちを背負うありすたちは、もう仲間なんだ。
ささめきが背中を叩いてくれた。
「…それまでに門番さんが、「門番」って仕事に飽きないようにしなくちゃ♪退屈しない様にまた、色々持ってきてあげるわ。可愛いさくまちゃんと一緒にね」
「くくく…」
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店の中の壁に適当に貼り付けたポスター。
(うわぁ、俺の視界に入らないでくれ…)
店長に引かれるかと思いきや、仕事熱心だと褒められてしまった俺は複雑な気持ちになっていた。早く剥がしたいのに、店長も、副店長も気に入ってしまっているせいで、勝手に剥がせない(もう2週間は飾られている)。今日は店長いねぇし、勝手に剥がして捨ててやろうかな…。その時、店の扉があいた。客かよ。
「ちはぁー」←※こんにちは
レジで肘ついて座りながら、適当に言っとく。接客は好きじゃない、ゆずは先輩の様には出来ねぇ。
「これが噂のポスターですか…確かに僕そっくりですねぇ」
何言ってんだこの客…変なポスターが変な奴を引き寄せた…最悪だ。
「店員さん、ちょっといいですか?」
声をかけられる。
「な、なんすか?」
「僕、顔が広いんですよ。それで色んな人から「君、お花屋さんの可愛いポスターに描かれてるね」やら色々言われて…流石に気になって、山を超えて…このお花屋さんに3日もかけてやってきたのですよ!はっきり言わせてもらいます、これは僕ですね!勝手には描かないでください!」
「自意識過剰だって!緑色の長髪が同じってだけだろ、めーわくです!!」
3日かけてきた?マジかよ。俺はその客と、ポスターをチラッと見比べる…似ている気はする…か?別に…しねぇけどなぁ。
「この、ポスターの人、よく見てください左手の薬指に緑色の指輪までしてますよ…絶対僕です。僕のつけているこの指輪、ほら、よく見ると緑色でしょう?」
「錆びてて緑色には見えねぇけどなぁ」
「それから灰色のローブ着てますよね!僕は灰色のローブを沢山持っているのです!これは、僕ですね!」
「知るかよ!!!」
「でも街の人が僕に似てるって言って、少しづつ噂が広がってきていて困っているんですよ…せめて上に描いている「赤くなったけど大丈夫だよ!」は消してほしいです。僕は、大丈夫かどうかなんて知らないのに…勘違いされてしまいます」
「はいはい消せばいいんですね、…はい、消しましたよ」
「ありがとうございます。ふーん、絵は僕より下手ですが、可愛いですね…描かれているお花は何ですか?」
「花?この絵のおっさんが持ってる花はスターチス。花言葉は、変わらぬ心、途絶えぬ記憶…。この花っすよ。」
俺はスターチスを1本、男に渡す。
「…素敵なお花ですね、パサパサしてて可愛いです。あの、…おっさんって言わないであげてください」
「へへ、俺もその花は好きっすよ。まぁ3日かけてわざわざきたっつーなら、その花はプレゼントしますよ」
「うーん…、何かを貰えるなら、パンの方がいいですね…。お腹も空いてきましたし、パンは僕の思い出が詰まった食べ物なのです。お花は枯れてしまうので可哀想ですし…。あっ僕のことを正式にこの絵のモデルってことにしていいんで!パンをくださいませんか?」
「…お前、変な奴って言われねぇ?」
「言われますね」
俺はちょっと待っとけ…と店の奥から、コンビニで買ったカレーパンを持ってくる。昼食のとき、カップ麺のボリュームが意外とあって、結局食べずに余っていたものだ。
「わぁあ!ありがとうございます、美味しそうですねぇ♪」
「じゃあ名前教えて貰ってもいいすか?もしお客さんにこの絵のモデルは誰ですかって聞かれたら伝えるんで」
「僕はみどりといいます。そうだ、折角この絵のモデルが正式に僕になったのです!僕もみんなに言いますね「お花屋さんのポスターは僕です」って!可愛い絵ですし、色んな街から皆が見に来てくれると思いますよ♪」
「みどりさん、確か顔広いって言ってましたもんね。それは…まあ、ちょっと助かるかも。実はこのお店ちょっと訳ありで、最近は客も全然来ねぇし…正直、困ってるんすよ…。店潰れかけてるし…。」
「僕、お手伝いは好きなんです。よかったら力になりますよ。美味しいパンをくれた店員さんとはもうお友達みたいなものですからね!任せてください!友達の働いてるお花屋さんなんですっておすすめして、お客さん集めてみせますよ。店員さんお名前は?」
「俺はさくら。さくらって呼んでくれ。みどりさんって意外と頼りになるのかも?集客できて売り上げ伸びたら最高だ… 給料アップだ!」
「お給料がアップしたら、もっと高級なパンをくださいね〜!」
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その日からお客さんがちらちらと増えるようになり…口コミで更に広まったのか…1週間後には、俺一人じゃもう店をまわせねぇくらいには人が集まるようになっていた。大量の花束の予約、店長も大忙し。待ってもらう間は「これが噂のみどりさんです笑」ってとりあえずポスターを見ていてもらっている…。
「へぇ、これがみどりくんが言ってたポスターね。そっくり、可愛いわね」
「お店に差し入れでパン持ってきたんだ、みどりさんの友達ならパンすきだろ?」
「口が悪い桜色の髪の友達ってきっと彼のことよね、でもやっぱりみどりくんのお友達、頑張ってていいこじゃないのぉ」
「みどり、スターチスってお花が素敵だって言っていたよな…これでちっさいブーケでも作ってもらおうかな 」
毎日人がおしよせる。突然の大忙し…。店長が今度はバイト募集のポスターを描いて!と意気揚々に俺にせまる。(こんな絵、俺が描いたんじゃねぇって言っちまいてぇ!!言えねぇけど!!)
(みどりさんマジ何者だったんだ…!?連絡先聞いときゃ良かった。でも…いつかまた、お礼のパンを受け取りに来るかもしれないな。とりあえずコンビニで美味そうなパンでも買いだめておこうか。次会えたときは一緒に飯でもいきてぇな、ゆっくり話してみてぇし)
くたくたで天国に帰る。同じテイストのポスターを描いて欲しいと門番に頼むと、めちゃくちゃ面倒くさそうな顔をされた。
「門番の描いたポスター、すげぇ人気になっちまって…今度はバイト募集のポスターが欲しいって…店長が!頼む、おかげで花屋潰れなくてすみそうなんだ…礼はする!」
「ふーん、まぁ、いいけど…。じゃあ今度は…お花持ってるんじゃなくて…ピカピカのおっきい窓から手を差し出してる感じの絵にしよう。…後ろには花びらが舞ってるの。ふぁんたじーでしょ」
「…一応聞くけど、その緑髪の人、モデルはいないんだよな?」
「この人はありすの頭の中の人だよ?綺麗でかっこいいでしょ」
「まぁそうだよな。…おもしれぇからいいけど」
「そうだ!!隣にさくらも、おっきくかいてあげる!で、アットホームな職場ですって吹き出し描いて言わせるよ…。名前も描いとくね、社員・さくら…」
カキカキ…
「うわ、やめろぉお!!!」
「やめない!!!(お仕置だから!)」
…で、結局俺はまたその恥ずかしいポスターを花屋に貼ることになった。最悪だ…自画像かよ…しかもアットホームな職場ですとか俺言わねぇし…。この花屋にはもう俺と副店長と店長しかいねぇし、毎日ピリピリしてんだよ。
俺の正体も天国の存在も門番の存在も、もちろん絶対的な秘密。俺はこのポスターのことを、店長にも客にも誰にも「俺が描いたオリジナルのポスターです!」としか言えねぇんだよ。
…しかし、店長はめちゃくちゃ喜んだ。
…副店長も喜んだ。
…1ヶ月後くらいにようやく様子見にやってきたみどりさんも「2人一緒に描いてくれただなんて、もう親友ですね♪」とめちゃくちゃ喜んだ。
休日。みどりさんとハンバーガー屋に行って色々食って話した(みどりさん無一文で…俺が奢った)。楽しかったけど、みどりさんがハンバーガーのことをパンと呼んでいたのが印象に残りすぎて、何を話したかは全部忘れた。…次は何食いに行こうかな。
まさかみどりさんが俺の親友になるだなんて、思わなかったなぁ。
…バイトの募集は、一人も来なかったけど!
今日も忙しいぜ…汗