星のはなびら六章「憔悴のナルシサス」

家に着いた。上着を脱ぎ、荷物をおろしたルキソスさんをソファに案内する。あたたかい緑茶をいれて持ってくると…疲れていたのか座ったまま眠ってしまっていた。

そっと毛布をかける、朝まで起こさない方がいいかな。すやすや眠る顔を覗き込む。くっきり二重のくりくりのお目目、お人形さんみたいに長いまつ毛、スラリと細い眉、白い肌に滲むように広がる紅色の頬。指の先…爪までぴかぴかだ。サラサラとした長い髪の端を手に取ってしまったときに、いけないと気が付いた。手を離し距離を置く。ふぅ、と息を吐く…かっこいいなぁ。

…それがぼくとルキソスさんの出会い。

それからぼくとルキソスさんの暮らしが始まったんだ。

はじめは3日程泊まる…というお話だったのだけれど、もう1ヶ月が過ぎようとしている。実はルキソスさん…この国の居心地の良さが気に入ったらしく、旅は一旦お休みして長く暮らしてみたくなったらしい。それを聞いたぼくが「このまま一緒に暮らそうよ」と提案したんだ…えへへ。

「おはよう、ほたるさん。今日は昨日より少しだけ暖かいかな。爽やかな朝だよ、ほら起きて」

朝、ガラリと窓を開ける音。冷たいけれど気持ちのいい風が、美味しい空気を運んでくる。ルキソスさんは寝ぼけたぼくの腕を引っ張って、なんとかベッドに座らせる。ルキソスさんはいつも早起きなんだ。すごいよなぁ。

「ルキソスさん、胡麻のおにぎりがね…」

「これは…まだ寝ぼけている様子かな?あと1時間でお店を開ける時間になるからね。一緒に朝ごはんを食べて元気をつけようか。ふふふ、ほたるさんがあまりにも気持ちよさそうに眠っているから起こせなくてさ。寝顔に癒されながら、だし巻き玉子と煮物を作っておいたよ。おにぎりもあるからね」

「先にご飯作っててくれたの?わぁ、ありがとう。いっぱい寝ちゃった。しかも寝顔見られるなんて…もうぅ。おかしいな、目覚まし時計があったはずなのに」

「ほたるさん、自分でとめていたよ。ギリギリまで寝かせてあげようと思って見ないふりをしておいたんだ。ほら、お腹の音がきこえる前に顔を洗っておいで」

広くはない部屋、ソファは捨てて、新しく買ったベッドを2つ並べている。(ベッドの上にお布団乗せてるんだ)

家事は2人でしている。お店(ぼくの洋服屋さん)にも2人で立って、お仕事は半分になった。ぼくが遅い時間まで机と向き合って洋服のデザインをしているときは「ほたるさん、お疲れ様」とあたたかい緑茶を持ってきてくれる。

夜寝る前、ルキソスさんの長い髪をくしでとかしながら、異国のお土産を見たり旅の思い出を聞くのが本当に楽しい。

こんなにも違うぼくたちなのに、意外と気が合うし息もぴったり。喧嘩をしたことも無い。憧れのきみと毎日こんなにも近くにいられることが嬉しくて、夢のようにも感じてしまう。心の奥に隠していた孤独や寂しさが浄化され、控えめで素朴な暮らしは鮮やかな紫に色付いて、また幸せが重なっていく。

ベッドに横になり、灯りを落とすといつもルキソスさんの静かな声が聞こえてくる。

「今日もありがとう、ほたるさん。2人で作った晩ご飯の肉じゃがも、おやつに食べたみたらし団子も美味しかった。今日も2人で楽しく過ごせたね」

「…こちらこそありがとう。ルキソスさんがお仕事お手伝いしてくれたから、やりたかった作業が早く終わってゆっくりできたよ」

「ほたるさんの力になれているなら嬉しいよ。ほたるさん、辛いこととか我慢していることは無いかい?無理せずボクに頼ってね」

「大丈夫、毎日楽しくて困っちゃうくらいだよ」

「ふふ、よかった。ゆっくりおやすみ、また明日。楽しい夢がみられますように」

「ふわぁあ〜…おやすみなさいぃ。」

きみはぼくの王子様

きっと

きっと

本物の王子様だ。

それから春になって、夏になって、秋になって…また冬がやってきて、2人で暮らし始めて1年が経った。

今日は休日。ちらちらと雪が舞う曇り空の下、2人でお散歩をする。

「ほたるさん、和菓子屋に寄らないかい?暖かい店の中で美味しいお茶を飲んで、おはぎとか食べようよ」

「いきたいなぁ!きな粉のおはぎにしようかな、あ、でも餡子も食べたい…迷うぅ…」

「じゃあボクは餡子にしようかな、1口あげるよ。」

「やったぁ、ルキソスさん優しいなぁ。ぼくもきな粉1口あげるね」

和菓子屋さんでおはぎを食べてから、2人が出会った泉のほとりへと向かう。腰をおろして雪景色と水仙を眺めながらのんびりした。ルキソスさんと雪だるまをひとつずつ作って、2つ並べると何だか心が温まる。雪だるまをちょんちょん触って遊んでいると、ルキソスさんは少し真面目な顔をしてぼくの肩を叩き、「話したいことがあるんだ」と僕の手をとって立ち上がらせた。2人向かい合う。かしこまってどうしたのかな…。

「今日はボク達が出会った日。ボクからほたるさんに伝えたいことがあるんだ」

「うん」

「ボクがこの国に住みたいと思った本当の理由は、ほたるさんの穏やかで素直で優しい人柄に惹かれて、一緒にいたいと思ったからなんだ。

これからもずっと2人で仲良く幸せに暮らしたい。

ほたるさんを支えて、守りたい

だから…愛してる、結婚してください」

「え、え!?」

ルキソスさんは膝まづいて、ポケットから小さな箱を取り出した。パカッと開けると小さなピンク色の天然石がついた指輪がのぞいた。

「すごい…映画みたい、すごく感動する…涙が出てきちゃいそうだよ」

「スクリーンの中の王子様じゃないよ、ボクはいつだってほたるさんの隣にいる、ほたるさんだけの王子様だよ」

「ぅ…ぼくも大好き、いっぱい愛してる…。ずっと一緒にいたい、結婚したいぃ」

「ありがとう、ふふ、ほたるさんの嬉し涙は初めて見た気がする。昨日はおにぎり落として泣いてたけど」

「それ今言わないで!昨日はお酒飲みすぎて少し酔っ払っていたんだよ、ああもう恥ずかしい…」

「今日も酔わせちゃおうかな、可愛かったし」

笑い合いながら左手の薬指にそっとはめてもらった指輪。サイズもピッタリ。透けるようなピンク色の天然石が雪景色の中淡く輝く。幸せの証。

「ほたるさんが眠っている間にこっそりサイズをはかっていたからピッタリでしょ。実は同じ指輪がもう1つあるんだよね」

「じゃあ、それはぼくがはめてあげる」

「…ありがとう、綺麗な指輪。アクセサリー屋さんのキラキラの宝石は買えなくて、石屋さんで買った天然石のだけど、この石…ピンク色の水晶には愛と優しさの意味が込められているんだって。素敵でしょ?」

「うん、素敵。凄く綺麗。」

ルキソスさんにしがみつくように抱きつく。優しく抱きしめられて、体温をほんのりと感じる。

「ほたるさん、キスしてもいい?」

「う、うん…待って!口を拭く」

「ふふ…ずっときな粉ついてたよ」

「もうぅ、教えてよ!」

ポンチョで口を拭いてから、顔を上げ、ぎゅっと目を閉じる。はじめての柔らかい感触に、溶けてしまいそうな気持ちになった。

「ほたるさん、体が冷えちゃうから、そろそろ帰ろうか。手を繋いでね。家に着いたら、いっぱい愛し合おう?」

「ぇ…うん」

ふたつの雪だるまがぼくたちを見送っている。サクサクした足音、ルキソスさんの髪や肩に落ちる雪、見慣れた帰り道。今ぼくたちの胸を満たしている特別な感情は、全ての景色にロマンチックな色を落としていく…。

幸せだなぁと感じるのは、こんなに特別な今日だって、ぼくたちの日常の通過点に過ぎないということが嬉しいから。このまま時間が止まってしまえばいいのに…だなんて思わないや。明日も明後日も続いていく、その方が楽しみだなぁ。

左手の優しい色を何度も見て、王子様の余韻に浸っては

ぼくのこともきみのことも

ただ、愛おしいと思えた。

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