星のはなびら六章「憔悴のナルシサス」

今までボク(ルキソス)は何度も…何百回、何千回と時間を飛び越えては、色んなほたるさんと出会ってきた。なんども「はじめまして」を繰り返してきた。

子供のほたるさん、大人のほたるさん。怒りん坊のほたるさん、冷たくて意地悪なほたるさん、明るくて元気なほたるさん…色々なほたるさんを仕立てて、色々な角度から出会ってきた。友達、同僚、恋人、ライバル…恨まれたり好かれたり…様々な関係を築いてきた。

そしてやっとほたるさんと、友達も恋人も超えた関係、心から愛し合う家族になることができた。

いつも壁ができちゃったり、仲良くなれなかったりで、こんなに上手くいくことははじめてだったんだ…。

この世界のほたるさんはボクの嘘をまるまる信じていたし、ボクのことなんて何にも知らない存在だった。キミはずっと孤独だった、友達も恋人もいなかった…それも、無関係なことじゃないのにさ。実は全部…ボクがキミの過去や運命に干渉して、その種を潰していたんだよ?

愛している、だからこそ、こんなにも興奮してしまう。愛おしくて愛おしくて、触れたくて。物足りなくて。もっと見たくて、壊したくなる。

いつ気がつくかなぁって、あの巾着袋とペンダントはわざと棚に置いていたんだ。のんびり屋のほたるさんは、棚がすぐに倒れるように細工をするまでしないと、気が付かなかったけれどね。

もうひとつのペンダントの存在はほたるさんにとって1番大きな疑問を作り出す、そうでしょ?時間を超えるために必要な大切な物だけど上手く使って、とにかくほたるさんの不安を煽って弱らせて、そこにボクの欲望をぶつけてみたかった。

時間をかけて準備してきた、この日をずっと楽しみにしていた。

全部ほたるさんが魅力的なのがいけないんだよ。

ボクのこと、ペンダントのこと、色々教えてあげたらまた泣くかな?

この世界だけのほたるさんの、新しくて特別な魅力を教えてくれるかな?

酷いことされたのに、ボクのことまだ信じてる…本当に健気だね。

優しいやさしい、ぬるま湯みたいなほたるさん。

絶望なんて知らないもんね。暴いて、植えてやりたいよ。

この時間、この世界のほたるさんをいっぱい楽しみおわったら、ボクはいつものように、ほたるさんのペンダントを奪って目の前で割ってみせてから

殺してしまうんだろうね。

切ったり刺したり溺れさせたり閉じ込めたり燃やしたりなんかして…。飽きるまでぜんぶぜんぶ見尽くしたら。そしたらボクらの恋はおしまい、ボクはまた過去に戻って、次のほたるさんと遊ぶんだ。

次はどんなほたるさんにしようかな。

ひひひ…

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…ルキソスさんの時間の旅のお話…

「ぼく(ルキソス)」は元々は旅人でも何でもない、この国でうまれ育ち、洋服屋を営む一般人だった。暴君「ありす」に怯えながらも、平穏に暮らしていたんだ。

でも、ひとつだけ特別な事があった。

それは、可愛いくてしっかりものの彼女がいたこと!

しかも城に住む、王様直属の使用人で、所謂お嬢様。夜、お互い仕事が終わったらお気に入りのデートスポット、泉のほとりで待ち合わせて、喋ったり、彼女の家でお酒を飲んだりする。

「おまたせ!ごめん、まった?あ〜今日もお疲れ様、会えて嬉しい♡」

「あっ、むむ(夢向)ちゃん!わざわざ走らなくてもよかったのに。ぼくも会えて嬉しいよ」

彼女の背中くらいまである真っ直ぐなピンク色の髪が、弾けるように揺れる。背が小さくて、それから少したれ目なところもとっても可愛い…。

「あのね、おともだちから聞いたの、今日流れ星が見えるんだって、見たいよね!国中を見渡せる丘があるの、一緒に行こう!早く早く〜!」

「わかったわかった、転ばないようにね」

手を取って駆け出す。むむちゃんのお気に入りの丘の上。ふかふかの草の上に寝っ転がって空を見上げる。手を繋ぎ、指をからませながら、いくつもの流れ星をふたりで見た。

「凄い!あたし、流れ星はじめてみた。ほら、何かお願いごとしないとっ、あ〜迷う!」

「むむちゃんとずっと一緒にいられますように〜」

「それは決定事項だから星にお願いするまでもないって♡こういう時はありったけのお金をくださいとか、大富豪になりたいとか、金品財宝を…とか、そういうことを願う♪」

「むむちゃん面白いなぁ。さいこう!」

ちなみに休日は一日中2人きりで過ごす。和菓子屋さんで団子やおはぎを食べたり、むむちゃんに似合う洋服を探しに国中の洋服屋さんを巡ったり。

流れ星を見た帰り道…ぼくとむむちゃんの左手の薬指に光る、ピンクの宝石がついた婚約指輪。勇気をだしてプレゼントしたんだ。流れ星や星空なんかとは比べ物にならないくらいに輝く、溢れるような彼女の笑顔は幸せそのものだった。

むむちゃんと出会ったのはあの大反乱が起こる2年前…。

雪の降る夜のことだった。散歩の途中、お気に入りの泉のほとりに立ち寄って休憩し、さぁ帰ろうかと歩き始めたとき、突然後ろから明るい女の子の声がしたんだ。

「お兄さん、お財布落としてるよ!」

「…え?本当だ、ありがとう」

女の子がぼくの長財布(ポケットに入れていた)を拾って駆け寄ってくる。

「よかった、これ凄く大事にしていたんだ。自分で作ったお財布だったから」

「凄いじゃん、可愛いデザインの財布!良かった〜、あたしね、普段はこんな奥まで歩いてくることなんてないんだ。今日たまたま仕事で嫌なことあってさ、色々考えながら歩いてたらこの泉まで来ちゃった感じ。お兄さんの笑顔みたら、ちょっとだけスッキリしたわ〜」

「ほんと?そう言って貰えると嬉しいな…でも、まだちょっと辛そうな顔してるように見えるけど?」

「まあね、ミスって怒られて、いっぱい泣いちゃったから」

「そうだ。もし嫌じゃなかったら…話聞くよ?ぼくでよければ愚痴とか、なんでも!吐き出せばスッキリするでしょ」

「え、マジ!お兄さんめちゃくちゃ優しいじゃん!ん〜じゃあ城で話そうよ、あたし城に住んでるの、美味しいお酒もあるから愚痴きいてよ〜。入って大丈夫な様にすぐ許可とってくるから」

「し、城!?大丈夫かい!?」

「大丈夫!お兄さんのこともう捕まえたからね〜、ほら、早く行こ!あたしの名前はむむ、気軽にむむちゃんって呼んで!」

それからぼくたちが恋人になるのに、時間はかからなかった。

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ーそしてあの日がやってきたー

ぼくの運命の分岐点、大反乱。

春の陽気をかき消す怒号、雄叫び。鉄の剣がぶつかる音。逃げ惑う人の悲鳴や足音、パチパチごうごうと鳴る炎の声、泣き叫ぶ声。それは太陽の下、突然はじまった。

「!?、城に火もついてる、いったい何が起きてるの!?!?」

いつも通り自分の店(洋服屋)に立っていたぼくは、そんな慌ただしい戦いの様子を目の当たりにし、お隣さんに駆け込んだ。

「反乱よ、ついに反乱が起きたの!悪魔の心をもつ王を引きずり降ろすための…。危ないからアンタはもう家(ここ)にいて。外にでちゃだめよ!」

「…ついに、か。…えっ!?」

今、むむちゃん…仕事をしている時間だよね!?

まさか…あの城の中にいるかもしれない!?

いや、そんな事、有り得ないよね?

冷たい汗が流れる…。

こわい

…確かめないと!確かめないと気が済まない!

「ちょっとどこにいくの、今ふらふらしたら巻き込まれて死ぬよ!」

「でも!」

ぼくはお隣さんの手を振り払った。店のこともほっぽり出して、逃げ惑う人々をかき分け、燃える城へと駆け出した。

隣で人が切られる、死んでいく。城に近づくにつれて力尽きた人が重なって、横たわっている。どろどろの赤い道をただ、前だけを見て走る。前だけを!踏み越え、戦いを掻い潜り、燃え盛る城の中へと押し進んだ。

中に入ると熱風が皮膚を焼いた。

「ゲホゲホ、むむ…ちゃん…」

それでも、彼女がいるはずの3階の部屋へと向かう、崩れそうな階段をひたすらにかけのぼる。

「むむちゃん!!!むむちゃん!!!」

扉を蹴破って開けた。2人で仲良くお酒を飲んだ、思い出に満ちた部屋に駆け込んだ。

「…」

立ち止まる、その光景に言葉を失う。

そこにいたのは熱い体で目を閉じて、静かに眠る彼女だった。

「…むむちゃん、うそ…。うそ」

焦げた指輪がキラキラと光っている。揺さぶって名前を呼んでみても、お人形のようにだらりとした赤い体…目を開けてくれることはなかった。彼女に触れた手のひらには、爛れて零れた血がべたりとついた。

どうして…どうしてむむちゃんだけ逃げ遅れたんだ。

扉を蹴破って開けたことを思い出す。まさか、熱気で扉が開かなくなった?

どうして…どうして

どうして!?

ありえない、受け入れられる訳が無い!

きみだけだった、きみしかいなかった、ぼくはきみさえいれば何も、何もいらなかった。今日の夜も泉のほとりで顔を合わせて、昨日みたいに2人でお酒を飲んだりして、これからも傍にいられるんだって信じていた。むむちゃんとずっと一緒にいられますように…そんな願い事を、流れ星を見ながら、決定事項だって笑いあったじゃないか…それなのに。

ぼくは、鉄板のように熱い床の上に崩れ落ちた…。

炎がメラメラとぼくたちを囲っていく。

その時、遠くから聞こえた話し声。

「ヤツがそっちにいったぞ!!もう逃がすな!!」

「剣が強すぎる…。大人しく捕まれば良いものを…」

「うろうろしやがって…なにやってんだ。りき(梨黄)さん、どうします?」

「…ふん、オレにまかせろ!!追いかける!!」

血の匂い。乱暴な足音。剣を引きずる音。

ギー…ギー…

あれ、誰かが入ってきた…?背後から聞こえた、喉が焼けてかすれた男の人の声。

「はぁ…はぁ…、きみ、どうしてここに…?にげおくれたひと、まだいた…!」

「…。」

「きみがさいごかな…。ここはあぶないから。ごめんよ…」

視界の隅にその男の人…その男の人が持つ、黄金の大剣が見えた…。ぼくは抱えられ、部屋の窓から外へと投げ落とされる。木にひっかかってから、そのまま地面に強く体を打ち付けた。

「…ぅぐ」

息が詰まったような感覚。全身が痛い…特に右脚が千切れそうなくらいに痛い。手をやると膝がおかしな方向に曲がっていた。

ああ…もう、なにも、考えられないよ。かんがえたくない。

大きな声も戦いの音も、聞こえなくなっていく。そして、「王を捕らえた」という力強い声が遠くから響いてきた、そんな気がした。

日が落ちる、暗くなっていく。ぼくの時間は止まったまま…。

ぼくは薬指の指輪を外して握りしめ、折れた右脚の痛みも忘れて立ち上がり、とぼとぼ歩き出した。行くところなんてない、だけど体は、一緒に流れ星を見た思い出の丘の上へと向かっていた…。

丘の上からは燃えて形もわからなくなった城が見えた。

空を見上げると…曇っている上に煙が立ち込めていて、星はひとつも見えなかった。

あぁ

むむちゃんを助けてあげられなかった。

せめてあんな城から連れ出してあげたかった。

ぼくだけが…生きている。

ぼくだけがここにいる。

立ち尽くし、何も無い空を眺める…。

…ふと、ゴソゴソと音がした。音のした方向を見てみると、草に紛れて誰かが倒れていた。

はじめは死んでいるのかと思った…けれど重い体を動かして近づいてみると…倒れている男の人は泣いていた。

ぼくの存在にも気が付かずに、服も緑の髪もぐしゃぐしゃにして。

「…ありす…ありす…。いかないで…。

ありす…。怖い思いをさせてごめんなさい…。

ありす…」

王様の名前を呟き続けているその男の人も、ぼくと同じように指輪を握りしめている…。ぼくは思わず声をかけた。

「…お、お兄さん、大丈夫?」

男の人は、ぽろぽろ涙を零しながら顔を上げ、腫れた瞼と虚ろな瞳をこちらに向けた。ぼくはそっと手を差し出しだした。

「…」

掴まれたその手、立ち上がらせるため彼を引っ張ろうとする…と…。

「あ!!」

「…ッ、ど、どうしました!?」

力を入れた瞬間、右脚、いや全身が痛んだ。忘れていた鋭い激痛が心と体を貫き、ぼくはその場に崩れる様に倒れてしまった。

「…大丈夫、ですか?え?あ、脚が…」

額に汗を滲ませ、苦しむぼく…男の人は困惑しながらも、直ぐにぼくを抱えあげて背負った。

「……僕は、大丈夫ですよ。さぁ、お医者さんに行きましょう。連れて行ってあげますから」

「ぅ…う…」

優しい男の人の背中に揺られる。ゆっくりと進んでいく。思い出した痛みはズキズキとぼくの体と心を破る。曖昧な意識の中、ぼくはその男に話しかけた。

「あの、初めてあったのにごめんね。ありがとう…。

ぼくの名前は

ほたるっていうんだ。」

「僕はみどりといいます、僕のことは気にしないでください。大丈夫です、治療すればきっとまた歩けるようになりますよ」

「うん…」

…けれど、大丈夫な訳がなかった。気にしないでいられる訳がなかった。彼女の笑顔と、眠った顔は脳に焼き付いて離れない。ぼくは、きっと、悲しみに侵されてしまったんだ。だから、あんなことを言ったんだ。

「…ねぇ、みどりさん。今、すごく、すごく悲しいんだ…」

「…」

「お城が燃えたのは…誰のせいなのかな。ぼくがこっそり憧れてた王様がこれから死ぬのは誰のせいなのかな。大切な人が遠いところに行ってしまうことも

ぜんぶ、ぜんぶ、誰のせいだと思う…?

ごめんなさい、わかってるんだよ。

きっと、ぜんぶ、ぼくの…「僕のせいですよ。ぜんぶ僕が悪いんです」

ぼくの言葉を遮るように、立ち止まって少しだけ強い口調でそう言ったみどりさん。そして顔をこちらに向けて、微笑んでみせた。

それからはもう、一言も話してはくれなかった。

お医者さんについた時も、別れ際も。

どこかに走り去って行くその背中をただ、追いかけるように見つめていた。

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反乱を先導し王様を捕らえた「りき(梨黄)」という男が中心となってこの国は変わっていく…。りきは大きな槍と盾使いの男で、その豪快かつ器用な槍さばきで王様を追い詰めたらしい。

その後のことはあまり覚えていない。

ただ漠然と、時だけが、あっという間に流れていく。

脚の大怪我はようやく完治し、松葉杖無しで歩くことも出来るようにもなった。

ーでもぼくは感情を、焼け落ちたお城の中に置いてきていたー

皆、笑顔を無くして痩せていくぼくを心配し、家まで料理を持ってきてくれたり、気さくに話しかけてくれたりする。

それでも…何も、感じない。何もしたくない、できないんだよ。

こんなになってしまって、もう、穴の空いた暗い未来しか見えない。もう半年は店を閉め、家に篭っている。

ぼくは首からさげていたペンダントを弱々しく握った…。温もりを感じる、微かな優しい温もりを…。そのとき心にわずかな光が差し込んだ気がした。お母さんの言葉を思い出す。

『この石の名前は「時間の宝石」。身につけていれば、もしもあなたの命があぶなくなってしまったときに、あなたを守ってくれると思うわ。過去や未来へ…時間を飛び越えて、ね』

もしかして?この石を使えば、過去に戻れるかもしれない?

考える…もし過去に戻れたら、あの反乱を阻止することが出来るかもしれない?むむちゃんの命も、むむちゃんとの平穏な日々も守られるかもしれない?

反乱を食い止めるにはどうすればいい…そうか、ぼくは反乱があった日も知っているし、重要な役割を担った人物にも心当たりがある。革命の先導者「りき」、王の名を呟き自分のせいだと話した「みどり」…過去に戻り2人の行動を制限できれば…!!!

そうだ…全部2人のせいなんだ。

ぼくは家を飛び出した。

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