四話
「答えろよ。はいか、いいえか。」
さくら君を、言葉で追い詰めた。さくら君は血にまみれながら、言葉を詰まらせ動揺していた。
それでも、オレは焦っていた。ふうがが無事じゃなかったらどうしよう、はやくふうがの元へいきたい。だけど、今さくら君に背中を向けたとしても、きっと強引な手で食い止められてしまうだろう。
やられる前にやるしかないんだ。
さくら君は未知の存在だ…。最初に地面踏みつけて力を見せつけてきたのは、オレの行動や心を牽制する意味も込められていたのだろう。
道具さえあれば、オレの秘密の力で強い武器に変形させて、先制攻撃できるかも…そう思って自分の力に賭けたけど、上手くいってよかった。オレの涙に騙されたさくら君は簡単に金槌を渡してくれた。
痛がってはいるけれど、きっと星の化身のさくら君にとったら、指の数本くらい大きなダメージでは無いのだろう。
さくら君は大量の血を流しながら、まるで獲物を狩るようにオレを睨みつけている。胸に刺したままの包丁を握るオレの手は小さく、小さく震えている。オレはそんな焦りを隠すように、必死に、笑みを浮かべる、そんな空気を作り出す。オレの体に纏わせる。
さくら君…何を考えているんだ?この星を人質に自分を守るか?オレを脅すか?オレを壊すか?
オレは日常を壊されるくらいなら、この星なんてどうなったって構わないと言いきれるよ。
オレは迷わず、包丁を握る右手に再び力を込めた。包丁の銀色、硬い銀色を意識してひたすらに念じる。
変われ!変われ!変われ!変われ!変われ!変われ!変われ!変われ!変われ!変われ!
…そして放たれた青色の光。そして右手に感じる。ずっしりとした、鉄の重み。
その形を確認する間もなく、オレはそれをさくら君に向け、人差し指に力を込める。
バァンッ!!!!
引かれた、引き金。撃鉄が起こされ、弾倉が回転する。
必死に見据えたその先に、銃弾は飛ぶ、彼の体を突き破る。
鼓膜を破ってしまいそうな、聞きなれない大きな破裂音。
「うあっ…、かハッ…う、そだろ…ォ」
ガクガクと痙攣する体から吹き出た汗が桃色の髪を湿らせる。オレはまた引き金に指をかけ、その重さを両手で支えながら、倒れたさくら君にそれを向け、玉が出なくなるまで何発も撃ち込んだ。
「ァッ…いだ、ッ!!ゴボッ!おッ…うわヤベぇ!、血、が…こんなに…ィ…ッ!?!?」
さくら君は、胸を抑えて苦しそうにもがいた。逆流した血が鼻と口からごぽごぽと溢れる。
目を回しているさくら君が解毒剤らしきものを差し出す。それを奪いとるように受け取ったオレは、広がる血溜まりを気にせず、全力で走りだした。
「ふうが!!!」
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「…ゆ、ゆずは?」
ベッドで苦しそうに眠るふうがを起こし、慌てて解毒剤を飲ませた。間に合ったみたいだ…。
その瞬間、家の壁を殴り壊して、血まみれのさくら君が入ってくる。
「わぁあ!?ゆずは、誰だこいつ!?!?」
「ふうが、さがって!!」
オレはそばに置いていたふうがの帽子を手に取り、またリボルバーに変えてさくら君に向ける。
「ゆずは先輩、いくら足掻いても、無駄だって。俺は恋心とからすを守るんだ。だって、恋ってすげぇ面白い。簡単には諦められねぇし、おかしいほどにハマっちまう。恋愛中毒、もう、やめられねぇ!
他人に手出しさせねぇよ。もう決めた、悪いけど2人には…壊れてもらう!!
だって、ここは俺の星なんだ!!!」
「黙れ!!この星に、この宇宙に、オレの想いを否定出来るやつなんていない、越えられるやつなんていないんだ!!オレが守る、オレがふうがとこの霊界を守るんだ!!
だってここは、オレの霊界だから!!!」
さくら君はオレに近づき、オレの体を殴り飛ばした。壁に激突するオレの体…それでも武器は握りしめていた。引き金を引く、さくら君の体を貫く…。さくら君は血走った目で、ボロボロのオレを睨みつけた。
「大丈夫か、ゆずは!!」
オレの元へ駆け寄ろうとしたふうがの背中を、掴んで止めたさくら君…そのまま地面に投げつける。
「いて、何するんだ!これでもくらえ!!」
ふうがはさくら君に霊力をぶつけた…けれど、さくら君はその霊力を振り払ってみせた。そして、ふうがを空中へ蹴り飛ばした…天井に頭をぶつけたふうがが、オレの目の前にドサッと落ちた。気を失っていて、呼んでもビクともしない。
「ふうが…!!」
特別な誰かのためなら何だってできる?自分のためなら何だってできる?狂ったオレたちのぶつかり合い。罪と魂をかけた奪い合い…だけど、オレ達に勝ち目なんかない。
オレは…考えて、一瞬に、一生分考えて
銃口を…
倒れているふうがの頭に向けた。
さくら君は信じられないといった表情でオレを見た。
「ゆずは先輩!?」
引き金に、指はかけたままだ。
「動くな!動くな!動くな!動くな!動くな!動くな!動くな!動くな!動くな!動くな!
1歩も動くな、動いたら…ふうがの頭を撃つ!
そして、ふうがに宿る憎悪の力を溢れさせて、暴走させてやるからな!!
ふうがが死んだらオレも死ぬ…
あんたの守り人としてのプライドも、あんたの特別な人も、この星も滅茶苦茶にして
道連れにしてやる!!!」
「い、イカれたことしやがって…ッ」
さくら君は少し怯えた表情で、舌打ちをする。
星の化身を敵に回して
ふうがに銃口を向けて。
なんだか
なんだか
きもちがいい。
脳が沸きあがるような興奮を感じた。全身が火照るような、軽くなったような感覚に目覚めていく。さっきまでここに確かにあった不安を、恐れを、焦りを忘れていく。失っていく。
今、オレは何をやってるんだ?
心が白に染まる。無。無。
無…。
…。
その時
どこからか舞い降りてきたかのように、オレは…「いいこと」を思いついたんだ。
ソレは突拍子もない発想で。夢のような願いで。強引な欲望で。だけど「ソレ」を手に入れられれば…オレはふうがを救える。
もう何も諦めなくていい。犠牲にしなくてもいい。邪魔をされることも無い。不安定なこの世界で怯えることもなくなる。
ふうがと天国にいくなんかよりも、きっと、ずっと幸せな…永遠への切符を手に入れられる。ふうがを助けたい。この星でそれを願えるのは、それを叶えられるのは、きっとオレだけだ…オレだけだから。
「さくら君、いいことを思いついたよ。その方法ならオレもさくら君も何も失わない」
「…い、言ってみろよ…それがせんぱいの、遺言か!!??」
「それは困る…ふふ…」
さくら君の表情からはどこか余裕を感じられる…。だけど、さくら君は自分の体から溢れ出る血にぎょっとして、直ぐに両手で押さえた。
「…うわッ、あ、血が止まらねぇ…この量だと星に影響が出てるかもしれねぇ…舐めて油断したぁ…」